36話 帰還
森を抜ける頃には、空が赤く染まり始めていた。
木々の隙間から差し込む夕日が、長い影を地面に伸ばしている。
俺たちは街へ向かって歩いていた。
地下施設での戦いを終えたばかりだというのに、誰も口数が多くなかった。
疲れている。
それだけじゃない。
地下施設で見つけた資料。
黒い魔力。
そして、俺自身の能力に関係しているかもしれない記録。
考えることが多すぎた。
「キラ」
隣を歩いていたレオンが声をかけてきた。
「何?」
「疲れているなら、今日はもう魔法のことを考えるな」
「……顔に出てた?」
「ああ」
ガルドが後ろから笑う。
「お前、歩きながらずっと難しい顔してるぞ」
「そうかな」
「そうだ」
ミレアも頷いた。
「さっきから三回くらい同じ木を見てたわよ」
「……」
言われてみれば、確かに考えすぎていた。
「ごめん」
「謝ることじゃない」
レオンが前を向いた。
「分からないことがあれば調べればいい。今すぐ答えを出す必要はない」
「うん」
その言葉に少し気持ちが軽くなった。
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街が見えてきた
森を抜ける。
遠くに街の城壁が見えてきた。
夕暮れの光を浴びた石壁。
門の前には、帰ってきた商人や冒険者たちが並んでいる。
荷馬車の車輪が石畳を鳴らし、門番が一人ずつ身分証を確認している。
街の中からは、人々の話し声が聞こえてきた。
「やっぱり街は落ち着くな」
ガルドが伸びをする。
「森に何日もいると、人の声が恋しくなる」
「お前は森にいてもずっと喋ってただろ」
レオンが返す。
「それとこれとは別だ!」
ガルドが笑った。
俺も思わず笑う。
門をくぐる。
街の中には、いつもの風景が広がっていた。
露店では焼いた肉の香ばしい匂いが漂っている。
道の端では果物を売る商人。
冒険者ギルドへ急ぐ若者。
酒場の前で大声で笑っている冒険者。
夕食の買い物をする親子。
建物の窓から明かりが漏れ始めている。
森の中とは全然違う。
「……帰ってきたんだな」
俺が呟く。
するとミレアが笑った。
「そうね」
「キラ」
レオンが俺を見る。
「今日は家に帰れ」
「え?」
「父親が待っているだろう」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の足が自然と速くなった。
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家の前まで来る。
夕暮れの街に、小さな明かりが灯っている。
俺は扉の前で立ち止まった。
「……ただいま」
扉を開ける。
「おかえり」
父親がいた。
机の前に座っていた父親が、こちらを見る。
一瞬。
父親の表情が変わった。
「キラ」
「うん」
「無事だったか」
「うん。大丈夫」
父親は立ち上がる。
俺の顔を見る。
腕を見る。
服を見る。
そして腰の剣を見る。
「……剣を使ったのか?」
「うん」
「怪我は?」
「ないよ」
「本当に?」
「本当」
父親は少し黙った。
そして。
「そうか」
小さく笑った。
「少し見ない間に、ずいぶん逞しくなったな」
俺は照れくさくなって頭を掻いた。
「レオンに剣を教えてもらったんだ」
「レオンに?」
「うん」
「そうか……」
父親は少し懐かしそうな顔をした。
「昔から剣の教え方は厳しいからな」
「知ってるの?」
「ああ」
「父さんも知り合いだったの?」
「昔、何度か一緒に依頼を受けたことがある」
初めて聞いた。
「ガルドとも?」
「あいつともな」
「じゃあ、父さんも冒険者だったの?」
「昔はな」
父親は笑う。
「今はお前の帰りを待つ方が忙しい」
「……」
胸が少し温かくなった。
---
夕食を食べながら、今回の冒険について話した。
森で魔物と戦ったこと。
地下施設を見つけたこと。
黒い魔力のこと。
そして、エリオスの研究資料を見つけたこと。
父親は黙って聞いていた。
特にエリオスの名前を出したとき。
箸を止めた。
「……エリオス」
「知ってる?」
「名前だけならな」
父親の表情が少し険しくなる。
「昔から、あまり良い噂は聞かない男だ」
「どんな人?」
「分からない」
父親は首を振った。
「ただ、普通の研究者ではない」
「……」
「キラ」
父親が真剣な顔で俺を見る。
「その男を追いかけようとはするな」
「でも――」
