270話 無限の矢
――ドドドドドドドドドッ!!
無数の矢が――。
アイセラへ襲いかかる。
「ぐっ……!」
アイセラは腕を交差させ、正面から受け止める。
だが――。
バキィィィン!!
魔法障壁が砕ける。
「チッ!」
アイセラが後退する。
その瞬間。
「――そこです!」
エリスが踏み込んだ。
「はぁぁぁぁっ!!」
ドゴォォォォン!!
拳。
アイセラが腕で受ける。
だが――。
グルルルルル……!
螺旋を描く衝撃が腕を伝い、身体の内部へ食い込む。
「ぐっ……!」
アイセラが顔を歪める。
エリスは止まらない。
蹴り。
肘。
拳。
そして――。
背後の無数の魔法陣から放たれる矢。
「くっ……!」
アイセラが避ける。
だが。
避けた先にも矢がある。
右。
左。
上。
下。
あらゆる方向から――。
無限の矢が襲ってくる。
「チィッ!!」
アイセラが拳を振る。
ドォォォン!!
衝撃波で矢を吹き飛ばす。
だが。
その隙に――。
エリスが懐へ入っていた。
「――――!」
ドゴォォォォォン!!
拳が腹へ突き刺さる。
「ぐおっ……!」
アイセラの巨体が浮く。
エリスはさらに追撃する。
「まだです!」
ドガァァァン!!
「ぐっ!」
「はぁぁっ!!」
ドゴォォォン!!
「――っ!」
「これで……!」
無数の矢が一斉に降り注ぐ。
ズドドドドドドドドドッ!!
「ぐあああああ!!」
アイセラが吹き飛ばされる。
床を何度も転がる。
そして――。
壁へ激突した。
ドゴォォォォン!!
「…………」
静寂。
エリスは荒い息を吐く。
「はぁ……はぁ……」
背中には――。
巨大な円形の紋章。
その周囲には無数の魔法陣。
そして。
そこから絶え間なく生み出される魔法の矢。
「ゼファリアス……」
エリスは自分の力を見つめる。
「これなら……」
勝てる。
そう思った。
しかし――。
「…………ふっ」
瓦礫の向こうから。
笑い声が聞こえた。
「ふふ……」
「…………!」
エリスの表情が変わる。
「ははははははは!!」
アイセラが――。
立ち上がった。
「…………!」
身体中に傷。
血。
破れた服。
それでも――。
その顔には笑みがあった。
「いい……」
アイセラが口元の血を拭う。
「いいぞ……!」
そして――。
「こんなに俺様を楽しませた奴は久しぶりだ!!」
エリスは弓を構える。
「まだ……やるんですか」
「ああ」
アイセラが笑う。
「当然だろう」
次の瞬間。
ドンッ!!
アイセラの姿が消える。
「――っ!」
エリスも動く。
空歩。
「そこ!」
ズガァァァン!!
拳と拳が激突する。
エリスが弾かれる。
だが――。
「はぁっ!」
エリスは空中で回転し、矢を放つ。
シュバババババッ!!
アイセラが避ける。
「遅い!」
アイセラが距離を詰める。
「――っ!」
ドゴォォォン!!
エリスの頬を拳が掠める。
だが。
「――そこ!」
エリスが肘を叩き込む。
ドゴッ!!
アイセラの身体が揺れる。
「なっ……!」
そこへ。
ズドドドドドドドドドッ!!
無数の矢。
「ぐあっ!!」
アイセラが吹き飛ぶ。
しかし――。
すぐに立ち上がる。
そしてまた突っ込む。
「おらぁぁぁ!!」
「――っ!」
ドゴォォォン!!
エリスも吹き飛ぶ。
だが空中で体勢を立て直す。
「まだ!」
矢。
拳。
蹴り。
魔法。
肉弾戦。
すべてを組み合わせる。
攻撃しながら防御。
防御しながら攻撃。
そして背後から無限に襲い続ける矢。
それが――。
ゼファリアス。
アイセラには攻略できなかった。
「クソッ……!」
アイセラが苛立つ。
「この技……!」
どれだけ攻撃しても。
どれだけ防いでも。
矢は止まらない。
エリス自身も止まらない。
「はぁぁぁぁ!!」
ドゴォォォン!!
「ぐっ!」
「まだです!」
ズドドドドドドッ!!
「ぐあああっ!!」
アイセラの身体へ矢が突き刺さる。
それでも。
アイセラは――。
笑っていた。
「…………」
エリスはその笑みを見て。
嫌な予感がした。
「何……?」
アイセラが――。
ゆっくりと顔を上げる。
「仕方ねぇな……」
その声から。
先ほどまでの余裕が消えた。
「使うか」
「…………?」
エリスの背筋に――。
悪寒が走った。
アイセラは胸元へ手を当てる。
「エリオス様から――」
黒い魔力が――。
身体の奥から溢れ出す。
「俺様だけに与えられた力」
「…………!」
大広間が――。
震え始めた。
「その名は――」
アイセラの身体が黒く染まっていく。
「黒化」
――――!!
