第9話 再構築の兆し
森から屋敷へ戻った翌朝。
俺はいつも通り、目を覚ました。
……いや。
正確には、いつも通りではなかった。
「…………なんだ?」
目を開けた瞬間。
身体の中に、妙な違和感があった。
痛いわけじゃない。
熱があるわけでもない。
むしろ逆だった。
身体の奥が、妙に軽い。
「変な感じ……」
俺はベッドの上で身体を起こした。
窓から差し込む朝日が、部屋の床を照らしている。
いつもの部屋。
いつものベッド。
机の上には昨日使った魔法研究の紙。
何も変わっていない。
なのに。
俺だけが、何か違う。
「……鑑定」
いつものように頭の中で念じる。
【名前:キラ】
【年齢:6】
【レベル:4】
【魔力:9】
【筋力:7】
【敏捷:8】
【知力:10】
数値は昨日と変わらない。
「……何も変わってない?」
少し安心する。
でも、違和感は消えない。
俺はベッドから降りた。
そして床に置いてあった小さな木箱を持ち上げる。
「軽い」
いつもなら両手で持つところを、片手で持ち上げられた。
「……気のせい?」
今度は少し大きな箱。
両手で持ち上げる。
これも昨日より軽く感じる。
「筋力が上がったわけじゃないのに……」
俺は首を傾げた。
そのとき。
――ズキッ。
「っ!」
頭の奥に、一瞬だけ痛みが走った。
同時に。
見たことのない文字が浮かんだ。
【再構築条件を一部確認】
「……え?」
文字は一瞬で消えた。
「今の……何?」
俺は慌てて鑑定をやり直す。
何度試しても、表示されるのはいつものステータスだけ。
「……気のせい?」
そう思おうとした。
けれど。
俺は知っている。
あれは、間違いなく《再構築》だった。
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朝食の席。
「キラ、今日はずいぶん静かだな」
父さんが言った。
「そう?」
「ああ。いつもなら朝から魔法の話ばかりするだろ」
「……ちょっと考え事」
「昨日の森のことか?」
「それもある」
俺はパンをちぎりながら考える。
昨日の森。
最後に倒したウルフ。
あのときから何かがおかしい。
「父さん」
「ん?」
「昨日倒したウルフって、普通のウルフだった?」
父さんの手が止まった。
「どうしてそう思う?」
「……なんとなく」
「なるほど」
父さんは少し考えた。
「実はな」
「うん」
「最後に倒したウルフの一匹だけ、少し魔力が強かった」
「やっぱり」
「気づいていたのか?」
「戦ってるとき、ちょっとだけ違う感じがした」
父さんは驚いた顔をした。
「そうか……」
「何か特別だったの?」
「魔力が普通の個体より濃かった。それだけだ」
「それだけ?」
「ああ。珍しい個体ではあるが、特別な魔物というわけではない」
「……そう」
俺はパンを見る。
やっぱり、何かある。
昨日の戦闘のあとから。
俺の《再構築》に変化が起きている。
---
朝食を終えると、俺は庭へ向かった。
魔法を試す。
昨日と同じように、小さな石を一つ置く。
「《重力操作》」
石が浮く。
魔力を確認する。
【魔力:8】
「一消費」
昨日と同じ。
次に《冷却》。
桶の水へ手を向ける。
「《冷却》」
水面が凍る。
【魔力:7】
「これも同じ」
俺は腕を組む。
魔法に変化はない。
なら、変わったのは――。
「身体?」
俺は庭の隅にある木へ近づく。
幹に手を当てる。
何となく。
本当に何となく。
魔力を流してみる。
「……?」
いつもなら、魔力は身体から手へ流れていく。
そこから魔法として外へ出る。
でも今日は。
木に触れた瞬間。
何かが――。
繋がった。
「……!」
木の内部が分かる。
根。
幹。
枝。
水分。
細胞のようなもの。
まるで、木の構造が頭の中へ流れ込んでくる。
「なんだ……これ……」
慌てて手を離す。
感覚は消えた。
「今のは魔法じゃない」
鑑定でもない。
《再構築》だ。
そう直感した。
「……もしかして」
俺はもう一度木に触れる。
今度は慎重に。
魔力をほんの少しだけ流す。
すると――。
【対象の構造を認識しました】
「……!」
文字が浮かんだ。
【生命構造】
【魔力循環】
【再構築可能領域――未確定】
俺は息を止めた。
「見える……」
昨日まで見えなかったものが見えている。
ただし。
意味は分からない。
「再構築可能領域って……何?」
さらに魔力を流そうとする。
すると。
【警告】
【現在のレベルでは再構築を実行できません】
「……」
そこで文字が消えた。
俺はしばらく動けなかった。
