14 補佐官と医者
「あーと、えーと、主らの子? 主らって、誰のことです?」
「主らは主らじゃ。魔王様とリディア様」
「…………あのー、そういう関係じゃないんですけど」
「んなもん知っとるわ。第一『人の子』って言うたじゃろ」
「ですよねー……」
再びクッションに顔を埋める。
びっくりし過ぎて、訳のわからない方向で考えてた。
そうだよな。大体、魔族から人間は産まれない。
「あー、びっくりしたー」
「何を阿呆なこと考えてるんじゃ。主ら男じゃろうが。それとも何かの、前科ありか?」
「ないですよ!」
思わず飛び起きる。
何を言い出すんだ、このじじい!
「ふむん。女子達の勘違いか」
……聞かなかったことにしよう。
女性は大切にするのもだ。例え、中身が、何であれ。
「さて、話を戻しても良いのかの?」
「ええ。ですがその前に、何故私と陛下の子供?」
「それはおいおい、の」
……はぐらかす気か。
最後まで聞かせるための、アルニ老の策だろう。ということは、厄介な内容なのかもしれない。
抱えたままのクッションをヘッドボードに敷いて、座りやすい位置に居直る。
それからもう一度、深呼吸。
……よし! どんな話でも来い!
アルニ老もグラスを突つくのを止め、こちらに向き直した。
「まず、あの子の容体じゃが、幸い、怪我や病に掛かってはおらん。しばらく養生すれば回復するでの」
「死にかけていた、と聞いたのですが、命に別状はないのですね」
「ないの。賢い子じゃよ。蔵の物で食い繋いどったらしくての」
一先ず安心した。
人の子と聞いてから、何か胸にじくりと刺さるような感覚があった。
もし死なれていたら、過呼吸くらい起こしていたかもしれない。
ホッとしたところで、今度はこちらから質問をする。
「らしい、という事は、話せる状態なのですか?」
「いや、今は無理じゃ。少ーし話せただけでの。またすぐに眠ってしまったんじゃ。会うのはもうしばらく先にの」
「そうですか。では、あの子の事はお任せしますね」
アルニ老は了の返事をすると、更に詳しい状況を教えてくれた。
医学には詳しくないが、彼に任せておけば大丈夫だろう。
そして一通り説明すると、グラスをサイドテーブルに置いた。
「さて、これで失礼するかの」
「ちょ、ちょっと! さっきの『主らの子』発言は!?」
「ん〜? おいおい、と言うたじゃろ。あの子が起きた時にの」
あー! 騙されたー!!
何でこの人、羊なんだよ! 中身は狸じゃないか!
何も返せずぽかんとしていると、笑いながら、また爆弾を投げる。
「そうそう。実はもう昼過ぎでの。仕事は休みにしておいた」
「はあ!? ええっ昼!? そんな、勝手に! それに仕事!!」
窓からの日差しが明るいとは思っていたが、昼過ぎとは思っていなかった!
慌てて起きようとするが、ベットから出ようとしたところで、目の前を蹄で塞がれる。
「働きすぎじゃ。睡眠障害もあるじゃろ。今日は休みなさい」
「ですが!」
「医者命令じゃ。それに無理に動かせば、書類は血まみれになるぞ。明日からにしなさい」
「……はい」
書類が血まみれ、は流石に休むしかない、か。
うぅ……部下の皆さん、ごめんなさい。明日からにきちんと働きますから。
胸の靄を吐くように、大きくため息をつき、クッションを元に戻す。
再びベットに戻れば、アルニ老はようやくベットから降りた。
「では、これで失礼するでの。ちゃんと寝るんじゃぞ。眠れなければ、この錠剤を飲むこと」
そう言って、さっき化膿止めとして渡された薬をサイドテーブルに置いた。
「まさか……睡眠薬、だったのですか?」
「すまんの。言ったら飲まんじゃろう? 遅効性じゃから、先に飲ませたかったしの」
「……お茶で……許し……ます」
横になったせいか、話している間にも、意識を飲み込むような眠気が襲ってくる。
ちくしょう……何だこれ。どんな薬を飲ませたんだ……。
薄れて行く意識の向こうで、アルニ老の優しい声が聞こえる。
「ほっほ。では、とっておきを用意しようかの。今は全部忘れて、ゆっくり休みなさい」
どういう意味だ?
そういえば、何で不眠気味なのを知っているんだろう……。
ああ、駄目だ。眠い……。
考えることを放棄すると、強烈な眠気に意識は攫われていった。




