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6話 初めての魔物討伐



 街を出てから、二時間ほどが経った。


 馬車の窓から見える景色は、少しずつ変わっていった。


 最初は石造りの建物が並ぶ街。


 そこから離れると、広い畑が見えてくる。


 さらに進むと畑もなくなり、背の高い草が一面に広がっていた。


 そして、その先。


 巨大な森があった。


 木々が密集し、森の奥は昼間だというのに薄暗い。


「……あれが魔物の森?」


「ああ」


 向かいに座る父さんが答える。


「正確には、魔物の森と呼ばれている場所の一部だ」


「一部?」


「この森はかなり広い。今日行くのは入口付近だけだ」


 父さんはそう言いながら、腰の剣を確認した。


 その仕草を見て、俺も無意識に腰の短剣へ手を伸ばす。


 昨日もらったものだ。


 短剣とはいえ、俺の身体にはかなり重い。


「緊張してるな」


「……してる」


「いいことだ」


「え?」


「戦いで一番怖いのは、自分が強いと思い込むことだ」


 父さんは真剣な顔で俺を見る。


「怖いと思っているなら、周りを見る。危険だと思ったら逃げる。それだけ覚えておけ」


「分かった」


 馬車が止まった。


「ここからは歩く」


 森の入口。


 俺は地面に降り立った。


 街では感じなかった、湿った土と草の匂いがする。


 風が吹くたびに木々がざわめく。


 鳥の鳴き声も聞こえる。


 けれど――。


「……静か」


「そうだな」


 父さんが森を見る。


「静かすぎるときは、何かいると思った方がいい」


 俺は息を飲んだ。


 森の中へ入る。


 足元には枯れ葉が積もっていて、歩くたびに小さな音がする。


 俺は周囲を注意深く見る。


 右。


 左。


 木の上。


 茂み。


 何もいない。


「父さん」


「なんだ?」


「魔物って、どうやって見つけるの?」


「気配を感じるんだ」


「気配?」


「魔物は人間とは違う。魔力を持っているからな」


 父さんが立ち止まる。


「ただし、今のお前にはまだ難しい」


「じゃあ、どうするの?」


「目と耳を使え」


 父さんが地面を指差す。


 そこには小さな足跡があった。


「これは?」


「ゴブリンだ」


「分かるの?」


「足の形と大きさ、それから歩幅だ」


「なるほど……」


 冒険者になるには、魔法だけでは駄目らしい。


 そんなことを考えていると――。


 ガサッ。


 茂みが揺れた。


 俺の身体が固まる。


 父さんが手を上げる。


「止まれ」


 茂みの向こうから何かが出てきた。


 緑色の肌。


 小さな身体。


 黄色い歯。


 手には粗末な棍棒。


「ゴブリン……」


 実物を見るのは初めてだった。


 ゲームや小説では何度も見た。


 けれど、実際に目の前にすると全然違う。


 臭い。


 汚れている。


 そして――。


 殺意を感じる。


「グギャッ!」


 ゴブリンが叫んだ。


 棍棒を振り上げ、こちらへ走ってくる。


「下がれ!」


 父さんが俺の前に出た。


 ゴブリンの棍棒が振り下ろされる。


 ガンッ!


 父さんの剣が棍棒を受け止めた。


 衝撃でゴブリンの腕が跳ね上がる。


 その隙を逃さない。


 父さんが一歩踏み込み、ゴブリンの手首を剣の柄で打った。


「ギャッ!」


 棍棒が地面に落ちる。


 父さんはゴブリンの足を払った。


 ドサッ!