「レベル……」
やはり。
《再構築》にはレベルが関係している。
でも。
ただレベルを上げればいいだけではないのかもしれない。
何か条件がある。
昨日のウルフ。
魔力。
レベル。
そして――。
再構築。
「分からない……」
俺は頭を抱えた。
けれど。
怖くはなかった。
むしろ。
嬉しかった。
「やっと……手がかりが出てきた」
今まで《再構築》は、ただ説明文に書かれているだけだった。
何ができるのか。
どう使うのか。
何も分からなかった。
それが初めて。
少しだけ動いた。
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昼過ぎ。
俺は父さんに相談することにした。
「父さん」
「どうした?」
「魔法について聞きたい」
「またか?」
「うん」
父さんは苦笑する。
「今度は何だ?」
「魔法って、他の生き物に干渉できる?」
「干渉?」
「身体の中にある魔力とか」
父さんは少し考える。
「理論上はできる」
「本当に?」
「ああ。ただし、非常に難しい」
「どうして?」
「魔力は人間なら人間、魔物なら魔物で流れ方が違う。無理に干渉すると、相手の魔力だけでなく自分の魔力も乱れる」
「つまり……危険?」
「かなりな」
俺は黙る。
「だから、他人の身体を直接操作する魔法はほとんど存在しない」
「……なるほど」
俺は庭の木を見る。
生き物の構造を認識する。
魔力の流れを見る。
そして――。
再構築。
「父さん」
「なんだ?」
「身体そのものを作り変える魔法ってある?」
父さんは少しだけ目を細めた。
「……ない」
「ない?」
「少なくとも、俺は知らない」
「じゃあ、傷を治す魔法は?」
「それはある」
「身体を作り変えるのとは違う?」
「ああ。治癒魔法は、本来あるべき状態へ戻す魔法だ」
「本来あるべき状態……」
その言葉が妙に引っかかった。
「だったら、再構築は?」
口に出しかけて。
俺は止めた。
まだ父さんには言わない。
説明できない。
そもそも、自分でも分かっていない。
「……何でもない」
「そうか?」
「うん」
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その日の夜。
俺は自分の部屋で一人、机に向かっていた。
紙に今日分かったことを書く。
《再構築》
・昨日のウルフ討伐後に変化した?
・対象の構造を認識できる。
・生命構造を認識可能。
・魔力循環を認識可能。
・レベル4では再構築そのものは使用できない。
・何らかの条件が存在する。
ペンを置く。
「……」
俺は窓の外を見る。
月が出ていた。
静かな夜。
街の明かりが遠くに見える。
俺はふと、自分の手を見る。
この身体は六歳の子供。
でも。
中身は前世の記憶を持っている。
この世界に生まれてから、ずっと不思議だった。
なぜ俺だけ無詠唱が使えるのか。
なぜ《再構築》を持っているのか。
なぜ普通の魔法を使うより、自分で術式を組み替えた方がうまくいくのか。
もしかしたら。
全部繋がっているのかもしれない。
「無詠唱も……再構築も……」
俺は呟く。
「俺が思っているより、ずっと特殊なのかもしれない」
そのとき。
――ズキッ。
「っ!」
また頭痛が走った。
視界が一瞬だけ白くなる。
そして。
目の前に文字が浮かんだ。
【再構築】
【第一条件――】
そこで文字が途切れる。
「……え?」
待って。
もう一度。
何も表示されない。
「第一条件って……何?」
俺は机の上の紙を見る。
手が震えていた。
まだ全部は分からない。
でも。
確実に何かが始まっている。
俺はペンを握り直した。
そして紙の一番下に、大きく書いた。
「レベル10まで上げる」
今の俺には、それしかできない。
レベルが上がれば、もっと多くのことが分かるかもしれない。
魔力も増える。
魔法も増やせる。
そして――。
《再構築》の秘密にも近づける。
俺はベッドへ入った。
目を閉じる。
「明日も頑張ろう」
そう思った直後。
――どこからか。
聞き覚えのない声が聞こえた。
『……再構築を確認』
「……?」
俺は目を開けた。
部屋には誰もいない。
「今……何か聞こえた?」
静寂。
風が窓を揺らしているだけ。
俺はしばらく起きていた。
けれど、何も起こらない。
「……気のせいか」
そう呟いて、再び目を閉じる。
しかし。
机の上に置かれたステータス画面には――。
【レベル:4】
【再構築:待機中】
今まで存在しなかった一行が。
静かに表示されていた。