ドォォォォォォォォォォォン!!
漆黒の魔力が――。
一気に爆発した。
「――――っ!!」
エリスが腕で顔を覆う。
凄まじい風圧。
大広間の壁が震える。
床が砕ける。
アイセラの身体を覆っていた黒い魔力が――。
さらに濃くなる。
「…………」
アイセラが顔を上げる。
その瞳すら――。
黒く染まっていた。
「エリオス様から命じられていた」
「…………」
「キラたちを――」
アイセラが笑う。
「全員ここで始末しろ、と」
エリスの目が見開かれる。
「…………!」
「だから俺様は――」
黒い魔力が膨張する。
「お前らを通すわけにはいかねぇんだよ!!」
ドォォォォォン!!
アイセラが消えた。
「――――っ!!」
速い。
さっきまでとは――。
比較にならない。
「くっ!」
エリスが矢を放つ。
ズドドドドドッ!!
アイセラは――。
真正面から突っ込んできた。
「無駄だァァァ!!」
ドゴォォォォォン!!
黒い拳が――。
矢を吹き飛ばす。
「――っ!」
エリスは空歩で逃げる。
だが。
「そこだァ!!」
アイセラが追いつく。
「なっ――!」
ドゴォォォォォン!!
拳。
エリスの身体が吹き飛ぶ。
しかし。
「まだ!」
エリスが空中で矢を放つ。
シュバババババッ!!
アイセラも腕を振る。
ズガガガガガッ!!
矢と黒い魔力が激突する。
「ぐっ……!」
「はぁぁぁ!!」
互いに退かない。
エリスの無限の矢。
アイセラの黒化。
二つの力が大広間を埋め尽くしていく。
そして――。
「――――!」
エリスの矢がアイセラの肩を貫いた。
「ぐっ!」
だが。
アイセラは笑った。
「そんなもんか?」
次の瞬間。
傷が――。
塞がっていく。
「…………!」
エリスが息を呑む。
肩の傷が。
皮膚が。
肉が。
まるで時間を巻き戻すように――。
完全に再生した。
「回復……!」
アイセラが笑う。
「黒化した俺様は――」
ドンッ!!
拳を握る。
「どれだけ傷ついても――」
傷が消える。
「再生する」
「…………」
エリスの顔が強張る。
矢を当てる。
傷を負わせる。
それでも――。
回復する。
「そんな……」
アイセラが笑う。
「どうした?」
「さっきまでの勢いは?」
エリスは歯を食いしばる。
「…………」
また矢。
ズドドドドドッ!!
アイセラの身体を貫く。
「ぐっ!」
しかし。
再生。
また再生。
「…………」
エリスの心に――。
焦りが生まれる。
これでは――。
終わらない。
どれだけ攻撃しても。
どれだけ傷つけても。
アイセラは倒れない。
「どうすれば……」
エリスは息を切らす。
「どうすれば……倒せるの……?」
アイセラが迫る。
「考えてる暇なんてねぇぞ!!」
ドゴォォォォン!!
「――っ!」
エリスが吹き飛ぶ。
床を転がる。
「ぐっ……!」
立ち上がる。
また矢。
しかし――。
回復。
「…………」
エリスはアイセラを見る。
そして――。
ふと。
思った。
(回復できなくなるくらいの魔法……)
(傷をつけても治るなら……)
(治す暇がないほど――)
(永遠に攻撃し続ければいい)
「…………」
エリスの瞳が――。
変わった。
「そうか……」
小さく呟く。
「だったら――」
エリスは弓を構える。
背後の魔法陣が――。
一斉に巨大化していく。
「終わるまで……」
魔法陣。
さらに魔法陣。
無数の魔法陣。
「止めなければいい」
アイセラが眉をひそめる。
「何……?」
エリスの身体から――。
ゼファリアスの魔力が噴き出す。
「この戦いを――」
空間そのものが震える。
「私の魔力が尽きるか」
矢が――。
一本。
また一本。
次々と生成される。
「あなたが消滅するまで――」
無数の矢が空を埋め尽くす。
「ずっと……」
エリスが目を開く。
「降らせ続ける!!」
そして――。
「バウンドレス・アロー・レイン!!」
――――!!
その瞬間。
世界が――。
矢で埋まった。
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!!!
空から。
横から。
斜めから。
背後から。
地面すれすれから。
無数の魔法の矢が――。
雨のように降り注ぐ。
いや。
雨なんてものではない。
それは――。
終わることのない矢の嵐。
「なっ……!?」
アイセラが初めて――。
恐怖を見せた。
「こんな……!」
矢一本一本に――。
螺旋の風が宿っている。
ギュルルルルル!!
矢が空気を螺旋状に巻き込みながら――。
アイセラへ突き刺さる。
「ぐああああああ!!」
一本。
二本。
十本。
百本。
千本。
無数。
「くそがぁぁぁ!!」
アイセラが黒い魔力を爆発させる。
ドォォォォォン!!
