11 補佐官と魔王
「へ、陛下。……その、あの……申し訳ありませんでした!」
「で、切ったんだろ」
「いえ! 全然!」
「切った、よな」
「…………少し」
「出せ」
「へ?」
聞き返せば、振り向きもせずに手を出される。
えっと、包帯外した方がいいのか。いや、時間かかるし。
というか、何で? まさか心配してるのか?
どうしたら、と悩んでいると舌打ちが聞こえ、慌てて手を重ねる。
あっ、包帯外し忘れた。
「お前、どんだけ深く切ったんだ。どんくせぇ」
「うぅ……。言わないで下さいよ」
出した手を掴まれ、反対の手で包帯の上から傷を撫でられる。
うぅ、無ず痒い。しかも中腰だから、腰も痛い。
ソファの後ろからでは、魔王の表情は見えない。
でも、怒っているわけではなさそう……かも。
ホッとして、身体から力を抜く。
しかし、これがまずかった。
「いっ痛っ!痛い痛い痛い!! 陛下!! 離して下さい!!」
怒ってはいなさそう、なんて思い、気を抜いたのが仇になった。
事もあろうに、傷口に爪を立ててきた。
撫でていたのは、傷口を探していたのか、的確に爪を立ててくる。
伸びてはいないが、整えられた爪が包帯の隙間を抜い、傷口を抉るように力を込め、押し付けられる。
「ひっ! 痛い痛いです!い……、痛っ。陛下……」
嫌な水音の中に、肉の切れる音が聞こえた。
「いっ!!」
あまりの痛みに膝が崩れる。
だが、掴まれたままの手により、逃げることはできない。
ソファの背に、しがみつく。
「う……あぅ……も、申し訳……ありません、でした。……許して」
激痛に耐え何とか謝罪すれば、満足したのか手を離される。
突然解放され、力が入らずそのまま崩れ落ちる。
「あ……ひぅ……」
ソファの背に額を押し付ける。
そうでもしないと、床に倒れ込みそうだった。
息が整わない。
激痛の襲う右手の状態を見ようと、目を開けるが、よく見えない。
涙でにじむ視界でも、右手が真っ赤に染まっているのはわかった。
左手で手首を抑えても、力が入らず、血が溢れ出る。
「リディア」
「あ……は、はい」
顔を上げれば、何処か上機嫌な声が聞こえる。
「リディア、痛み止めはいいが縫うな。自力で治せ。それで許してやる」
「……はい」
いつの間にか手放していたタオルを投げられる。
震える手でタオルを拾い、顔を拭くと、悲惨な状況が目に入った。
包帯はずれて意味をなくし、溢れた血が絨毯や服を汚している。
右手をタオルで抑え、しばらく痛みの中でぼんやりしていると、顎を掬われた。
「おい、リディア。医者呼べ」
「? 別に、後で伺い、ますよ」
「お前用じゃねえよ」
それもどうだ、と思ったが、これ以上何かされても辛いので、言わない。
「拾ってきた”あれ”用だ」
あれ、と言った魔王の視線を追い、向かい側のソファに目をやれば、何かある。
袖で涙をぬぐい直して、再び見直せば、魔王の上着に包まれた謎の塊。
気づかなかった。何だあれ?
ふらつきつつ立ち上がり、近づいてそっと上着を捲る。
思わず、目を疑った。
驚きから、思考がクリアになってくる。
あー、”これ”は予想外だった。
「これが、今朝、お聞きしたメインの置き土産、ですか?」
「ああ。いいから早く医者呼んで来いよ」
面倒そうな魔王の声が、後ろから投げられる。
そういえば今朝、衰弱死寸前みたいなことを聞いたような……。
……。
なのに、医者を呼んでいない、だと。
「これ、もしかして……」
「あー。人間の、ガキ?」
ぐったりと横たわる”それ”は、確かに小さな”人間”で。
「何で医者呼ばないんだよ! この馬鹿ーーーー!!!!」
思わずタオルも、投げた。




