256話 勇者
――デダルクの門。
「…………」
誰も動かなかった。
目の前に立つ――。
一人の黒い剣士。
真っ黒な鎧。
真っ黒な兜。
顔すら見えない。
手には――。
漆黒の剣。
「…………」
ただ立っている。
それだけ。
なのに――。
戦場全体が、その男の存在に押し潰されそうだった。
濃密な黒い魔力。
空気そのものが重い。
呼吸するだけで、肺が締めつけられるような感覚。
「…………」
アブソリューは剣を握ったまま、黒い剣士を睨む。
そして――。
「……あいつはダメだ」
「…………」
レオンも黒い剣士を見る。
限界を超えて戦った身体。
それでも、その目だけは鋭い。
「……化物かよ」
ベルゼルもまた、低い声で呟いた。
「…………」
そして――。
「存在そのものが……脅威だ」
三人とも――。
これまで数え切れないほどの強敵と戦ってきた。
魔境将軍。
魔境軍。
そして――。
数々の強大な敵。
それでも。
目の前の黒い剣士だけは――。
戦わなくても分かる。
別格だった。
「…………」
リゼッタが唇を噛む。
パオも息を呑む。
ジミーは魔導兵器を握りしめる。
ガルディオも剣を構えたまま動かない。
誰もが――。
あの男と戦えば。
ただでは済まない。
そう感じていた。
その時――。
「――みんな!」
後方から声が響いた。
「…………!」
全員が振り返る。
そこには――。
キラたちがいた。
キラ。
レティシア。
エリス。
セリーナ。
ジュダ。
そして――。
アシュレイン。
激戦を終えた仲間たちが、次々と戻ってくる。
「キラ!」
リゼッタが声を上げる。
キラはすぐに仲間たちを見る。
「みんな……!」
だが――。
その視線はすぐに正面へ向いた。
「…………」
黒い剣士。
キラの表情が固まる。
「…………」
しばらく――。
何も言えなかった。
そして。
「……あれが」
キラが小さく呟く。
「最後の魔境将軍か……」
レティシアも黒い剣士を見る。
「…………」
その瞬間。
キラの表情に――。
わずかな不安が浮かんだ。
「……俺たち」
キラが剣を握る。
「…………」
一瞬。
みんなの空気が止まる。
だが――。
「何言ってるのよ」
レティシアがキラの肩を叩いた。
「私たちはここまで来たんでしょう?」
「そうですよ!」
セリーナも拳を握る。
「キラさんなら大丈夫です!」
エリスも弓を握る。
「私も一緒に戦います」
ジュダも魔剣ヴォルガを構える。
「ふん」
キラを見る。
「今さら怖気づくな、キラ」
「…………」
そして――。
仲間たちがキラの周囲に集まる。
「一人じゃないだろ」
レオンが言う。
「そうだ」
ベルゼルも続く。
「ここまで来たのは、お前だけじゃない」
「…………」
キラは仲間を見る。
レティシア。
エリス。
セリーナ。
ジュダ。
そして――。
ここまで共に戦ってきた仲間たち。
キラはゆっくりと息を吐いた。
「……そうだな」
そして――。
「俺たちは一人じゃない」
その時。
キラの隣に立っていた男が――。
静かに黒い剣士を見る。
「…………」
アシュレイン。
伝説の剣聖。
彼はしばらく黒い剣士を見つめていた。
そして――。
「キラ」
「……ん?」
アシュレインがキラを見る。
「一つ、頼みがある」
「何?」
アシュレインは黒い剣士へ視線を戻す。
「――あいつは俺にやらせてくれないか」
「…………」
キラが目を見開く。
「アシュレイン……?」
「うん」
「一人で?」
アシュレインは――。
静かに頷いた。
「…………」
キラは黒い剣士を見る。
そしてアシュレインを見る。
「…………」
しばらく考える。
だが――。
アシュレインの目には。
迷いがなかった。
「……分かった」
キラが頷く。
「任せる」
「ありがとう」
アシュレインは――。
一人。
ゆっくりと前へ歩き出した。
「アシュレイン!」
セリーナが声をかける。
アシュレインは振り返らない。
ただ――。
歩く。
一歩。
また一歩。
仲間たちから離れていく。
そして――。
黒い剣士から少し離れた場所で。
アシュレインは――。
ピタリ。
と立ち止まった。
「…………」
静かな風が吹く。
砂埃が舞う。
向かい合う二人。
伝説の剣聖。
そして――。
黒き剣士。
アシュレインが口を開いた。
「君の名前は?」
「…………」
黒い剣士は答えない。
しばらくの沈黙。
そして――。
低い声が響いた。
「――ライオ」
「…………」
アシュレインの目が細くなる。
ライオ。
その名を聞いた瞬間。
アシュレインの脳裏に――。
過去の光景が蘇る。
「…………」
あの時。
一人で戦っていた自分。
圧倒的な力。
黒い剣。
そして――。
連れ去られた記憶。
アシュレインはライオを見つめる。
「じゃあ……」
一歩。
前へ出る。
「昔、僕を倒して――」
さらに一歩。
「連れ去ったのは……」
アシュレインの声が低くなる。
「君だね?」
ライオは――。
「ああ」
短く答えた。
「そうだ」
「…………」
アシュレインは目を閉じる。
そして――。
ゆっくりと開く。
「やっぱり……君だったんだ」
ライオは黒い剣を肩に担ぐ。
「覚えていたか」
「忘れるわけがないよ」
アシュレインは剣に手を添える。
だが――。
ライオが言った。
「しかし」
「…………?」
「今のお前を見ても――」
ライオはアシュレインを見下ろす。
「以前と変わらない」
「…………」
「弱い」
アシュレインの目が――。
僅かに細くなる。
「僕が?」
「ああ」
ライオは淡々と言う。
「お前は以前、俺に敗れた」
「…………」
「そして今も――」
ライオの黒い魔力が一瞬だけ膨れ上がる。
ゴォォォ……。
「俺には届かない」
「…………」
周囲の仲間たちが息を呑む。
キラがアシュレインを見る。
「アシュレイン……」
だが――。
アシュレインは笑った。
「…………ふふ」
ライオが僅かに首を傾げる。
「何がおかしい?」
アシュレインは剣を抜いた。
――カァァァン。
白銀の刀身が姿を現す。
「確かに」
アシュレインは静かに言う。
「前の僕なら――」
剣を構える。
「君には勝てなかった」
「…………」
「でも」
アシュレインの目が――。
鋭くなる。
「今回は――」
一歩。
踏み込む。
「そうはいかないよ?」
その瞬間。
アシュレインの身体から――。
凄まじい光が溢れ出した。
「――!!」
光がさらに強くなる。
白銀の輝きが全身を包み込む。
大地が震える。
風が吹き荒れる。
アシュレインは剣を握り直した。
「僕は――」
光の中で。
静かに――。
その名を告げる。
「――勇者」
――――――――――
ドォォォォォォォォォォォン!!
凄まじい光が爆発した。
アシュレインの身体から――。
圧倒的な力が噴き上がる。
伝説の剣聖。
アシュレイン。
その身に宿る――。
勇者の力。
「…………」
ライオが初めて――。
僅かに顔を上げた。
アシュレインは剣を構える。
そして――。
仲間たちを見る。
キラを見る。
「…………」
そして。
ライオへ視線を戻す。
「今回は――」
白銀の光がさらに強くなる。
「僕が勝つ!」
戦場に――。
その声が響き渡った。
黒き剣士ライオ。
伝説の剣聖アシュレイン。
二人の間に――。
決戦の空気が走る。
第256話 終




