84話 封印が解かれた。
北西の空が、一瞬だけ黒く染まった。
街道にいた俺たちは、全員その光景を見ていた。
「……今の、何?」
レティシアが呟く。
「分からない」
俺は魔力感知を広げる。
北西鉱山。
そのさらに奥。
今まで感じたことのないほど濃い魔力が、地下から噴き出している。
「何かが変わった」
エリスが不安そうにする。
「はい。さっきまでとは明らかに違います」
---
その直後。
森の中から魔物が次々と飛び出してきた。
「まただ!」
グレイウルフ。
ホーンラビット。
フォレストボア。
さらに――
「ロックリザードまで……」
種類の違う魔物が、同じ方向から逃げてきている。
まるで森そのものから追い出されているようだった。
「避難民を下げて!」
レティシアが叫ぶ。
「私たちが止める!」
---
数が多い。
十。
二十。
それ以上。
俺は魔力を集中させる。
「《フレイムスパイラル》!」
――ゴォォォォッ!!
巨大な炎の渦が街道を横切る。
魔物たちの進路を塞ぎ、群れを二つに分断する。
「今!」
レティシアが飛び込む。
――ザンッ!
エリスの矢が次々と飛ぶ。
――シュッ!
――シュッ!
俺も《ウィンドバレット》を撃ち続ける。
以前なら、この数を相手にすればかなり苦戦していた。
でも今は違う。
三人の動きが噛み合っている。
「右は任せて!」
「左、行きます!」
「分かった!」
魔物を一体ずつ確実に減らしていく。
---
しかし――
森の奥から、さらに大きな影が現れた。
「……あれは?」
エリスが弓を止める。
四本の脚。
岩のような身体。
額から伸びる巨大な角。
「アースホーン……」
レティシアが呟く。
大型の地属性魔物。
しかも、身体には黒い亀裂のような模様が走っている。
「黒い魔力を取り込んでる」
俺は魔力感知で確認する。
「普通のアースホーンより強い」
アースホーンが地面を踏み鳴らす。
――ドンッ!
地面が盛り上がる。
「来る!」
---
巨大な角が迫る。
「《ウィンドステップ》!」
エリスの補助魔法。
三人が左右へ散る。
アースホーンがそのまま突き抜ける。
「キラ!」
「分かってる!」
俺は炎を集める。
硬い相手。
なら――
「《フレイムスパイラル》!」
――ゴォォォッ!!
炎の渦がアースホーンを包む。
「グォォォッ!」
だが、止まらない。
「まだ来る!」
レティシアが叫ぶ。
俺は魔法を維持しながら、さらに炎を強める。
「もっと……!」
炎の渦が大きくなる。
アースホーンの動きが鈍った。
「今です!」
エリスの矢が飛ぶ。
――シュッ!
目の近くへ命中。
アースホーンが怯む。
その瞬間。
「はぁぁぁっ!」
レティシアが角の横をすり抜ける。
――ザンッ!
首元へ一撃。
アースホーンが倒れた。
---
俺はその場に座り込んだ。
「キラ!」
「大丈夫……」
息がかなり上がっている。
《フレイムスパイラル》を長時間維持したせいで、魔力をかなり消耗した。
「やっぱり強力な分、燃費が悪い」
「でも、あれがなかったら止められなかった」
レティシアが言う。
「……そうだね」
今の俺には、まだ魔力の限界がある。
もっと強くならなければ。
---
夕方。
街道の魔物を一通り退けたころ、ギルドから伝令がやってきた。
「北西鉱山の調査隊から連絡が入りました!」
「どうなったんですか?」
「地下遺跡で、古代の封印が一部解除されたそうです」
俺たちは顔を見合わせる。
「グレートオーガは?」
「討伐隊が交戦中ですが……」
伝令は険しい顔をする。
「グレートオーガが、さらに地下へ進んでいるそうです」
「どうして?」
「分かりません」
ただ――
その直後、鉱山の地下から巨大な魔力反応が発生した。
---
地下遺跡。
黒いローブの男は、石碑を見つめていた。
「一つ目の封印が……」
石碑の一角が黒く染まっている。
その奥から、声が響いた。
『――器を……』
男の顔色が変わる。
「まだ目覚めるな」
『――器を……よこせ……』
「まだ早い!」
男は黒い結晶を握りしめる。
すると、背後から足音。
「やはりここにいたか」
Cランク冒険者だった。
男は振り返る。
「ここから先へ来てはいけない」
「何を隠している?」
「あなたには理解できない」
「なら、説明しろ!」
男はしばらく黙った。
そして――
「黒き核は、ただの魔石ではない」
「……?」
「かつて、この大陸を滅ぼしかけた魔物そのものだ。」
---
その夜
俺は宿の窓から北西の空を見る。
黒い光はもう見えない。
だけど、あの場所で何かが起きている。
俺たちはまだDランク。
今の実力では、Aランク相当の魔物には到底届かない。
だからこそ――
焦らず、強くなる。
レティシアも。
エリスも。
俺自身も。
いつか、あの場所へ行けるくらいに。
その時。
北西の山から――
小さな黒い光が一つ、空へ昇った。
誰にも気づかれないほど小さな光。
しかしそれは、確実に――
次の封印が解け始めた合図だった。
第84話 終