「分かっている」
父親は俺の言葉を遮る。
「お前が知りたい気持ちも分かる」
少し間を置く。
「だが、知らないことがあるのは悪いことじゃない」
「……うん」
「今は、自分の力を磨け」
父親はそう言った。
「知りたいことは、そのうち向こうから見えてくる」
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翌朝。
俺は早く起きた。
家の外へ出る。
朝の街は、夜とは全く違う顔をしていた。
パン屋から焼きたてのパンの匂い。
水を汲みに行く人。
店の前を掃除する人。
冒険者ギルドへ向かう若者。
街はもう動き始めている。
「さて……」
俺は剣を抜いた。
昨日、レオンに教えてもらった構えを取る。
そして振る。
――ヒュン。
もう一度。
――ヒュン。
「……少しだけ、分かってきた」
剣を振るたびに、身体の動きが以前より自然になっている。
魔力を使う。
身体強化。
剣。
そして魔法。
これらを別々に考えるのではなく、一つの動きとして繋げる。
「もっとできる」
そのとき。
「朝から熱心だな」
振り返る。
父親が家の前に立っていた。
「剣の練習?」
「うん」
「そうか」
父親は俺を見る。
「なら、一つだけ教えておく」
「何?」
「剣を強く振ることよりも――」
父親が自分の剣を抜いた。
「相手を見ることを覚えろ」
俺は父親を見る。
「相手を見る?」
「ああ」
父親が構える。
「剣術は、自分の強さだけで勝つものじゃない」
俺も構えた。
「相手が何を考えているか」
「どこを狙っているか」
「次にどこへ動くのか」
父親が一歩踏み込む。
――カン!
俺の剣が弾かれた。
「……!」
「今のは、お前が剣を見ていたからだ」
俺は驚いた。
父親の剣は速い。
でも、レオンとは違う。
レオンは相手を圧倒するような剣だった。
父親は――
俺の動きを待ってから、最小限の動きで剣を合わせている。
「父さん……強い」
「昔はもっと強かった」
「本当に?」
「ああ」
父親が笑う。
「だからこそ、今のお前にはまだ教えられることがある」
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朝の練習を終えた後。
父親が突然言った。
「キラ」
「何?」
「そろそろ考えておいた方がいい」
「何を?」
「街の外へ出ることを」
俺は黙った。
「……旅?」
「ああ」
「一人で?」
「最初はな」
父親は続ける。
「いつまでもこの街だけで過ごす必要はない」
その言葉を聞いて、胸が少し高鳴った。
知らない街。
知らない人。
知らない魔法。
知らない魔物。
まだ見たことのない世界。
「……行ってみたい」
俺は答えた。
「そう言うと思った」
父親は笑った。
「ただし、今すぐじゃない」
「分かってる」
「準備をしろ」
「うん」
俺は剣を見る。
これから先。
俺はもっと強くならなければならない。
魔法だけじゃない。
剣だけでもない。
自分の力を、自分自身で理解しなければならない。
そしていつか――
この街を出て、自分の目で世界を見てみたい。
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俺は冒険者ギルドへ向かった。
扉を開ける。
いつものように、多くの冒険者たちが依頼を探している。
受付嬢が俺に気づいた。
「あら、キラ君。帰ってきたのね」
「はい」
「森の依頼、大変だったんですって?」
「まあ……ちょっと」
周囲の冒険者がこちらを見る。
「森で黒い魔力を持った魔物が出たらしいぞ」
「本当か?」
「子供も一緒にいたって話だぞ」
「子供?」
ざわざわと声が広がる。
俺は少し気まずくなる。
「……そんなに知られてるの?」
受付嬢が苦笑する。
「街では結構話題になってるわよ」
周囲の冒険者たちが俺を見る。
驚いた顔。
疑う顔。
興味を持つ顔。
そして――
一人の冒険者が立ち上がった。
「お前がキラか?」
「……はい」
「無詠唱で魔法を使ったっていう?」
ギルド内が静かになった。
俺は答えに迷う。
「……使いました」
「へえ」
その冒険者が笑う。
「面白いな」
そして俺を見る。
「一度、手合わせしてみないか?」
俺は剣に目を向ける。
旅に出る前に。
まだ俺には、学ばなければならないことがある。
「……お願いします」
ギルドの空気が変わった。
第36話 終




