266話 勇愛聖域
「……はぁ……はぁ……」
セリーナは震える手で、杖を握っていた。
目の前には――。
巨大な黒い魔力をまとった男。
三大天。
激昂のアンデルフォン。
「…………」
セリーナは、ごくりと唾を飲み込む。
怖い。
怖くて仕方がない。
足も震えている。
それでも――。
「……私が……ここで止めないと……」
セリーナは自分に言い聞かせる。
「キラさんたちは……先へ進んだんです」
「だから……」
両手を地面へ置く。
「私も……戦います!」
――ドォォォォォン!!
地面から――。
無数の光の茨が噴き出した。
「ソーンレクイエム!!」
ズババババババッ!!
聖なる光をまとった茨が、地面を覆い尽くす。
セリーナの周囲をぐるりと取り囲みながら、アンデルフォンへ襲いかかっていく。
「ほう」
アンデルフォンが目を細める。
「聖なる茨か」
茨が一斉に迫る。
「――ッ!」
セリーナが腕を振る。
「いけぇぇぇ!!」
ズバァァァ!!
巨大な光の茨がアンデルフォンへ突き刺さろうとする。
しかし――。
「遅い」
アンデルフォンが一歩踏み込んだ。
「……え?」
その瞬間。
ドゴォォォン!!
黒い魔力が爆発した。
光の茨が――。
一瞬で吹き飛ばされる。
「きゃっ!?」
セリーナが目を見開く。
アンデルフォンはそのまま突っ込んでくる。
「次だ」
「……!」
セリーナは慌てて手を伸ばす。
「ソーンチェイン!!」
シュルルルルッ!!
今度は無数の光の茨が、アンデルフォンを追尾する。
右へ逃げても。
左へ逃げても。
上へ飛んでも。
光の茨が方向を変えて追いかける。
「追尾型か」
アンデルフォンが呟く。
そして――。
「ならば」
アンデルフォンの身体から黒い魔力が噴き出す。
「すべて消せばいい」
――バァァァァン!!
黒い衝撃波。
光の茨が――。
一瞬で消滅した。
「…………」
セリーナは呆然とする。
「そ、そんな……」
アンデルフォンは歩いてくる。
「この程度か?」
「…………!」
「三大天を相手にするには――」
アンデルフォンの姿が消えた。
「弱すぎる」
「――ッ!?」
ドゴォォォォォン!!
セリーナの身体が吹き飛んだ。
「きゃああああああ!!」
地面を何度も転がる。
「う……っ!」
背中を強く打ちつける。
「い、痛い……」
立ち上がろうとする。
だが――。
足が震える。
「…………」
目の前にアンデルフォンがいる。
黒い魔力。
圧倒的な威圧感。
セリーナは――。
「……怖い」
身体が動かない。
「…………」
手も。
足も。
声も。
何も動かない。
「私……」
セリーナの目に涙が浮かぶ。
「怖い……」
アンデルフォンがゆっくりと近づいてくる。
「戦意を失ったか」
「…………」
「ならば終わりだ」
アンデルフォンが腕を振り上げる。
「…………っ!」
セリーナは目を閉じた。
「いや……」
身体が動かない。
「助けて……」
――ドォォォォォン!!
