271話 闇と光の神の化身
――魔境城・内部。
巨大な城の奥深く。
キラとジュダは、巨大な門の前に立っていた。
「…………」
「…………」
二人の目の前にあるのは――。
漆黒の門。
異様なほど巨大で、表面には見たこともない文字や紋様が刻まれている。
キラは門へ手を伸ばした。
「……開かない」
押す。
引く。
魔力を流す。
「…………」
何も起こらない。
「……ダメだな」
キラが手を離す。
ジュダも門を睨んでいた。
「私もさっきから何度も試している」
「魔法でも無理か?」
「無理」
ジュダは腕を組む。
「何をしても開かない」
「…………」
キラは困ったように頭を掻いた。
「参ったな……」
ここまで来た。
目の前には、エリオスへ続いていると思われる門。
なのに――。
開かない。
「…………」
しばらく沈黙が続く。
しかし。
ジュダはちらりとキラを見る。
「…………」
そして――。
少しだけ口元を緩めた。
「まあ……」
「ん?」
「こうして二人きりというのも、悪くないな」
「…………」
キラがジュダを見る。
「ジュダ?」
「な、なんだ」
「なんか嬉しそうじゃないか?」
「べ、別に!」
ジュダは顔を逸らした。
「ただ……」
小さく呟く。
「お前と二人でいる時間なんて、最近はなかったからな……」
「…………」
キラは少しだけ笑った。
「そうだな」
「…………」
ジュダの耳が少し赤くなる。
「だから、その……」
その時――。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
「…………!」
「…………!」
突然。
巨大な門が震え始めた。
「な、なんだ!?」
地面まで揺れる。
門の紋様が次々と輝き始める。
「ジュダ!」
「分かっている!」
ゴゴゴゴゴゴ……。
ギィィィィィィィ……。
長い年月、閉ざされていたかのような門が――。
ゆっくりと開いていく。
「…………!」
キラは目を見開いた。
「開いた……!」
ジュダも門を見つめる。
そして――。
「……恐らく」
ジュダが呟く。
「三大天を倒したからだろう」
「この門は、あいつらの存在によって封じられていたのかもしれない」
「…………」
キラは少しだけ笑った。
「じゃあ……」
その顔に、仲間を信じる笑みが浮かぶ。
「みんな勝てたんだな」
ジュダも小さく笑った。
「ああ」
「よかった……」
キラは胸を撫で下ろす。
レティシア。
セリーナ。
そして――。
エリス。
きっと。
みんな、それぞれの場所で戦い、勝った
「……なら」
ジュダがキラを見る。
「どうする?」
「ん?」
「みんなが来るのを待つか?」
ジュダは門の先を見る。
「ここで待っていれば、いずれ合流できるかもしれない」
キラはしばらく黙っていた。
そして――。
「いや」
一歩。
門の中へ踏み込む。
「待たない」
「…………」
キラは振り返った。
「進もう」
「キラ……」
「ここまで来たんだ」
キラは真っ直ぐ前を見る。
「エリオスを倒す」
「…………」
ジュダは少しだけ目を細める。
「……そうだな」
そして――。
キラの隣へ並んだ。
「行こう」
二人は門の先へ進んだ。
――――――――――
そこは――。
「…………」
キラは言葉を失った。
門の先に広がっていたのは、果ての見えない一本道。
空もない。
大地もない。
ただ――。
どこまでも続く道だけが存在していた。
左右には漆黒の空間。
星のような光が無数に浮かび、遠くでは巨大な光の渦がゆっくりと回転している。
「……ここが異次元か」
ジュダが周囲を見渡す。
「気味が悪いな」
「空間そのものが違う……」
キラは足元を見る。
道は確かに存在している。
しかし、その先は――。
見えない。
「行くぞ」
「ああ」
二人は歩き始めた。
一歩。
また一歩。
ただひたすらに――。
一本道を進む。
どれほど歩いたのか。
時間の感覚さえ分からなくなってきた頃。
「…………」
キラが足を止めた。
「ジュダ」
「ああ」
ジュダも気づいている。
前方。
一本道が突然開けている。
そして――。
その中央に。
人影があった。
「…………」
女性。
長い髪。
白と黒が混ざり合うような衣。
その身体から放たれているのは――。
神々しい光。
それなのに。
同時に――。
背筋が凍るほどの禍々しい気配。
「…………」
キラは目を細めた。
この気配。
知っている。
三大天とは違う。
もっと――。
異質。
もっと――。
危険。
キラの口から、名前が漏れた。
「……アルテミス」
その瞬間。
女性の瞼が――。
ゆっくりと開いた。
「…………」
黄金とも銀ともつかない瞳。
その目が――。
真っ直ぐキラを捉える。
そして。
「我は――アルテミス」
静かな声。
しかし、その一言だけで空間そのものが震えた。
「黒神エリオス様の忠実なる下僕」
アルテミスはゆっくりと立ち上がる。
「三大天無き今――」
その身体から凄まじい魔力が溢れ出す。
「貴様たちを葬り去る」
――ドンッ!!
