255話 最後の魔境将軍
――戦場右側。
「はぁ……はぁ……!」
パオは肩で息をしていた。
目の前には――。
まだ大量の魔境兵。
「……しつこいヨ」
パオが腕を上げる。
「死霊操作……!」
地面から死霊たちが現れる。
だが――。
その動きは明らかに鈍かった。
「…………」
パオ自身の魔力が、もうほとんど残っていない。
長時間に及ぶ戦闘。
死霊を操り続けたことで――。
魔力は限界寸前だった。
「はぁ……はぁ……」
それは――。
ジミーも同じだった。
「…………」
魔導兵器を構えている。
だが――。
「……魔力残量……ほとんどありません」
ジミーが魔導兵器を確認する。
カチッ。
カチッ。
引き金を引いても――。
反応がない。
「……もう撃てない……」
それでも。
ジミーは魔境軍を睨みつける。
「まだ……終わってません」
そして――。
その横には。
「はぁ……はぁ……!」
リゼッタ。
彼女もまた限界だった。
魔境将軍マントラとの激闘。
そして、そのまま残存兵との戦い。
身体中に傷。
服もボロボロ。
呼吸も荒い。
「…………」
リゼッタは弓を握る。
だが――。
腕が震えていた。
「まだ……やれる」
一本。
矢をつがえる。
「まだ……!」
放つ。
ヒュンッ!!
矢が魔境兵の肩を貫く。
だが――。
「くっ……!」
次の瞬間。
大量の魔境兵が押し寄せる。
「囲めぇぇぇ!!」
「魔境将軍を倒した奴だ!」
「ここで殺せ!!」
ドドドドド!!
魔境兵が一斉に突撃する。
「――っ!」
リゼッタが後退する。
一歩。
また一歩。
「ぐっ……!」
完全に――。
押され始めていた。
パオも死霊を動かす。
「いけ……!」
死霊たちが魔境兵へ襲いかかる。
だが――。
数が多すぎる。
「……無理ヨ」
ジミーが呟く。
「このままじゃ……」
その時。
「――おいおい」
低い声が響いた。
「ずいぶん苦戦してるじゃねぇか」
「…………!」
リゼッタが振り返る。
魔境軍の向こう。
そこから――。
一団が歩いてくる。
先頭に立つのは――。
巨大な鎧を身にまとった男。
オギデストラの騎士団長。
「――ガルディオ」
リゼッタが呟く。
ガルディオは剣を抜く。
「キラからの指示だ」
魔境軍を睨む。
「ここは俺たちが引き受ける」
そして――。
「お前たちは下がれ」
リゼッタが眉をひそめる。
「……でも」
「いいから休め」
ガルディオが前へ出る。
「お前は魔境将軍を倒したんだろ?」
「…………」
「十分すぎるほど戦った」
ガルディオは剣を構える。
「――あとは俺たちに任せろ」
その背後から――。
三人の冒険者が姿を現した。
一人目。
無造作な服装。
面倒くさそうな表情。
「……あー」
男は頭を掻く。
「戦うの、面倒なんだけどなぁ」
ガルディオが呆れたように言う。
「アニー」
「はいはい」
――アニー。
召喚・獣使い系の能力を持つ強力な冒険者。
「ま、キラの指示なら仕方ないか」
アニーが指を鳴らす。
「出てこい」
地面に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「――召喚」
ドォォォン!!
巨大な魔獣が姿を現した。
「グルルルルル……!」
魔境兵がざわめく。
「な、なんだあの魔獣は!?」
アニーは欠伸をする。
「行ってきて」
魔獣が――。
「グォォォォォ!!」
一気に魔境軍へ突っ込んだ。
ドゴォォォォン!!
魔境兵が吹き飛ぶ。
「うわ……」
アニーは少し離れた場所から眺める。
「やっぱり戦うの面倒だな」
「お前……」
ガルディオが呆れる。
その隣から――。
「オラァァァァァ!!」
槍が突き出された。
ズドォォォン!!
魔境兵がまとめて吹き飛ぶ。
「どけどけぇぇ!!」
――フォン。
槍使い。
「オラオラァァ!!」
槍を高速で振り回す。
「まだまだいくぜぇぇ!!」
ズガァァァン!!
一人。
二人。
三人。
次々と魔境兵を薙ぎ払う。
「オラァァァァァ!!」
魔境軍の中を――。
まるで竜巻のように突き進んでいく。
そして最後に――。
「みんなー!」
明るい声が響いた。
「まだ残ってるよー!」
赤い魔法陣が空中に浮かぶ。
――コニス。
赤魔法を使う冒険者。
明るく活発な少女。
「燃えちゃえー!!」
「レッド・バースト!!」
ドォォォォォン!!
巨大な赤い爆炎が魔境軍を包み込む。
「うわぁぁぁぁ!!」
「熱い!!」
「退けぇぇ!!」
コニスは笑う。
「まだまだー!」
両手を広げる。
「レッド・フレイム!!」
ゴォォォォォ!!