 ゴブリンが地面に倒れる。


「今だ」


「え?」


「お前がやってみろ」


 父さんが後ろへ下がった。


 ゴブリンが起き上がろうとしている。


「俺が……?」


「ああ」


 心臓が大きく鳴る。


 短剣を握る。


 手が震える。


「怖いか?」


「……怖い」


「なら、魔法を使え」


 俺は頷いた。


 ゴブリンが立ち上がる。


「グギャア!」


 棍棒を拾おうと手を伸ばす。


 俺は手を向けた。


 頭の中で術式を組み立てる。


 重心。


 対象はゴブリン。


 範囲は身体全体。


 効果時間は短く。


 そして――。


 発動。


「《重心操作》」


 声には出していない。


 ――無詠唱。


 ゴブリンの身体が突然ぐらりと傾いた。


「ギャッ!?」


 足元が崩れる。


 ゴブリンは自分の身体を支えきれず、再び地面へ倒れた。


 今だ。


 俺は走った。


 一歩。


 二歩。


 短剣を握り直す。


 怖い。


 逃げたい。


 それでも足を止めない。


「ごめん!」


 短剣を振る。


 ゴブリンが動かなくなった。


 静寂が戻る。


「……」


 俺は短剣を握ったまま立っていた。


 手が震えている。


 息が荒い。


「倒した……?」


「ああ」


 父さんが頷く。


 その瞬間だった。


 頭の中に文字が浮かぶ。


【ゴブリンを討伐しました】


【経験値を獲得しました】


【レベルが2から3へ上昇しました】


「……レベル3」


 身体の中に、何かが流れ込んでくるような感覚。


 力が少し増えた。


 魔力が増えたのも分かる。


「鑑定してみろ」


「うん」


【名前:キラ】


【年齢:6】


【レベル:3】


【魔力:7】


【筋力:6】


【敏捷:7】


【知力:9】


「魔力が7……」


 昨日は5だった。


 たった一度のレベルアップで2増えた。


「これなら……」


 新しい魔法が作れる。


 そう思った。


 しかし。


 その瞬間。


 森の奥から――。


 パキッ。


 枝が折れる音がした。


「……」


 父さんの表情が変わる。


「キラ」


「うん」


「俺の後ろへ」


 さっきとは違う。


 明らかに警戒している。


 俺はすぐに父さんの後ろへ移動した。


 木々の隙間。


 そこから、二つの黄色い目が覗いていた。


 次の瞬間。


 一匹の魔物が姿を現す。


 灰色の毛。


 鋭い爪。


 狼に似た身体。


「ウルフ……」


「そうだ」


 父さんが剣を抜く。


「しかも――」


 ガサッ。


 右側の茂みが揺れた。


 さらに一匹。


 左側。


 もう一匹。


「……三匹?」


「まだいる」


 後ろを振り返る。


 木の陰から、もう一匹。


 さらに森の奥。


「五匹だ」


 ウルフたちが、ゆっくりと俺たちを囲んでいく。


 牙を剥き出しにしている。


 低い唸り声が響く。


「グルルル……」


 俺は短剣を握る。


 さっきよりも怖い。


 ゴブリンとは違う。


 ウルフは明らかに速い。


 しかも五匹。


「父さん……」


「大丈夫だ」


 父さんが俺の前に立つ。


「俺から離れるな」


 その瞬間。


 一匹が地面を蹴った。


「来るぞ!」


 ウルフが一直線に飛び込んでくる。


 父さんが剣を振る。


 ギィン!