圧倒的な威圧。
キラの身体が一瞬だけ硬直する。
「…………」
ジュダが前へ出た。
「キラ」
「……ジュダ?」
「ここは私に任せろ」
ジュダはアルテミスから目を離さない。
「お前は先へ行け」
「…………」
「私がこいつを引き受ける」
ジュダは魔剣を握りしめた。
「お前がこの先へ進む時間を作る」
「ジュダ……」
「気にするな」
ジュダは笑った。
いつもの強気な笑み。
「私は魔王だぞ?」
「…………」
キラはジュダを見る。
その目の奥に――。
覚悟がある。
冗談でも。
強がりでもない。
本気だ。
「……分かった」
キラは頷いた。
「頼む」
ジュダの口元が少し上がる。
「ああ」
キラはアルテミスを見る。
「ジュダ頼んだぞ」
「ふふ」
アルテミスは笑った。
「愚かな――」
その瞬間。
ジュダの魔力が爆発する。
「――黙れ!!」
シュンッ!!
ジュダの手元に魔法陣が展開された。
その中から――。
漆黒の魔剣が現れる。
「来い……」
ジュダが魔剣を握る。
「ヴォルガ!!」
ゴォォォォォォォォォォォ!!
魔剣ヴォルガから黒い炎が噴き出す。
刀身が巨大な魔力に包まれる。
そして――。
「スキル――」
ジュダの瞳が鋭くなる。
「ヴォルガ!!」
ドォォォォォォォォォン!!
漆黒の鎧がジュダの身体を覆った。
肩。
胸。
腕。
脚。
そして背中。
巨大な魔剣の羽のような装甲が展開される。
「…………」
「行け」
ジュダは振り返らない。
「キラ」
一言。
「絶対に勝て」
キラは拳を握った。
「……ああ」
そして――。
走り出した。
「…………!」
アルテミスがキラを見る。
「逃がすと思うか?」
アルテミスが一歩踏み出す。
その瞬間――。
「行かせるかぁぁぁぁぁ!!」
ジュダが突っ込んだ。
「お前の相手は――」
ヴォルガの巨大な剣が振り抜かれる。
「私だぁぁぁぁぁ!!」
ドゴォォォォォォォン!!
アルテミスが腕で受け止める。
衝撃波が異次元空間を走った。
「…………」
アルテミスの表情が変わる。
「ほう……」
ジュダは笑っていた。
「殺り合おうか」
――――――――――
激闘が始まった。
「ハァァァァァ!!」
ジュダが突進する。
ヴォルガの剣が何度も振り抜かれる。
ドォン!!
ガァン!!
ズドォォン!!
アルテミスはそれを紙一重で避ける。
「遅い」
「なに!?」
アルテミスの手が光る。
次の瞬間。
ズドォォォォン!!
ジュダの身体が吹き飛んだ。
「ぐっ……!」
地面を何度も跳ねる。
だが――。
ジュダはすぐに立ち上がった。
「……はは」
口元から血を流しながら笑う。
「なるほどな」
「…………」
「元白神の化身……」
ジュダは剣を構える。
「さすがに強いじゃないか」
アルテミスは静かにジュダを見る。
「私は、かつて白神の力を宿していた」
その身体から光と闇が同時に溢れ出す。
「だが今は――」
禍々しい黒い魔力が空間を染める。
「エリオス様の力を授かっている」
「…………」
ジュダの表情が変わる。
圧倒的。
一撃一撃が重い。
速すぎる。
隙がない。
攻撃を繰り出しても、すべて受け流される。
反撃を受ければ、一瞬で致命傷になりかねない。
「…………」
遠く。
キラは走りながら、何度か後ろを振り返った。
「ジュダ……!」
そのたびに――。
轟音が響く。
ドォォォォン!!
「…………」
キラは拳を握る。
だが――。
止まらない。
ジュダが作ってくれた時間。
無駄にはできない。
「…………!」
その時。
背後から――。
「逃がさん!!」
アルテミスの声が響いた。
キラが振り返る。
アルテミスがジュダを吹き飛ばし――。
キラへ向かって飛び出していた。
「……!」
だが――。
「行かせるかよ!!」
ジュダが叫ぶ。
黒い鎧の翼が開く。
「まだ私との戦いは――」
ヴォルガの鎧。
背中の巨大な剣の羽が――。
一斉に展開された。
カチン。
カチン。
カチン。
無数の刃がアルテミスへ向く。
ジュダの魔力が爆発する。
「終わってないだろうがぁぁぁぁぁ!!」
キラは足を止めない。
ただ――。
前を見る。
走る。
「…………」
ジュダが叫んだ。
「キラ!!」
キラは振り返らない。
「今だ!!」
――その瞬間。
ジュダの全身から――。
凄まじい魔力が噴き出した。
「これが――」
魔剣ヴォルガの鎧。
その全ての力を――。
一本一本の刃へ集中させる。
「私の――」
アルテミスが振り返る。
「…………!」
ジュダは笑った。
「最大火力だぁぁぁぁぁ!!」
「魔千雷光剣――!!」
ドォォォォォォォォォォォォン!!
ヴォルガの鎧の剣の羽から――。
無数の黒い雷光の刃が放たれた。
一つ。
十。
百。
いや――。
数え切れない。
漆黒の雷をまとった剣が、空間そのものを切り裂きながらアルテミスへ殺到する。
「…………!」
アルテミスが両腕を構える。
ドドドドドドドドドドドドドッ!!
轟音。
雷光。
斬撃。
異次元空間が激しく震える。
キラは走る。
振り返らない。
ただ――。
ジュダを信じて。
「…………」
その背後で。
ジュダは笑っていた。
「さあ――」
アルテミスへ向かって剣を構える。
「殺りあおうか」
「アルテミス」
その声と同時に――。
魔千雷光剣の黒い雷光が、さらに激しく弾けた。
――――――――――
キラはただ一人。
果てしない異次元の道を――。
走り続けていた。
第271話 終




