265話 セリーナの勇気
――魔境。
赤黒い空の下。
キラたちは、ひたすら前へ進んでいた。
レティシアと別れてから――。
しばらくの間、誰も口を開かなかった。
「…………」
キラは黙って歩いている。
その表情は険しい。
「レティシア……」
エリスが小さく呟く。
「大丈夫でしょうか……」
「…………」
キラは前を向いたまま答える。
「大丈夫だ」
「レティシアは――」
拳を握る。
「絶対に勝つ」
「…………」
セリーナも胸の前で手を握った。
「はい……」
ジュダは何も言わない。
ただ――。
前方を睨んでいた。
そして。
「……見えてきた」
キラが呟く。
前方。
巨大な黒い城。
魔境の中心にそびえ立つ――。
エリオスの城。
「…………」
四人は足を止めた。
巨大な門。
その前に――。
一人の男が立っていた。
「…………」
黒い鎧。
長い黒髪。
鋭い目。
全身から――。
凄まじい黒魔力が漏れ出している。
「…………来たか」
男がゆっくりと顔を上げる。
キラたちは一斉に身構えた。
「誰だ」
キラが剣を構える。
男はゆっくり歩いてくる。
一歩。
また一歩。
「…………」
地面を踏むたびに――。
ズン。
ズン。
と重い音が響く。
そして。
男が四人の前で止まった。
「俺は――」
低い声。
怒気を含んでいる。
しかし、その声は妙に冷静だった。
「三大天――」
男の周囲に黒い魔力が渦巻く。
「激昂のアンデルフォン」
「…………!」
キラの表情が変わる。
「三大天……!」
アンデルフォンはキラを睨む。
「エリオス様に会いたくば――」
拳を握る。
「俺を倒すことだ」
「…………」
凄まじい威圧感。
セリーナが息を呑む。
エリスは弓を構える。
ジュダも魔剣ヴォルガへ手を伸ばした。
「キラ……」
ジュダが呟く。
「こいつ……強い」
「ああ」
キラも頷く。
「分かってる」
その時。
「――私がやります!」
「…………!」
全員が振り返った。
セリーナだった。
「え?」
キラが目を丸くする。
「セリーナ?」
セリーナは一歩前へ出る。
「私がアンデルフォンさんと戦います」
「何言ってるんだ!」
キラが叫ぶ。
「相手は三大天だぞ!」
「分かっています」
セリーナは頷く。
「でも――」
胸元に手を当てる。
「私も、戦えます」
「セリーナ……」
エリスが心配そうに見る。
ジュダも眉をひそめる。
「無茶よ」
「大丈夫です」
セリーナは笑う。
「だから――」
キラを見る。
「先へ行ってください」
「…………」
「キラさんたちは、エリオスを倒さなきゃいけません」
セリーナは両手を握る。
「私は――」
「ここで、この人を止めます」
キラは黙ってセリーナを見る。
「…………」
セリーナの手は――。
少し震えていた。
それでも。
その目には――。
迷いがない。
「私なら大丈夫です」
「…………」
キラは拳を握る。
「本当に……大丈夫なんだな?」
「はい!」
セリーナは笑った。
「任せてください!」
キラはしばらく黙っていた。
そして――。
「分かった」
「キラ!」
エリスが驚く。
「でも――」
キラはセリーナを見る。
「絶対に死ぬな」
「はい!」
「必ず戻ってこい」
「もちろんです!」
キラは頷いた。
「行こう」
エリスとジュダも――。
セリーナを見る。
「セリーナ……」
エリスが心配そうに呟く。
「大丈夫ですよ」
セリーナは笑う。
「また――」
胸に手を当てる。
「五人で旅をするんですから」
「…………」
ジュダが鼻を鳴らす。
「死んだら許さないわよ」
「はい!」
そして。
キラたちは――。
セリーナを残して、城の奥へ進んでいった。
「…………」
セリーナは三人の背中を見送る。
「行ってください」
「…………」
やがて。
三人の姿が――。
城の中へ消えていく。
その瞬間。
「…………」
アンデルフォンが――。
笑った。
「……ふっ」
「…………?」
セリーナが振り返る。
「何がおかしいんですか?」
アンデルフォンは肩を揺らす。
「いや……」
「笑ってしまった」
「…………」
「小娘一人で――」
アンデルフォンの黒魔力が膨れ上がる。
「俺を止めるつもりか?」
セリーナは――。
静かにアンデルフォンを見る。
そして。
「…………」
眼鏡を直した。
「私は――」
一歩前へ。
「小娘じゃありません!」
「…………」
アンデルフォンの笑みが消える。
「ほう」
セリーナは両手を構える。
「私は聖女です」
「聖女……」
「そして――」
淡い光が身体を包む。
「仲間を守るために、ここに残りました」
アンデルフォンは冷静に言う。
「ならば――」
黒い魔力が噴き上がる。
「お前を殺す」
「…………」
「そして――」
鋭い目で城を見る。
「先へ行った奴らも、俺が殺す」
セリーナの表情が変わる。
「…………」
「それは――」
セリーナの身体から――。
強烈な聖なる光が溢れる。
「絶対に許しません!」
――ドォォォォォォン!!