 爪と剣がぶつかった。


 ウルフが弾き飛ばされる。


 しかし――。


「グルァ!」


 別の一匹が横から飛び込んできた。


 父さんが振り返る。


 間に合わない。


「父さん!」


 俺は反射的に手を伸ばした。


「《重心操作》!」


 無詠唱。


 ウルフの身体が空中で傾く。


 狙いが逸れる。


 父さんの肩を掠めて、ウルフが地面へ落ちた。


「よくやった!」


 父さんがそのまま斬り伏せる。


 残り三匹。


 一匹が俺を見る。


「……」


 目が合った。


 ウルフが口を開く。


「グルァァ!」


 俺へ向かって走ってくる。


「来る!」


 俺は後ろへ下がる。


 速い。


 思った以上に速い。


 距離が一気に縮まる。


 短剣を構える。


 でも、間に合わない。


「だったら――」


 魔法を使う。


 重心操作。


 狙うのは足。


「《重心操作》!」


 ウルフの前脚が崩れる。


 だが――。


「グルッ!」


 ウルフは身体を捻った。


 転ばない。


「嘘だろ……!」


 そのまま飛び込んでくる。


 俺は横へ飛ぶ。


 爪が服を掠めた。


「っ!」


 地面に転がる。


 怖い。


 でも、今度は逃げない。


 ウルフが振り返る。


 もう一度、飛びかかってくる。


「だったら!」


 俺は地面へ手を向けた。


 頭の中で術式を組み替える。


 重力。


 対象はウルフ。


 方向を――。


「下じゃない」


 俺は右手を横へ向ける。


「《重力操作》!」


 ウルフの身体が突然、横へ引っ張られた。


「ギャウッ!?」


 ドンッ!


 ウルフが木に叩きつけられる。


 そのまま地面へ落ちた。


「……できた」


 ただ重くするだけじゃない。


 重力の方向そのものを変えた。


 俺は息を整える。


 しかし。


「キラ!」


 父さんの声。


 振り返る。


 残りの一匹が、俺の背後へ回っていた。


 しまった。


 ウルフが飛びかかる。


 俺は咄嗟に腕で頭を庇った。


 だが――。


 ガキィン!


 父さんの剣がウルフを弾き飛ばした。


「油断するな!」


「ごめん!」


「謝るのは後だ!」


 父さんがウルフを追う。


 一撃。


 二撃。


 ウルフが距離を取る。


 その隙に、俺は周囲を見る。


 残り二匹。


 父さんが一匹と戦っている。


 もう一匹が父さんの横へ回ろうとしている。


「父さん!」


 俺は手を伸ばした。


 でも――。


 待て。


 同じ魔法では間に合わない。


 なら。


 新しい魔法を。


 頭の中で術式を組み替える。


 地面。


 熱。


 水分。


 空気。


「……これなら」


 俺は地面へ手を向けた。


「《冷却》」


 無詠唱。


 地面の表面が急激に冷える。


 薄い霜が広がった。


 ウルフがそこへ踏み込む。


「グッ!?」


 足が滑った。


 体勢が崩れる。


 その瞬間。


 父さんが踏み込んだ。


「終わりだ」


 一閃。


 ウルフが倒れる。


 残った一匹は逃げようとした。


 しかし、父さんが追う必要はなかった。


 俺が手を伸ばす。


「《重力操作》」


 ウルフの身体が地面へ押し付けられる。


「グルッ……!」


 動きが止まる。


 父さんが一撃で仕留めた。


 森に静寂が戻った。


「……終わった」


 俺はその場に座り込んだ。


 身体から力が抜けていく。


 怖かった。


 何度も死ぬと思った。


 でも――。


「勝った……」


 父さんが俺の頭に手を置く。


「ああ。よくやった」


「父さん」


「ん?」


「俺、もっと強くなれるかな」


「なれるさ」


 父さんは笑った。


「ただし、今日みたいに自分の力を過信するな」


「うん」


 俺は自分の手を見る。


 無詠唱。


 魔法の再構築。


 そしてレベルアップ。


 まだ始まったばかりだ。


 もっと魔力が欲しい。


 もっと魔法を作りたい。


 そして――。


 いつか《再構築》の条件を知りたい。


 俺は立ち上がった。


「父さん」


「なんだ?」


「次の魔物を探そう」


「……」


 父さんが呆れた顔をする。


「今日はもう帰るぞ」


「えー……」


「六歳児が一日に何匹も魔物を倒すな」


「……はい」


 俺は渋々頷いた。


 こうして初めての本格的な魔物討伐は終わった。


 けれど、俺の中には一つの確信が生まれていた。


 魔法は、決められた形で使うものじゃない。


 自分で考えれば、もっと自由にできる。


 なら――。


 レベルが上がれば。


 魔力が増えれば。


 もっと複雑な魔法を作れる。


 そして、その先にあるのは――。


 レベル10。


 俺はまだ知らない。


 そこへ到達したとき、自分の《再構築》が何を意味するのか。


 ただ一つだけ。


 俺はこの日から、強くなることを決めた。

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