37話 敗北
冒険者ギルドの空気が、一気に変わった。
さっきまで聞こえていた酒のグラスがぶつかる音も、依頼について話す声も、ほとんど聞こえなくなっている。
視線が俺に集まっていた。
「本当にやるのか?」
ガルドが少し驚いた顔をする。
「うん」
俺は頷いた。
目の前に立つ冒険者を見る。
年齢は二十代後半くらい。
身長は俺よりかなり高い。
腰には片手剣。
革製の防具を身につけている。
見た目は派手じゃない。
でも、立っているだけで分かる。
この人は強い。
「俺はロイド。Dランク冒険者だ」
「キラです」
「噂の無詠唱魔法使いと手合わせできるとは思わなかった」
ロイドは楽しそうに笑った。
「安心しろ。殺すつもりはない」
「俺もそのつもりです」
受付嬢が慌てて止めに入る。
「ちょっと! ここで戦うつもり?」
「もちろんギルドの訓練場を借りる」
ロイドが答える。
「それならいいけど……」
受付嬢が俺を見る。
「キラ君、本当に大丈夫?」
「大丈夫です」
俺は剣を握った。
胸の奥が少し高鳴る。
今まで魔物とは戦ってきた。
でも、人間相手の剣術は違う。
レオンとの訓練とも違う。
相手も俺と同じように考え、動く。
これはいい経験になる。
---
ギルドの裏手には、冒険者が訓練するための広場がある。
土の地面。
木製の柵。
その周囲には、何人もの冒険者が集まっていた。
「子供と手合わせするのか?」
「無詠唱魔法を使うっていう子だろ?」
「本当に?」
「見てみようぜ」
どんどん人が集まってくる。
俺は少し緊張した。
「……こんなに見られるとは思わなかった」
ミレアが笑う。
「仕方ないわよ」
ガルドが腕を組む。
「昨日の話がもう街中に広まってるからな」
「そんなに?」
「ああ」
レオンが俺を見る。
「気にするな」
「うん」
「相手を見ることだけに集中しろ」
今朝、父親から言われた言葉を思い出した。
――相手を見る。
俺はロイドを見る。
右足が少し前。
剣は右手。
肩の力は抜けている。
呼吸も一定。
「……」
強い。
そう感じた。
「準備はいいか?」
ロイドが聞く。
「はい」
審判役の冒険者が手を上げる。
「始め!」
---
――ダッ!
ロイドが一気に踏み込んできた。
「速い!」
俺は剣を構える。
――ガキィン!
剣と剣がぶつかった。
重い。
腕に衝撃が走る。
俺は後ろへ一歩下がった。
「……!」
ロイドがすぐに二撃目。
横薙ぎ。
俺はしゃがんで避ける。
頭上を剣が通り過ぎる。
「そこ!」
俺は立ち上がりながら剣を振る。
――キン!
ロイドが受け止めた。
「いいな」
ロイドが笑う。
「思ったより動ける」
「まだです!」
俺は踏み込む。
右。
左。
さらに突き。
ロイドは全て防ぐ。
――カン!
――カン!
――ガキン!
周囲から声が上がる。
「子供の動きじゃないぞ」
「ロイドが押されてる?」
「いや、まだ本気じゃないだろ」
俺は距離を取った。
息を整える。
剣だけでは厳しい。
なら――
「魔法を使います」
「来い」
ロイドが構える。
俺は右手を開いた。
「《風刃》」
詠唱なし。
空気が震える。
――ズバッ!
風の刃がロイドへ飛ぶ。
「無詠唱……!」
周囲から驚きの声。
ロイドは横へ飛んだ。
風刃が地面を削る。
「本当に詠唱してない……」
別の冒険者が呟く。
俺はそのまま距離を詰める。
「はっ!」
剣を振る。
――ガキン!
ロイドが受け止める。
「なるほど」
ロイドが笑う。
「魔法の直後に剣か」
「はい!」
俺は押し込む。
しかし。
ロイドの目が変わった。
---
――グッ!
突然、俺の剣が押し返された。
「……!」
ロイドが身体を回転させる。
俺の横を通り抜ける。
「しまった!」
振り返った瞬間。
ロイドの剣が目の前にあった。
――ピタッ。
剣先が俺の首元で止まる。
「……」
周囲が静まり返った。
「そこまで!」
審判の声。
ロイドが剣を下ろす。
「俺の勝ちだ」
俺は悔しさを感じた。
「……負けました」
「でも、かなり良かったぞ」
「本当ですか?」
「ああ」
ロイドは剣を収める。
「魔法と剣を同時に使う戦い方は面白い」
俺は自分の剣を見る。
「でも、最後は何もできませんでした」
「それが今回の収穫だ」
「?」
ロイドが俺を見る。
「お前は魔法を使った後、次の攻撃に意識が行きすぎる」
「……!」
レオンと同じことを言われた。
「魔法が当たらなかったときのことを考えてない」
ロイドが続ける。
「相手は必ずしも、お前の思った通りには動かない」
俺は黙って聞く。
「魔法が避けられることを前提にして、次の動きを用意しておけ」
「分かりました」
「それができれば、かなり厄介な戦い方になる」
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手合わせが終わると、冒険者たちが集まってきた。
「本当に無詠唱だったな」
「しかも魔法の後に剣か」
「何歳なんだ?」
「将来かなり強くなるんじゃないか?」
次々と声をかけられる。
俺は少し戸惑った。
「……こんなに見られるとは」
ミレアが笑う。
「人気者ね」
「やめてよ」
ガルドが大笑いする。
「いいじゃねえか!」
レオンは少し離れた場所から俺を見ていた。
「どうだった?」
「悔しい」
「なら、覚えておけ」
レオンが言う。
「負けたときに何を学ぶかで、その後の強さは変わる」
俺は頷いた。
「うん」
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夕方。
家に帰る。
父親が庭で剣の手入れをしていた。
「帰ったか」
「うん」
「どうだった?」
「負けた」
父親が顔を上げる。
「そうか」
「Dランクの冒険者と手合わせしたんだ」
「なるほど」
「剣と魔法を使ったけど、最後にやられた」
父親は少し笑った。
「いいじゃないか」
「……負けたのに?」
「負けたからこそ分かったことがあるんだろう?」
「うん」
俺は今日の戦いを思い返す。
「魔法を避けられた後のことを、もっと考えないといけない」
「それが分かったなら、今日の戦いは無駄じゃない」
父親は立ち上がる。
「もう一度やるか?」
「今?」
「ああ」
俺は笑った。
「お願いします」
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夜。
ベッドに入っても、今日の戦いが頭から離れなかった。
ロイドの動き。
父親の言葉。
レオンの教え。
全部が繋がっていく。
俺はまだ弱い。
魔法が強くても。
剣が使えても。
それだけでは勝てない。
だから――
「もっと強くなろう」
そして、いつか旅に出る。
知らない街へ。
知らない場所へ。
そこで出会う人たちから、もっと多くのことを学びたい。
俺は目を閉じた。
旅立ちの日は、少しずつ近づいていた。
第37話 終