二つの魔力が激突した。
黒。
白。
互いの力がぶつかり合う。
「…………」
アンデルフォンが構える。
「来い」
「はい!」
セリーナが走り出す。
「ライト!」
パァァァァァ!!
強烈な光弾が放たれる。
アンデルフォンは腕を振る。
「黒魔法――」
ズドォォォン!!
黒い魔力が光を飲み込む。
「――ブラック・バースト」
ドォォォォォン!!
巨大な黒い爆発。
「きゃあっ!」
セリーナが吹き飛ぶ。
「――っ!」
地面を転がる。
「セリーナ!」
アンデルフォンが追う。
「遅い」
「……!」
黒い刃が――。
セリーナの目の前へ。
「ライト!」
パァァァン!!
光の壁が生まれる。
ガァァァァン!!
黒い刃と聖なる壁が激突。
「ぐっ……!」
セリーナの腕が震える。
「くぅぅ……!」
「防ぐだけか?」
アンデルフォンが力を込める。
「そんなものでは――」
黒い魔力がさらに増す。
「俺には勝てん!」
バキィィィン!!
光の壁が砕ける。
「――っ!」
セリーナが横へ飛ぶ。
シュッ!!
黒い刃が頬を掠める。
「…………!」
血が一筋流れる。
「危なかった……」
セリーナは息を整える。
「逃げるだけでは――」
アンデルフォンが歩いてくる。
「何も守れんぞ」
「…………」
セリーナは弓のように身体を低くする。
そして――。
「逃げてるんじゃありません!」
地面を蹴る。
「避けてるんです!」
アンデルフォンの黒い刃が振り下ろされる。
セリーナは紙一重で避ける。
ドォォォン!!
地面が爆発。
セリーナはその爆風に乗って後方へ跳ぶ。
「そして――」
両手を前へ。
「攻撃します!」
「ライトニング――」
聖なる光が集まる。
「ブラスト!!」
ドォォォォォォォォン!!
巨大な光の砲撃が――。
アンデルフォンへ直撃する。
「…………!」
黒魔力の壁。
アンデルフォンが両腕を交差させる。
「ぐっ……!」
光が押し込む。
「……っ!」
アンデルフォンの足が――。
地面を削る。
ズズズズズ……。
「…………」
セリーナは必死に力を込める。
「いけぇぇぇぇぇ!!」
光がさらに膨張する。
ドォォォォォォォン!!
アンデルフォンの身体が吹き飛ぶ。
「…………!」
巨大な城壁へ叩きつけられる。
ガァァァァン!!
瓦礫が落ちる。
「はぁ……はぁ……」
セリーナは肩で息をする。
「やった……?」
「…………」
瓦礫の向こう。
黒い魔力が――。
ゆっくりと立ち上がる。
「…………ふっ」
アンデルフォンだった。
傷はある。
血も流れている。
だが――。
立っている。
「なるほど……」
アンデルフォンが口元を拭う。
「聖女というだけはある」
セリーナは構える。
「まだです……!」
「…………」
アンデルフォンの目が鋭くなる。
「だが――」
黒魔力が一気に膨れ上がる。
「ここからが本当の戦いだ」
――ドォォォォォォォン!!
黒い魔力が魔境の空を覆っていく。
セリーナは――。
震える手を握りしめる。
「…………」
怖い。
それでも。
キラたちは先へ進んだ。
なら――。
「私も……負けません!」
聖なる光が――。
再びセリーナの身体を包み込む。
「絶対に――」
眼鏡の奥の瞳が強く輝く。
「みんなを守ります!」
黒と白。
二つの力が――。
再び正面から激突した。
――聖女セリーナ。
そして――。
三大天・激昂のアンデルフォン。
二人の死闘が――。
今、始まった。
第265話 終