強烈な一撃。
セリーナの意識が――。
途切れた。
――――――――――
「…………」
真っ白な世界。
何もない。
音もない。
風もない。
セリーナはゆっくりと目を開けた。
「……ここは……?」
自分の身体を見る。
傷がない。
痛みもない。
「私……死んだんですか……?」
その時。
「ふふ」
声がした。
「――!」
セリーナが振り返る。
そこには――。
一人の老人が立っていた。
「……だれ?」
違う。
よく見ると――。
老人ではない。
もっと若い。
優しい笑顔。
白い服。
そして――。
セリーナが知っている顔。
「…………」
セリーナの目が大きくなる。
「……セリー様?」
「はい」
その人は笑った。
「久しぶりですね、セリーナ」
「…………」
セリーナの目から涙がこぼれた。
「セリー様……!」
セリーナが駆け寄る。
そして――。
「……会いたかったです」
セリーは優しくセリーナを抱きしめた。
「私もですよ」
「…………」
「大きくなりましたね」
「はい……」
「少しだけ、ドジなところは変わっていませんけど」
「……むぅ」
セリーナが頬を膨らませる。
セリーは笑う。
「昔もそうでしたね」
「……覚えてるんですか?」
「もちろんです」
二人は並んで座る。
そして――。
昔の話をした。
奴隷だった頃のこと。
初めて名前をもらった日のこと。
シルオットで過ごした日々。
アーゲンと過ごした時間。
旅に出た日のこと。
キラやエリスと出会ったこと。
そして――。
今まで戦ってきたこと。
「いろいろ……ありました」
セリーナが呟く。
「はい」
セリーは微笑む。
「本当に、たくさん頑張りましたね」
「でも……」
セリーナは俯く。
「私は怖くて……」
「…………」
「アンデルフォンが怖くて……何もできなくなりました」
セリーは何も言わない。
ただ――。
セリーナの頭を優しく撫でる。
「セリーナ」
「……はい」
「あなたは、本当に強い子です」
「…………」
「強いというのは、怖くないことではありません」
セリーは優しく微笑んだ。
「怖くても……立ち上がれることです」
「…………」
「自分を信じなさい」
セリーナは顔を上げる。
「そして――」
セリーは胸に手を当てる。
「仲間を信じなさい」
「仲間……」
「あなたには、あなたを信じてくれる人たちがいるでしょう?」
キラ。
エリス。
ジュダ。
レティシア。
そして――。
今まで出会ってきた、たくさんの仲間。
「…………」
セリーナは拳を握った。
「……はい」
涙を拭う。
「私……」
立ち上がる。
「帰らないと」
セリーは笑う。
「ええ」
「私には……まだやることがあります」
「ええ」
セリーナは強く頷いた。
「みんなのところへ帰ります!」
その瞬間――。
ピカァァァァァァ!!
セリーナの身体から、眩い光が溢れ出した。
「……!」
セリーナの視界に文字が浮かぶ。
――スキル獲得。
【勇気】
――スキル獲得。
【聖域】
「……!」
二つの光が重なっていく。
「勇気……」
「聖域……」
そして――。
二つのスキルが一つへと融合する。
「――統合」
光が爆発する。
――スキル統合。
【勇愛聖域】
セリーナは目を見開いた。
「……勇愛聖域」
セリーが微笑む。
「それが、あなたの力です」
「…………」
セリーナは頷いた。
「ありがとうございます」
セリーは最後に――。
「いってらっしゃい、セリーナ」
「はい!」
――――――――――
「…………」
セリーナの目が開いた。
「…………!」
目の前。
そこには――。
アンデルフォン。
拳を振り下ろそうとしている。
「……え?」
セリーナは立ち上がった。
そして――。
アンデルフォンの拳を――。
「……止めた?」
片手で受け止めた。
「な……!」
アンデルフォンが目を見開く。
セリーナの身体から――。
凄まじい聖なる光が溢れ出す。
「スキル……」
セリーナが静かに呟く。
「勇愛聖域」
――パァァァァァァン!!
巨大な光の波動が発生した。
「ぐっ!?」
アンデルフォンの身体が吹き飛ぶ。
「なにィィィ!?」
ドォォォォォン!!
アンデルフォンが地面を何度も跳ねる。
そして――。
「…………」
ゆっくりと立ち上がる。
「何だ……今の力は……」
アンデルフォンがセリーナを見る。
セリーナの背後には――。
巨大な光の建造物が浮かび上がっていた。
「…………」
それは――。
光で作られた聖堂。
巨大な塔。
無数の光の柱。
そして――。
聖堂の中央にある巨大な門。
ギギギギギ……。
門がゆっくりと開いていく。
「…………」
アンデルフォンが目を細める。
「何が出てくる……?」
その瞬間。
――ドン。
一歩。
光の中から何かが歩き出した。
光の鎧。
光り輝く剣。
巨大な盾。
「…………」
光の騎士。
一体。
二体。
三体。
次々と聖堂から現れていく。
そして――。
「――――!!」
光の騎士たちが一斉にアンデルフォンへ突撃した。
「なっ……!」
ズガァァァァン!!
