85話 想像を超える恐怖
北西の空に、黒い雲が広がっていた。
雨が降っているわけではない。
黒い魔力が、空気そのものを濁らせている。
「昨日より濃くなってる……」
俺は街の外を見つめる。
エリスも魔力を感じ取っていた。
「北西鉱山からです」
レティシアが剣に手をかける。
「何か起きてる」
その直後――
ギルドから緊急の鐘が鳴り響いた。
――ガァン! ガァン! ガァン!
「緊急招集です!」
街中に声が響く。
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ギルドへ駆け込むと、冒険者たちが慌ただしく動いていた。
「北西鉱山から、グレートオーガが地上へ出ました!」
受付嬢が叫ぶ。
昨日まで地下にいたはずの魔物。
それが――
地上へ出てきた。
「現在、Cランク以上の冒険者が討伐に向かっています」
「私たちは?」
レティシアが尋ねる。
「街道の避難誘導をお願いします」
俺たちは頷いた。
今回も討伐隊ではない。
でも――
街の人たちを守ることならできる。
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北西方面の村から、多くの住民が街へ向かってくる。
子供。
老人。
荷物を抱えた人。
「急いで!」
レティシアが誘導する。
「慌てなくて大丈夫です!」
エリスも声をかける。
俺は後方を警戒する。
そして――
地面が揺れた。
――ドォォォン。
「……!」
遠くの山から鳥が一斉に飛び立つ。
「まさか……」
俺は北西を見る。
山の向こうから、巨大な魔力が近づいてくる。
「来る」
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山道の先。
木々が次々となぎ倒される。
――バキバキバキッ!
そして、その奥から巨大な腕が現れた。
続いて身体。
頭。
二本の角。
岩のような筋肉。
「グレートオーガ……」
レティシアが息を呑む。
俺たちは言葉を失った。
大きい。
あまりにも大きい。
以前戦った魔物とは、存在そのものが違う。
胸には――
巨大な黒い結晶。
そこから黒い魔力が流れ込んでいる。
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「全員、街へ!」
俺は叫んだ。
グレートオーガはまだこちらを狙っていない。
だが、近くにいるだけで危険だ。
住民たちを急いで避難させる。
そのとき――
グレートオーガが咆哮した。
「グォォォォォォッ!!」
――ズドォン!!
衝撃波が街道を走る。
「うわっ!」
俺たちは吹き飛ばされる。
何人かの避難民も転倒した。
「キラ!」
「大丈夫!」
俺はすぐに立ち上がる。
しかし――
グレートオーガがこちらを見た。
赤い目。
視線が交わる。
「……まずい」
グレートオーガが歩き始めた。
こちらへ。
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「来るよ!」
レティシアが剣を抜く。
「でも、戦う必要はない!」
俺は叫ぶ。
「逃げながら時間を稼ぐ!」
グレートオーガの拳が振り下ろされる。
「《ウィンドステップ》!」
エリスの魔法。
三人が一斉に横へ飛ぶ。
――ドゴォォォン!!
地面が大きく陥没した。
「……こんなの、まともに受けたら死ぬ」
レティシアが呟く。
俺も頷く。
「絶対に正面から受けない」
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グレートオーガが再び近づく。
避難民はまだ逃げ切れていない。
ここで止めるしかない。
「キラ、どうする?」
レティシアが聞く。
「俺が足を止める」
「危険すぎる!」
「一瞬だけでいい!」
俺は杖を構える。
炎の魔力を集める。
「《フレイムスパイラル》!」
――ゴォォォォォッ!!
巨大な炎の渦がグレートオーガの脚へ巻きつく。
炎が身体を包む。
地面まで赤く染まる。
「効いてる!」
エリスが叫ぶ。
だが――
グレートオーガは止まらない。
「……嘘だろ」
炎の中から、一歩。
さらに一歩。
こちらへ歩いてくる。
「フレイムスパイラルを受けても……」
レティシアの表情が変わる。
「全然、止まってない」
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グレートオーガが腕を振る。
「避けて!」
――ブンッ!!
風圧だけで俺たちの身体が飛ばされる。
地面を転がる。
「キラ!」
「大丈夫……!」
立ち上がろうとする。
足が震えている。
怖い。
今まで感じたことのない恐怖だった。
レベルでも。
魔法でも。
経験でも。
目の前の魔物には届かない。
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「キラ!」
レティシアが叫ぶ。
「まだ逃げてない人がいる!」
俺は顔を上げる。
街道の端。
老人が一人、倒れている。
グレートオーガとの距離は近い。
「エリス!」
「はい!」
エリスが老人へ走る。
俺はグレートオーガの前へ出る。
「こっちだ!」
自分でも驚くほど大きな声が出た。
グレートオーガの目が俺を捉える。
「来い!」
炎をまとわせる。
《フレイムスパイラル》をもう一度。
魔力が急速に減っていく。
「まだ……!」
炎の渦が再び巻き起こる。
グレートオーガが拳を振り上げた。
「キラ!」
レティシアが叫ぶ。
俺は逃げない。
ただ時間を稼ぐ。
――ドォォォン!!
拳が地面へ叩きつけられた。
衝撃で身体が宙へ浮く。
その瞬間――
「避難完了!」
エリスの声が響いた。
俺は笑った。
「……よかった」
そのまま地面へ落ちる。
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その瞬間。
遠くから大量の魔力が近づいてきた。
「下がれ!」
冒険者たちの声。
Cランク冒険者を中心とした討伐隊が到着した。
さらに、その中には――
昨日、地下遺跡でグレートオーガと戦っていた冒険者の姿もあった。
「お前たち!」
彼が叫ぶ。
「よく時間を稼いだ!」
俺は立ち上がろうとする。
だが、もう力が残っていない。
「……俺たちじゃ、勝てない」
レティシアが隣に立つ。
「うん」
エリスも頷く。
悔しい。
でも――
今はそれでいい。
俺たちの役目は果たした。
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討伐隊がグレートオーガを取り囲む。
その戦いを見ながら、俺は拳を握った。
強くなりたい。
もっと。
もっと強く。
いつか――
あの魔物を前にしても、恐怖で動けなくならないくらいに。
そのとき、遠くの森の木の上から一人の男が戦場を見つめていた。
黒いローブ。
昨日の男だ。
「……なるほど」
男はキラたちを見る。
「まだDランクか」
そして、小さく呟いた。
「だが――あの三人は、面白い」
男はその場を離れる。
その視線の先には、まだ黒い魔力を放つグレートオーガ。
そして――
その胸の黒い結晶には、新たな亀裂が入っていた。
第85話 終




