50話 落ちこぼれの弓使い
セレスタ防衛戦から三日。
街は少しずつ普段の姿を取り戻していた。
壊れた柵は修理され、南門にも新しい木材が運び込まれている。
けれど、冒険者ギルドだけは以前と違っていた。
掲示板には、南部森林に関する依頼が大量に貼られている。
「まだ魔物の異常は続いてるんだね」
レティシアが掲示板を見る。
「うん」
俺も依頼書を確認する。
グレイウルフ。
ゴブリン。
フォレストボア。
ホーンラビット。
普段なら、それぞれ別々の場所で確認される魔物だ。
それが最近は、街の近くで頻繁に目撃されている。
「やっぱり、原因を調べないといけない」
俺が言う。
「でも、私たちはまだFランクだよ?」
「分かってる」
だからこそ、俺たちだけで森の奥へ行くつもりはない。
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ギルドの奥から、数人の冒険者が出てきた。
昨日まで南部森林の調査をしていた冒険者たちだ。
その中には、以前ブラックファングと戦っていたDランク冒険者もいる。
「お前たち」
男が俺たちを見る。
「森の異変について、少し話がある」
「俺たちに?」
「ああ」
俺とレティシアは顔を見合わせた。
「昨日の調査で、妙なものが見つかった」
「妙なもの?」
「魔物の巣じゃない」
男は声を落とした。
「森の奥に、魔力の痕跡が残っていた」
俺の胸がざわつく。
あの黒い魔力。
西部街道で見つけたものと同じなのだろうか。
「俺たちも似たようなものを見つけました」
「本当か?」
俺は採取した黒い魔力の痕跡について説明した。
男の表情が変わる。
「それなら、話は繋がっているかもしれない」
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ギルドの一室。
俺たちは数人の冒険者と一緒に、黒い魔力の痕跡を調べていた。
「これは普通の魔物の魔力じゃない」
魔法に詳しそうな女性が言う。
「かなり濃いですね」
俺も魔力を感じ取る。
確かに普通とは違う。
「でも、魔族の魔力とも違う」
「じゃあ何なの?」
レティシアが聞く。
女性は首を横に振った。
「まだ分からない」
そのとき――
黒い痕跡が、わずかに揺れた。
「……!」
俺は思わず後ろへ下がった。
「今、動いた?」
レティシアも見ていた。
「うん」
黒い魔力が、ほんの一瞬だけ脈打った。
まるで――
生きているように。
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「今日、調査隊をもう一度組む」
Dランク冒険者が言った。
「南部森林の奥まで調べる」
「俺たちも行けますか?」
俺が聞く。
「駄目だ」
即答だった。
「危険すぎる」
レティシアが不満そうな顔をする。
「でも……」
「お前たちの力を疑っているわけじゃない」
男は真剣な顔で言う。
「むしろ、今のお前たちは無茶をしない判断ができる。それは冒険者として大切なことだ」
俺は黙って頷く。
「だから街に残ってくれ」
「分かりました」
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調査隊が出発したあと。
俺たちは別の依頼を探すことになった。
「これにしよう」
レティシアが取った依頼書。
『北街道・薬草採取兼魔物警戒』
「薬草?」
「うん。簡単そう」
「いいと思う」
南部森林が危険になっている今、北側の依頼をこなすのはちょうどいい。
二人で北街道へ向かった。
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しばらく歩くと、草原にホーンラビットがいた。
「今度は普通だね」
レティシアが言う。
「うん」
ホーンラビットはこちらを見る。
そして――
一目散に逃げていった。
「……」
「……」
二人で顔を見合わせる。
「普通のホーンラビットだ」
「うん」
なぜか少し安心した。
薬草を採取していると、遠くから小さな足音が聞こえた。
「誰かいる?」
俺は立ち上がる。
街道の先から、一人の少女が歩いてくる。
背には大きな荷物。
そして――
長い耳。
「エルフ……?」
レティシアが呟く。
少女は俺たちに気づくと、一瞬だけ立ち止まった。
そして警戒するようにこちらを見た。
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「こんにちは」
俺が声をかける。
「……こんにちは」
少女は小さな声で答える。
長い耳。
みどり色の髪。
見た目は俺たちと同じくらいの年齢に見える。
けれど、どこか雰囲気が違った。
「一人?」
「……そうです」
「この辺りは最近、魔物が増えてるから気をつけた方がいいよ」
「知っています」
少女は短く答える。
レティシアが近づく。
「冒険者?」
「……はい」
「何ランク?」
少女は少し迷ったあと、
「Fランクです」
と答えた。
俺は少し驚いた。
「俺たちと同じだ」
「……そうなんですか」
少女はそれ以上話そうとしない。
妙に距離がある。
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そのとき、少女の荷物から細長いものが見えた。
「それ、弓?」
レティシアが尋ねる。
「……はい」
「使えるの?」
「少し」
少女は弓を取り出した。
そして街道脇の木に止まっていた小さな鳥へ向ける。
――シュッ。
矢が飛ぶ。
鳥のすぐ横を通り過ぎ、木に突き刺さった。
「……」
「……」
少女は無言で弓を下ろした。
「少し、苦手なんです」
レティシアが困ったように笑う。
「そ、そうなんだ……」
少女は俯いた。
「エルフなのに、弓も魔法もまともに使えないから」
その言葉に、俺は何も言えなかった。
少女の表情には、慣れたような諦めがあった。
まるで――
何度も同じことを言われてきたような。
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「じゃあ、気をつけてね」
俺が言う。
「はい」
少女は小さく頭を下げる。
そのまま歩いていく。
レティシアがその背中を見る。
「なんだか、寂しそうな子だったね」
「うん」
「また会えるかな」
「分からない」
少女の姿が遠ざかっていく。
このときの俺たちは、まだ知らなかった。
この少女が――
これから先、俺たちの旅に深く関わることになるとは。
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同じ頃。
森の奥へ進んでいた調査隊が、足を止めていた。
「……何だ、これ」
巨大な木々の向こう。
地面に黒い亀裂が走っている。
そこから、濃い魔力が漏れ出していた。
その周囲には、何匹もの魔物が倒れている。
グレイウルフ。
ゴブリン。
フォレストボア。
そして――
ブラックファングまで。
「こんなもの……いつから?」
一人が呟く。
すると亀裂の奥から、
――ドクン。
黒い魔力が脈打った。
「全員、下がれ!」
次の瞬間。
森の奥から巨大な咆哮が響き渡った。
――グォォォォォッ!!
調査隊の全員が武器を構える。
そして森の闇の中で、
何か巨大なものが、ゆっくりと目を開いた。
第50話 終