炎が地面を走る。
魔境軍の陣形が崩れていく。
「今だ!」
ガルディオが叫ぶ。
「押し返せぇぇぇ!!」
「オラオラオラァァァ!!」
フォンが突っ込む。
「いっけぇぇぇ!!」
コニスも魔法を連発する。
「…………」
アニーは召喚した魔獣を見ながら――。
「……もうちょっと頑張って」
ぼそりと呟いた。
魔獣が魔境兵を吹き飛ばす。
「グォォォォォ!!」
「うん」
アニーは頷く。
「いい子」
――――――――――
「うおおおおおおお!!」
「押し返せ!!」
「退けぇぇぇ!!」
戦場右側。
オギデストラの戦士たち。
ガルディオ。
アニー。
フォン。
コニス。
そして――。
パオ。
ジミー。
リゼッタ。
全員が力を合わせる。
「これで――!」
コニスが最後の魔法を放つ。
ドォォォォォン!!
巨大な爆炎。
その隙にフォンが突撃。
「オラァァァァ!!」
ズガァァァン!!
アニーの魔獣が大地を踏み鳴らす。
ドォン!!
ガルディオの剣が魔境兵を薙ぎ払う。
そして――。
魔境軍が大きく後退した。
「…………」
静寂。
リゼッタは荒い息を吐く。
「はぁ……はぁ……」
パオも座り込む。
「……疲れたヨ」
ジミーもその場にしゃがみ込む。
「……魔力……ゼロです」
ガルディオが剣を下ろす。
「よし……」
だが。
誰も喜べなかった。
それほど――。
全員が疲れ果てていた。
――――――――――
そして。
それは――。
どこの戦場でも
同じだった。
「…………」
戦いを終えた兵士たちが、その場に座り込む。
息を切らし。
武器を杖にして立っている者。
傷を負いながら、それでも倒れない者。
そして限界を超えたレオン
戦い続けたベルゼル
誰もが――。
限界だった。
左側では――。
「はぁ……はぁ……」
アブソリューが剣を握ったまま立っている。
周囲には倒れた魔境兵。
その先には――。
後退していく魔境軍。
「…………」
アブソリューもまた、息を荒くしていた。
そして。
チャルマとアルミンは後方でリリーを休ませていた。
二人も疲労している。
だが――。
それでも戦場を見つめていた。
「…………」
誰もが思っていた。
――終わった。
少なくとも。
目の前の魔境軍との戦いは――。
終わった。
その時。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
地面が震えた。
「……?」
誰かが顔を上げる。
「なんだ……?」
ズズズズ……。
遠くから――。
巨大な音が響く。
「…………」
全員が正面を見る。
そこにあるのは――。
デダルクの門。
巨大な門。
その向こうには――。
魔境。
今まで――。
固く閉ざされていた門が。
ゆっくりと――。
動き始める。
「……嘘だろ」
誰かが呟いた。
ギギギギギギギ……。
巨大な門が開いていく。
「何が……来るんだ……?」
誰も動けない。
誰も声を出さない。
ただ――。
門を見つめる。
ギィィィィィィィィ……。
そして――。
完全に開いた。
「…………」
静寂。
門の向こうは――。
真っ黒だった。
何も見えない。
闇。
深い闇。
その中から――。
コツ。
「…………」
足音。
コツ。
コツ。
コツ。
ゆっくりと。
こちらへ近づいてくる。
「…………」
誰かが唾を飲み込む。
コツ。
コツ。
そして――。
一人の男が姿を現した。
黒い鎧。
黒い外套。
手には――。
一本の黒い剣。
顔は見えない。
ただ――。
その全身から。
今までの魔境兵とは比べ物にならないほどの――。
濃密な黒い魔力が漂っていた。
「…………」
男は歩く。
一歩。
また一歩。
戦場の中央へ。
誰も動けない。
誰も攻撃しない。
ただ――。
その黒い剣士を見つめている。
そして。
黒い剣士が――。
ゆっくりと剣を抜いた。
――――ズ……。
鞘から黒い刀身が現れる。
その瞬間。
ゾワッ。
戦場全体に――。
悪寒が走った。
「…………」
リゼッタが立ち上がる。
パオも顔を上げる。
ジミーは震える手で魔導兵器を握る。
ガルディオが剣を構える。
アブソリューも――。
静かに剣を抜いた。
「…………」
全員が――。
理解していた。
こいつは――。
今まで戦ってきた魔境将軍とは違う。
桁が違う。
次元が違う。
そして――。
黒い剣士が。
初めて口を開いた。
「…………」
低い声。
「――ここから先は」
黒い剣を――。
ゆっくりと構える。
「――俺が相手をする」
その言葉が――。
静まり返った戦場に響き渡った。
誰も答えない。
ただ――。
全員が武器を握り直す。
デダルクの門の前。
七つの軍勢を前に――。
たった一人の黒い剣士が立っていた。
第255話 終




