95話 ルナ
黒き核の向こうに立つ少女。
その姿は、魔物を操っているようには見えなかった。
むしろ――
怯えている。
「キラ、下がって!」
レティシアが俺の前に出る。
エリスも弓を構えた。
「待って」
俺は二人を止める。
少女から感じる魔力は強い。
でも、敵意は感じない。
「君は誰?」
少女はしばらく黙っていた。
「……私の名前は、ルナ」
「え?」
俺たち三人が同時に反応する。
少女は首を横に振る。
そして、自分の胸元を指差した。
「私は……この中にいる」
---
少女の身体が、黒き核の向こう側で揺らめいている。
まるで結晶の中に閉じ込められているようだった。
「閉じ込められてるの?」
俺が尋ねる。
少女は頷く。
「ずっと……」
「誰に?」
「分からない」
少女は俯く。
「目が覚めたら、ここにいたの」
その言葉に違和感を覚える。
「それじゃあ、どうして俺の名前を知ってる?」
「……声が聞こえたから」
「声?」
「黒いものの中から」
少女は胸に手を当てる。
「あなたの名前を呼んでいた」
---
その瞬間。
森の魔物たちが一斉に動き出した。
「来る!」
レティシアが剣を振る。
――ザンッ!
オークを退ける。
エリスも矢を放つ。
――シュッ!
ウルフが倒れる。
「キラ、急いで!」
「分かってる!」
俺は少女を見る。
「君を助ける!」
「駄目!」
少女が叫ぶ。
「ここから離れて!」
「どうして?」
「私がいるから、魔物が集まってくるの!」
黒き核が脈動する。
――ドクン。
魔物たちの身体に、また黒い紋様が浮かぶ。
「……そういうことか」
少女自身が魔物を操っているんじゃない。
黒き核が少女を通して、魔物を引き寄せている。
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俺は杖を握る。
黒き核を壊せばいい。
そう思った。
でも、あの石板の言葉が頭をよぎる。
『黒き核を破壊してはならない』
もし、この核を壊したら――
「キラ!」
レティシアの声で我に返る。
オークが目前まで迫っていた。
「《ウィンドバレット》!」
――ドンッ!
オークを吹き飛ばす。
「ありがとう!」
「キラ、どうするの?」
レティシアが尋ねる。
「分からない……」
俺は初めて答えに迷った。
倒すだけなら簡単だ。
でも、この少女を巻き込むわけにはいかない。
---
「お願い」
少女がこちらを見る。
「私を助けようとしないで」
「どうして?」
「あなたたちまで、あの人に殺される」
「あの人?」
少女の表情が変わる。
「黒い紋章を持った男」
やはり――
昨日の男。
「知ってるの?」
「うん」
少女は頷く。
「何度もここへ来てた」
「何をしていた?」
「黒き核に力を与えていた」
俺は息を呑む。
「何のために?」
少女は少しだけ目を伏せた。
「……私を目覚めさせるため」
---
その言葉と同時に、黒き核が大きく光った。
森全体が揺れる。
――ドクン!!
「なに!?」
レティシアが周囲を見る。
魔物たちが一斉に動きを止めた。
そして――
少女の身体から黒い魔力が噴き出した。
「いや……!」
少女が苦しそうに胸を押さえる。
「止めて!」
「どうすればいい!?」
「核を……」
少女が必死に叫ぶ。
「核を眠らせて!」
俺は黒き核を見る。
「どうやって……」
魔力が暴走している。
破壊はできない。
なら――
「俺の魔力を流してみる」
「危険だよ!」
レティシアが叫ぶ。
「でも、このままじゃ少女が……!」
俺は黒き核へ手を伸ばす。
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指先が触れた瞬間。
頭の中へ大量の映像が流れ込んできた。
燃える街。
巨大な黒い影。
そして――
三人の英雄。
アシュレイン。
リリー。
ロゼッタ。
「……なんで、三人が?」
映像の中で、三人は黒い何かと戦っていた。
そして最後に――
少女の姿。
「これは……過去?」
映像が途切れる。
俺の身体から力が抜ける。
「キラ!」
レティシアが支える。
「大丈夫……」
息を整える。
そして黒き核を見る。
さっきまで暴れていた魔力が――
少しだけ弱まっていた。
「眠った……?」
少女が驚いた顔をする。
「あなた……」
少女は俺を見る。
「どうして……そんなことができるの?」
俺にも分からない。
ただ――
黒き核に触れた瞬間。
どこか懐かしい感覚があった。
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魔物たちが次々と逃げていく。
森が静かになる。
「助かった……」
少女が呟く。
「ありがとう」
俺は黒き核を見る。
「君は一体、何者なんだ?」
少女は悲しそうに笑った。
「それは……」
答えようとした瞬間。
森の奥から――
パチン。
何かが弾ける音がした。
少女の顔から血の気が引く。
「……来た」
「誰が?」
「私をここへ閉じ込めた人」
遠くから、ゆっくりと足音が近づいてくる。
――ザッ。
――ザッ。
そして森の奥から、黒い紋章を持つ男が姿を現した。
「久しぶりだな」
男が少女を見る。
「器よ」
第95話 終




