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今日も魔王城は平和です。  作者: 斑猫
これからよろしく。
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15 補佐官と医者

それから約半月、特に変わりはなかった。


あの日、一体何の薬を使われたのか、目が覚めたら次の日になっていた。

いつもの時刻に起こしに来た侍女が、とても安心したような顔をしていた。起きた事にか久々にゆっくり眠った事にかは、聞いていないけれど。

その日からは、ようやく働き始めた魔王と共に、日がな一日、書類や停止していた業務に追われ、徹夜か短時間の仮眠を取る日々が続いた。

うん。結構きつかった。

近年、稀に見る忙しさだった。心なしか繁忙期よりきつかった気がする。


そして今、私は医務室へ向かっている。


仕事量に反比例するように自由時間は減り、面会許可が出ても、来ることができなかった。ついでに言えば、アルニ老に文句を言う事すらできなかった。

しかし、今日は休みを取り、午前中ゆっくり休んだ後に来た。

これなら、叱られることもなく、はぐらかされる事もなく話ができる。はず。

寝たのも今日なんだけど、まあ言わなければ大丈夫だろう。


医務室は城の一階と、別棟にある居住塔とを繋ぐ回廊を挟み、両サイドにある。

どうやら建設時に『どちらで急患が出てもいいように』、という配慮と意見から、どっち付かずという何とも中途半端な位置に出来てしまったらしい。

どちらの医務室に居るかは、医者達が交代で決めている。

シフトの変更さえなければ、アルニ老は今日、居住塔側にいるはずだ。

石柱で囲まれた長い回廊を渡り、昼間は開け放しにしてある入口の扉のすぐ右側。質素な木製の扉を開ける。

部屋の中は、見てもよくわからない医学書達が詰め込まれた本棚と、小さな引き出しが幾つもある薬棚、天井からは乾燥中の薬草等がぶら下がっている。

しかし不思議な事に、これで異臭を感じた者は少ない。


「おお、リディア様。やーっと来たのー」

部屋の中央の診察スペースで、のんびりお茶を飲んでいたアルニ老が顔を上げた。

『やーっと』の部分が強調されていたが、無視無視。

「遅くなりました。変わりありませんか?」

「ほっほっほ。ないの。お主は眠れておるかの?」

「最近は疲れのおかげで、夢も見ませんよ」

「う、ううん。それはそれで、心配なんじゃが……。まあ、座って」

アルニ老に勧められ、診察用の丸椅子に座ると、何ともいい香りのお茶が出される。

一口飲んでみれば、甘めの味が口に広がる。

ハーブティー、かな。

自分の分も淹れたアル二老が席に着き、久々の診察が始まる。

「さて、手の方はちゃんと動くかの?」

「ええ、問題ないです。薬、届けて下さって、ありがとうございました」

「あんまり診察せずに出したくないんじゃがの。お主、来んから」

「……すみません」

再三の呼び出しを無視していたのは申し訳ないが、忙しかったのだから仕方ないだろう。

アル二老も分かっているのだろう。

説教をするでもなく、仕方ないのう、と言いながら笑っている。

「ほっほっほ。ま、とりあえず手を出しなさい」

カップを診察机の上に置き、大人しく右手を出せば、蹄でくるくると包帯を外していく。

右手は今も相変わらず、包帯で分厚く巻かれている。

医務室に来れなかったので、毎朝侍女に頼んでいるのだが、最初の内は傷を見てドン引きしていた。

初日は私も引いた。自分の傷と言えど、スプラッタ過ぎたのだ。

血はすでに止まっているが、今もまだ傷口はパックリと割れ、赤い肉が見える。

いやいや、わざわざ見ないけど。今も横を向いて、視線は扉。

「ふむん。良さそうじゃの。化膿も何も起こしておらんようじゃし。感覚は?」

「手首から先、何も感じません」

「強めの鎮痛剤じゃからの。じゃが、傷が深すぎるでの仕方がないの」

「わかっていますよ。感覚はなくても、何とかペンは握れます。仕事に支障はないので構いません」

呆れたような視線と溜息を送られるが、慣れているので気にしない。


視線を扉に向けたまま、耳だけでアル二老の動きを追う。

薬を塗り終えたのか、カチャリと器具の音が聞こえ、恐る恐る視線を手元に戻せば、真っ白い新たな包帯が巻かれていく。

何回見ても、蹄なのに器用だと思う。

手持ち無沙汰のまま、巻き終わるまでじっと見ていたが、「はい終わり」の声と共に右手が解放された所で、置きっぱなしにしていたお茶を飲み干す。


さて、本題だ。


「例の……子供は、どうしています?」

「大分元気になったでの。色々興味深い話も聞いておる。会っていくかの?」

「はい、お願いします。今日は時間もありますので」

「そうか、そうか。なら、着いておいで」


あれ? 状態の説明とかは?


聞く間もなく、アルニ老は半分以上残っていたお茶をそのままに、外へ向かってしまう。

空のカップを机に戻し、後を追えば、わずか三つ隣の扉の前で止まっている。

医務室と同じ、質素な作りの扉。違いは、名札が付いているくらい。

入院患者用の病室だ。

高官達と同じように、白紙の名札が掛けてある。

そういえば名前も知らないな、と考えていると、アル二老に肩を叩かれた。

「じゃ、詳しい説明は後。とりあえず会ってみなさい」

「えっ、説明が先の方がいいんですけど」

人の焦りなど知らずに、笑顔で勝手にノックしてしまう。

「だーめ。先入観なしで会いなさい。きっと面白い事になるからの」

「ちょっ、そんな理由で!」

「ほっほっほ。では、開けるぞ。メリルー! 入るよー」

「ちょ、ちょっと、待って下さいよ!」


時すでに遅し、扉の向こうから、小さく返事が聞こえた。

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