28話 白銀の魔術師
地下の暗闇から現れた青年。
銀色の髪。
白い服。
そして、赤く光る瞳。
俺たちは誰一人として動かなかった。
ただならない気配がする。
さっき戦った魔物とは違う。
もっと静かで。
もっと不気味だった。
「……誰だ」
父さんが剣を構える。
青年は微笑んだ。
「そんなに警戒しなくてもいい」
「そう言われて警戒を解く奴がいると思うか?」
ガルドが斧を肩に担ぐ。
「確かにな」
青年は楽しそうに笑った。
「君は面白いな」
「褒められても嬉しくねぇよ」
ガルドが睨む。
青年は俺へ視線を戻した。
「それより――」
赤い瞳が細くなる。
「君だ」
「……俺?」
「そう」
青年が一歩近づく。
「キラ」
また名前を呼ばれた。
「どうして俺の名前を知ってる?」
「有名だからだよ」
「どこで?」
「この街で起きた事件は、かなり遠くまで伝わっている」
青年は笑う。
「無詠唱魔法を使う少年」
「黒い魔力に触れても生きている少年」
「そして――」
一拍置く。
「レベルリセットを使う少年」
俺の表情が固まった。
「……」
レオンが前へ出る。
「それ以上近づくな」
「レオン・アルヴェイン」
青年がレオンを見る。
「相変わらず怖い顔をする」
「お前を知っているのか?」
俺が聞く。
レオンは答えない。
青年が代わりに答えた。
「もちろん」
「彼とは昔、少しだけ会ったことがある」
レオンの目が鋭くなる。
「少しだけ、だと?」
「そうだね」
青年は微笑む。
「君の仲間が死んだときにも、私は近くにいた」
――。
レオンの表情が変わった。
「……お前」
剣を握る手が震える。
「まさか……」
「思い出した?」
青年は笑った。
「私の名前は――」
ゆっくりと名乗る。
「エリオス」
---
レオンが一歩前へ出る。
「お前が……」
「そう」
「俺の仲間を……」
「殺したのは私ではない」
エリオスが淡々と答える。
「君が戦った魔物だ」
「……!」
「ただ」
エリオスは魔物の残骸を見る。
「その魔物を作ったのは、私だ」
――。
レオンの魔力が一気に膨れ上がった。
「レオン!」
俺が叫ぶ。
だが。
レオンは止まらない。
「ふざけるな!」
――シュン!
一瞬でエリオスの前へ移動。
剣が振り下ろされる。
――ガキィン!
しかし。
エリオスは片手で剣を止めていた。
「……!」
レオンの目が見開かれる。
「昔より強くなったね」
「黙れ!」
レオンが剣を押し込む。
だが。
エリオスは動かない。
「でも」
赤い瞳が光る。
「まだ私には届かない」
――ドン!
レオンの身体が吹き飛んだ。
「レオン!」
俺は反射的に手を向ける。
「《風壁》!」
レオンの背後に風の壁を作る。
衝撃が分散される。
それでも。
レオンは地面を転がった。
「ぐっ……!」
「レオン!」
俺は駆け寄る。
「大丈夫だ」
レオンが立ち上がる。
口元から血が流れている。
「……あいつは、俺より強い」
俺はエリオスを見る。
魔力感知。
――反応しない。
「また……」
レオンとヴァルドと同じ。
解析できない。
でも。
俺には一つだけ分かった。
「……あなたも転生者?」
エリオスの笑顔が消えた。
「ほう」
初めて。
驚いた顔をした。
「どうしてそう思った?」
「魔力の構造が普通の人と違う」
「なるほど」
エリオスが楽しそうに笑う。
「やはり君は面白い」
---
「キラ!」
アルノが俺の肩を掴む。
「下がって!」
「アルノ?」
「今度は私が時間を稼ぐ」
アルノが前へ出る。
「アルノ!」
ミレアが驚く。
「無茶よ!」
「分かっています」
アルノは杖を握りしめる。
少し震えている。
でも。
逃げない。
「私は……いつもキラ君の魔法を見ているだけでした」
アルノがエリオスを見る。
「でも」
杖を掲げる。
「私だって魔法使いです!」
魔法陣が三つ。
四つ。
五つ。
次々と展開される。
「《火球》!」
――ドォン!
「《氷槍》!」
――バシュッ!
「《風刃》!」
――ヒュン!
三属性の魔法が同時に飛んだ。
エリオスは右手を上げる。
――パァン。
透明な壁が現れ、すべての魔法を防いだ。
「……!」
アルノが驚く。
それでも。
「まだです!」
魔法陣が増える。
「《多重魔法》!」
十個近い魔法が一斉に飛ぶ。
爆発。
氷。
風。
炎。
地下通路が光で埋め尽くされる。
「アルノ……」
俺は驚いた。
いつの間に。
こんなに魔法を使えるようになったんだ。
エリオスが煙の向こうから現れる。
「悪くない」
アルノの目が見開かれる。
「……本当に?」
「ああ」
エリオスは笑う。
「君には才能がある」
アルノが少しだけ嬉しそうな顔をする。
だが。
「ただし――」
エリオスが指を動かす。
魔力の弾丸が飛ぶ。
「まだ遅い」
「――っ!」
俺が割り込む。
「《魔力分散結界》!」
――バァン!
