9 補佐官とメイド
薄暗い廊下で一人、ため息を漏らす。
城の者達の心配などいざ知らず、行方を眩ませた魔王は、あっさりその日の深夜に帰城した。
帰城した、という報告を受け取った時、私は絶賛二徹目決行中だったが、出迎えることになった。
腐っても相手は魔王様だ。
家臣として、やらなければならない事は多い。
『何で深夜に、馬鹿魔王……』
『まあまあ、休憩だと思って。本当に休まれても構いませんから』
『いえ、このまま書類をやりたいんです』
『是非、陛下のお迎えにお伺い下さい』
こんな短いやり取りの末、半ば強制的に、休憩兼出迎えに向かうことになった。
自分の親程にも歳の離れている補佐官には、どうにも逆らえない。
彼の方もそれを知っているからか、時折部下とは思えない行動を取る。
まあ、それで助かることも多いから、あまり気にしたことはないが。
そんな事をつらつらと考えていたせいで、目の前を横切ろうとするメイドとぶつかりかけた。
「きゃ! やだ、リディア様! 申し訳ございません!」
「いえ、こちらこそ失礼致しました。お怪我は?」
「そんな、大丈夫です。本当に申し訳ございませんでした。ついぼーとしてしまって……」
「いえいえ、ぼんやりしていたのはこちらもですから。ところで、こんな深夜にどちらへ?」
この時間であれば、彼女たち城のメイドは、とうに休んでいるはずだ。
現に、彼女も休んでいたのだろう。衣装こそ城の物だが、髪や細かなところは乱れているように見える。
本人も気が付いたのか顔を赤くし、身なりを整えながら、答えてくれた。
「先程、陛下がお帰りになられましたので」
「あぁ、私も今から向かうところですよ。陛下はもう自室に?」
「はい。お食事を、と申されましたので、お待ち頂いています」
女性を何だと思っているんだ、あいつは。メイドじゃなくても、いいだろうに。
「こんな深夜に申し訳ありませんね。あの……申し訳ないついでに、お願いをしても?」
まぁ、私も頼むんですけどね。
「ふふふ。ええ、構いませんよ」
「ありがとうございます。お茶の用意も運んで頂けますか? 話がありますので、陛下の自室の方に」
「畏まりました。では、軽いお食事もお持ちしますね。リディア様、まだでしょう」
あ、バレてる。
恐らく部下の誰かか、調理師達が漏らしたのだと思う。
夕食だけでなく、昼食を抜いているのも知っているのだろう。断っても持って来そうな雰囲気だ。
「ご存知でしたか。では、お言葉に甘えさせて頂きますね」
「はい。では、少々お待ちくださいませ」
そう言うと、メイド服の裾をふわりと揺らし、彼女は去って行った。恐らく厨房だろう。
彼女が消えるのを途中まで見送ると、私も歩き始めた。
メイド衆の作る格別のお茶を考えれば、魔王が持ち帰ったであろう問題も気にならなくなった。
何処と無く足取りも軽く、魔王の自室に向かう。
この後、のんびりお茶なんて飲める場合じゃなくなるなんて知らずに。




