90話 黒き紋章
男の腕に浮かんだ黒い紋様が、ゆっくりと脈打っている。
俺は杖を構えたまま、男から目を離さなかった。
「その魔力……」
グレートオーガと同じ。
間違いない。
「黒き核と関係があるのか?」
男は少し驚いたように目を細める。
「……知っているのか」
「最近、何度も見ている」
「そうか」
男が笑う。
「なら、なおさらここから生かして帰すわけにはいかない」
---
男が手を前へ出す。
「《ダークバレット》」
黒い球体が飛んでくる。
「《ウィンドシールド》!」
――ドンッ!
風の壁で受け止める。
だが、衝撃が強い。
「くっ……!」
「キラ!」
レティシアが前へ出る。
「私が行く!」
男との距離を一気に詰める。
――キンッ!
剣と短剣がぶつかる。
「速い!」
レティシアが押し返される。
「エリス!」
「はい!」
矢が飛ぶ。
――シュッ!
男は身体をひねって避ける。
「三人で戦うのか」
男が笑う。
「面白い」
---
レティシアが再び斬り込む。
男が剣を受ける。
その瞬間、エリスの矢が横から飛んだ。
――シュッ!
男が避ける。
避けた先へ俺が魔法を放つ。
「《ウィンドバレット》!」
――ドンッ!
男の肩をかすめる。
「当たった!」
レティシアが叫ぶ。
俺たちの連携は確実に良くなっている。
グレートオーガとの戦いを経験したことで、互いの動きを以前より理解できるようになっていた。
「このまま押す!」
---
しかし男は笑った。
「なるほど」
男の腕の紋様が強く光る。
「お前たちは強くなっている」
黒い魔力が膨れ上がる。
「だが――」
男の動きが突然速くなる。
レティシアの剣をかわす。
エリスの矢を避ける。
そして俺の目の前まで、一瞬で距離を詰めた。
「っ!」
――ドンッ!
腹に衝撃。
俺は壁まで吹き飛ばされた。
「キラ!」
レティシアが駆け寄ろうとする。
「来るな!」
俺は立ち上がる。
痛い。
でも動ける。
「こいつ……さっきより強くなってる」
エリスが男の腕を見る。
「紋章から魔力が流れ込んでいます」
「つまり、あの紋章が力の源?」
「おそらく」
---
俺は男を見る。
黒い紋章。
黒き核。
グレートオーガ。
全部が繋がっている。
「だったら――」
俺は杖を構える。
「その紋章を壊す!」
「キラ、危険だよ!」
「分かってる!」
俺は炎を集める。
男も黒い魔力を集める。
「《ダークランス》!」
「《フレイムスパイラル》!」
――ゴォォォォッ!!
炎の渦が黒い槍とぶつかる。
――ドォォォン!!
衝撃で建物全体が揺れる。
「ぐっ……!」
魔力が削られていく。
それでも押し込む。
炎の渦が男へ迫る。
そして――
黒い紋章に亀裂が入った。
「なに!?」
男が初めて動揺した。
---
――バキッ!
天井から石が落ちてくる。
「まずい!」
エリスが叫ぶ。
戦いの衝撃で、古い建物が崩れ始めていた。
「外へ!」
三人で走る。
男も出口へ向かう。
俺が振り返る。
「待て!」
男は一瞬だけこちらを見る。
「お前たち……」
黒い紋章を押さえる。
「このままでは済まさない」
その身体を黒い霧が包む。
「また会おう」
霧が消える。
男の姿も消えていた。
---
建物の外へ出た直後。
――ドォォォン!
採掘所が完全に崩れ落ちた。
「逃げられた……」
レティシアが悔しそうにする。
「でも」
エリスが瓦礫を見る。
「これを」
彼女の手には、建物の中から拾った小さな石板があった。
表面には古代文字。
俺は魔力を流してみる。
文字が淡く光る。
そして――
浮かび上がった一文。
『黒き器は、魔物だけに宿るものではない』
俺は息を呑んだ。
「……人間にも?」
黒い紋章を持った男。
その意味が、少しだけ分かった気がした。
---
依頼を終えた俺たちは、石板をギルドへ届けることにした。
しかし、誰にも話せないことが一つある。
俺は胸の奥で考えていた。
あの男は、俺たちの存在を知った。
そして――
俺たちも、黒き核に関わる人間の存在を知ってしまった。
もう、ただの魔物討伐では終わらない。
俺たちの冒険は、少しずつ大きな事件へ巻き込まれていく。
それでも。
「キラ」
レティシアが隣を歩く。
「どうした?」
「これからも三人で行こうね」
エリスも頷く。
「はい」
俺は二人を見る。
「もちろん」
今はまだDランク。
まだまだ力不足だ。
だけど――
少しずつでいい。
三人で強くなっていこう。
第90話 終