攻撃が弾かれる。
アルノが俺を見る。
「キラ君……」
「大丈夫?」
「……うん」
アルノが笑う。
「ありがとう」
---
「二人とも!」
ミレアが叫ぶ。
「しゃがんで!」
俺とアルノが同時にしゃがむ。
――シュッ!
一本の矢が飛ぶ。
エリオスの頬をかすめた。
「……」
エリオスが頬を触る。
血が一滴。
「へぇ」
ミレアは弓を構えたまま。
「当たった」
声は震えていない。
「次は外さない」
エリオスが笑う。
「君も面白い」
「褒められても嬉しくないわ」
ミレアが二本の矢を同時につがえる。
「キラ!」
「うん!」
「合わせて!」
ミレアが放つ。
俺はその軌道に合わせて風魔法を使う。
「《追風》!」
――ヒュオッ!
矢が加速する。
エリオスが避ける。
しかし。
一本目が壁へ。
跳ね返る。
そして。
二本目の矢と交差する。
「……!」
エリオスが初めて大きく身体を動かした。
「なるほど」
俺は驚いた。
ミレアが自分で考えた攻撃だ。
魔法が使えないからこそ。
弓と環境を利用している。
---
その横では
「行くぞ!」
父さんがエリオスへ斬りかかる。
――キィン!
エリオスが受ける。
そこへ。
「おらぁぁ!」
ガルドが斧を振り下ろす。
――ドガァン!
エリオスが初めて後ろへ下がった。
「……!」
俺は驚いた。
父さんとガルド。
二人が連携している。
「今だ!」
父さんが叫ぶ。
ガルドが踏み込む。
「《重撃》!」
エリオスが腕で防ぐ。
――ズガァン!
床が割れた。
「ぐっ……!」
ガルドの腕が震える。
それでも離さない。
「親父さん!」
「ああ!」
二人が同時に押し込む。
エリオスの身体がわずかに傾いた。
「今!」
俺は魔法を放つ。
「《雷槍》!」
――バチィィン!
雷が走る。
エリオスが後ろへ飛んだ。
俺たちは全員、息を切らしていた。
でも。
エリオスは笑っていた。
「……なるほど」
「一人一人は大したことがない」
全員が身構える。
「だが」
エリオスが俺を見る。
「こうして力を合わせると、なかなか厄介だ」
---
「では」
エリオスが手を広げる。
「今日はここまでにしよう」
「逃がすのか?」
レオンが言う。
「目的は達成した」
「目的?」
「キラを見ることだ」
俺は眉をひそめる。
「俺を?」
「ああ」
エリオスは頷く。
「君が本当にレベルリセットを使えるのか」
「……」
「そして」
赤い瞳が俺を見つめる。
「新しい魔法を、その場で作れるのか」
俺の背中に寒気が走る。
「全部見ていたの?」
「最初から」
エリオスが笑う。
「君たちが魔物と戦っているところも」
「アルノの魔法も」
「ミレアの矢も」
「ガルドの斧も」
「君の父親の剣も」
「そして――」
レオンを見る。
「レオンの戦い方も」
エリオスは一歩下がる。
「今日は十分だ」
「待て!」
レオンが追おうとする。
だが。
エリオスの足元に魔法陣が浮かぶ。
「次に会うとき」
エリオスが俺を見る。
「君がどこまで成長しているのか、楽しみにしているよ」
――パァン!
白い光が広がった。
次の瞬間。
エリオスの姿は消えていた。
---
しばらく誰も喋らなかった。
やがて。
「……逃げられた」
ガルドがため息をつく。
「でも」
ミレアが笑った。
「私の矢、当たったわよね?」
「当たった」
アルノも頷く。
「見事でした」
「でしょ?」
ミレアが嬉しそうに笑う。
ガルドも笑った。
「俺も一発入れたぞ!」
「うん」
俺も笑う。
さっきまでの緊張が少しだけ消えた。
だけど。
レオンだけは笑っていなかった。
「……エリオス」
小さく名前を呟く。
俺はレオンを見る。
「知ってることがあるなら教えて」
レオンは少し黙った。
「……分かった」
そして。
地下の奥を見る。
「俺が昔、何をしていたのか」
「全部話す」
その直後。
――カラン。
何かが地面に落ちた。
俺が拾い上げる。
「……これは?」
小さな銀色のペンダント。
表面には。
見覚えのない紋章が刻まれている。
俺が触れた瞬間。
【特殊アイテム】
【転生者の記憶に反応】
【所有者:不明】
俺の目の前に表示が出た。
「……転生者の記憶?」
レオンの顔色が変わる。
「それをどこで……」
「さっきの魔物の中にあった」
レオンがペンダントを見る。
そして。
震える手でそれを受け取った。
「……これは」
「知ってるの?」
「ああ」
レオンが目を閉じる。
「俺の仲間が持っていたものだ」
地下に。
再び静寂が訪れた。
レオンの過去。
エリオス。
異界狩り。
そして転生者。
すべてが少しずつ繋がり始めていた。
俺は地下の奥を見つめる。
まだ。
何かがいる。
そして。
白い少女の声が。
また聞こえた。
『キラ……』
『お願い……』
『私を……見つけて』
第28話 終