剣と黒魔力が激突する。
「ぐっ……!」
アンデルフォンが後退する。
「貴様……!」
セリーナは手を前へ伸ばす。
「私も……!」
地面へ両手を置く。
「一緒に戦います!」
――ドォォォォォン!!
再び光の茨が地面から噴き出した。
「ソーンレクイエム!!」
無数の茨がアンデルフォンへ襲いかかる。
「チッ!」
アンデルフォンが黒魔力で弾き飛ばす。
だが――。
「まだです!」
「ソーンチェイン!!」
シュルルルルルッ!!
追尾する光の茨が次々とアンデルフォンを追い詰める。
「くっ!」
アンデルフォンが剣を振るう。
一本。
二本。
三本。
光の茨を切り裂く。
しかし――。
その隙を光の騎士が突く。
「――ッ!」
ズガァァァン!!
光の剣がアンデルフォンの身体を捉える。
「ぐおっ!」
アンデルフォンが吹き飛ぶ。
「まだだ!」
アンデルフォンが吠える。
黒い魔力が一気に膨れ上がる。
「まとめて消し飛ばしてやる!!」
――ズゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
巨大な黒い魔力が周囲を覆う。
光の騎士たちへ向けて――。
「死ねぇぇぇぇ!!」
――ドォォォォォン!!
凄まじい黒い爆発。
「…………!」
セリーナが目を見開く。
光の騎士たちが爆炎に飲み込まれる。
「騎士さん……!」
しかし――。
煙の中から。
「――――」
光の騎士が立ち上がった。
盾が黒く焦げている。
鎧にも傷がある。
それでも――。
立っている。
「……!」
セリーナの目に力が戻る。
「ライトレイン!!」
パァァァァァァ!!
空から――。
無数の光の雨が降り注ぐ。
光の粒が光の騎士たちを包み込む。
傷ついた鎧が修復される。
そして――。
セリーナ自身の身体にも光が降り注ぐ。
「……あったかい」
傷が癒えていく。
疲労も少しずつ抜けていく。
「これなら……!」
セリーナは立ち上がる。
光の騎士たちも再び剣と盾を構えた。
アンデルフォンは目を見開く。
「馬鹿な……」
光の騎士が再び襲いかかる。
「俺の攻撃を受けても……立ち上がるだと……!」
「はい!」
セリーナは叫んだ。
「私はまだ戦えます!」
「…………!」
「あなたには――」
セリーナは両手を強く握る。
「負けません!!」
光の騎士がアンデルフォンへ突撃する。
「おおおおおおお!!」
アンデルフォンも迎え撃つ。
「調子に乗るなぁぁぁ!!」
――ズガァァァァァン!!
黒と白の力が激突する。
だが――。
今度は。
アンデルフォンが押される。
「ぐっ……!」
一歩。
また一歩。
アンデルフォンが後退していく。
セリーナは前へ出る。
ソーンレクイエムが大地を覆い。
ソーンチェインがアンデルフォンを追い。
光の騎士たちが剣を振るう。
そして――。
セリーナの光が、すべてを包み込む。
「私は……」
セリーナは涙を拭う。
そして笑った。
「もう……怖くありません!」
アンデルフォンの顔が初めて――。
僅かに歪んだ。
「この……小娘が……!」
セリーナは真っ直ぐにアンデルフォンを見つめる。
「私は――」
聖なる光を両手に集める。
「聖女です!!」
――――――――――
黒と白。
二つの力が、再び激しくぶつかり合う。
しかし今。
戦況は――。
明らかに変わっていた。
セリーナが――。
アンデルフォンを圧倒し始めていた。
第266話 終