大量の矢が吹き飛ぶ。
しかし。
その瞬間。
さらに。
さらに。
さらに――。
新たな矢が降り注ぐ。
「な……!」
「止めません!!」
エリスが叫ぶ。
「ゼファリアスがある限り――」
背後の魔法陣が回転する。
「矢は無限に生まれます!!」
「――――っ!!」
アイセラは必死に抵抗する。
拳。
黒魔法。
衝撃波。
すべてを使う。
「消えろォォォォォ!!」
ドォォォォォォン!!
矢を吹き飛ばす。
しかし。
次の瞬間には――。
ズドドドドドドドドドドッ!!
また降る。
「ぐっ!」
アイセラの腕に矢が突き刺さる。
ギュルルルル!!
螺旋の風が――。
腕をえぐる。
「ぐああああああ!!」
さらに――。
ズシュッ!!
肩。
ズシュッ!!
胸。
ズシュッ!!
脚。
「ぐっ……!」
アイセラが膝をつく。
だが。
「まだだァァァ!!」
立ち上がる。
再生。
傷が塞がる。
しかし――。
その瞬間にも。
「――――っ!」
また矢。
ズドドドドドドドドドドッ!!
「ぐああああああああ!!」
再生する。
矢が刺さる。
また再生する。
矢が刺さる。
「くそっ……!」
さらに矢。
「止まれぇぇぇぇ!!」
止まらない。
止まらない。
止まらない。
「俺様は――!」
アイセラが黒魔力を爆発させる。
「三大天だぞォォォォォ!!」
ドォォォォォォン!!
大量の矢が吹き飛ぶ。
だが。
「…………」
エリスは――。
ただ弓を引き続けている。
「関係ありません」
一本。
「私は――」
十本。
「キラさんのところへ――」
百本。
「帰るんです!!」
千本。
「だから――」
無限。
「あなたを倒します!!」
ズドドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!
アイセラの腕が――。
耐えきれなくなる。
「――――!!」
ズシュッ!!
腕が――。
千切れ飛んだ。
「ぐああああああああああ!!」
だが。
すぐに再生が始まる。
「はぁ……はぁ……!」
エリスの呼吸も荒くなる。
魔力が――。
確実に減っている。
「……まだ……!」
矢を降らせる。
「まだです……!」
アイセラの足が――。
ズシュッ!!
切断される。
「ぐおおおおおお!!」
倒れる。
それでも。
再生。
立ち上がる。
そしてまた――。
矢。
矢。
矢。
「ぐ……!」
アイセラの身体が――。
徐々に削られていく。
再生する速度を。
矢の攻撃速度が――。
超えていく。
「こんな……!」
アイセラの顔に――。
初めて絶望が浮かんだ。
「俺様が……!」
さらに矢。
「俺様がァァァァァ!!」
ズドドドドドドドドドドドッ!!
身体が削られる。
腕が消える。
脚が消える。
胴体が崩れる。
それでも黒化の再生が続く。
しかし――。
追いつかない。
「いやだ……」
アイセラが呟く。
「こんなところで……」
エリスは――。
無言で矢を降らせ続ける。
「消えろォォォォォ!!」
アイセラが最後の力を振り絞る。
黒い魔力が爆発する。
だが――。
その爆発すら。
無数の矢が貫いた。
「――――っ!!」
アイセラの身体が――。
崩れる。
「俺様……が……」
黒い魔力が――。
霧のように散っていく。
「三大……天……」
そして――。
「エリオス……様……」
最後の声。
その身体が――。
無数の矢によって貫かれ。
削られ。
そして――。
消えた。
「…………」
静寂。
矢が――。
一本。
また一本。
空中から消えていく。
やがて。
大広間には――。
エリスだけが立っていた。
「…………」
背後の魔法陣も――。
少しずつ消えていく。
「……終わった」
エリスは小さく呟いた。
身体中が痛い。
魔力はほとんど残っていない。
それでも――。
「勝った……」
エリスはゆっくりと笑った。
「私……勝ったんだ……」
そして。
ふらつきながら――。
扉へ向かって歩き始める。
「キラさん……」
一歩。
「待っててください……」
二歩。
「私も……」
三歩。
「必ず……」
足が――。
止まる。
「…………あれ?」
視界が――。
暗くなる。
身体から力が抜ける。
「……まだ……」
エリスは壁に手をつく。
「まだ……キラさんのところへ……」
それでも。
身体は限界だった。
「…………」
ズルッ。
その場に崩れ落ちる。
「……キラ……さん……」
最後にその名を呟いて――。
エリスの意識は――。
暗闇へ落ちていった。
静かな大広間。
そこには。
三大天・傲慢のアイセラの姿は――。
もうどこにもなかった。
そして。
エリスもまた――。
力尽きて倒れていた。
第270話 終




