25話 異界狩りの男
――ドォォォォン!
東門が吹き飛んだ。
巨大な爆発音とともに石の壁が崩れ、土煙が街の通りへ流れ込んでくる。
「東門が……!」
ギルド内にいた冒険者たちが一斉に立ち上がった。
受付嬢が青ざめる。
「衛兵だけでは止められません!」
「ギルドマスター!」
「分かっている!」
ギルドマスターが大声を上げる。
「動ける冒険者は全員、東門へ向かえ! 街の住民を守れ!」
「おう!」
「了解!」
冒険者たちが一斉にギルドを飛び出していく。
俺も父さんの横を走った。
隣にはガルド。
ミレア。
アルノ。
そして――レオン。
「キラ!」
父さんが叫ぶ。
「絶対に俺から離れるな!」
「分かった!」
東門へ近づくにつれて、街の様子が変わっていく。
逃げる人々。
泣いている子供。
店の中へ急いで避難する商人。
衛兵たちは必死に住民を誘導している。
「こっちだ!」
「子供を先に!」
「道を空けろ!」
その向こう。
壊れた東門から、大勢の武装した人間が入ってきていた。
数は――三十。
いや。
もっといる。
全員が黒い装備を身につけている。
だが、魔物ではない。
人間だ。
「……人間が、こんな街を襲うのか」
俺が呟く。
ガルドが斧を構えた。
「理由なんて関係ねぇ」
その顔から、いつもの笑みが消えている。
「街の人間に手を出すなら、俺たちの敵だ」
前方。
武装集団の先頭に立っていた男が、こちらへ歩いてくる。
黒い鎧。
顔の右半分を覆う仮面。
腰には細身の剣。
男が俺たちを見る。
「……レオン・アルヴェイン」
レオンの足が止まった。
「久しぶりだな」
「……やはりお前か」
レオンが低い声で答える。
俺は二人を見る。
「知り合い?」
「知り合いというほど、仲良くはない」
レオンが剣を抜く。
「昔、何度か戦った」
男が笑う。
「そして、お前は逃げた」
「……」
「仲間を置いてな」
レオンの表情が険しくなる。
俺はその言葉に引っかかった。
「レオンが……逃げた?」
男は俺を見る。
「お前がキラか」
「……そうです」
「なるほど」
男が俺を観察する。
「ずいぶんと幼いな」
「子供だからって、何か問題でも?」
俺が言い返す。
男は少し驚いた。
「……面白い」
そして。
「私はヴァルド」
剣を抜く。
「《異界狩り》の第一執行官だ」
その言葉に。
俺の視界に表示が浮かんだ。
【敵対勢力】
【異界狩り】
【第一執行官:ヴァルド】
【危険度:A】
「……Aランク」
俺が呟く。
ガルドが驚く。
「分かるのか?」
「表示が出ています」
「お前の能力、便利すぎるだろ……」
だが。
俺は笑えなかった。
ヴァルドの魔力。
かなり強い。
そして。
何より不気味なのは――。
「魔力が……ない?」
俺にはそう見えた。
いや。
違う。
魔力がある。
だけど。
俺の《魔力感知》がうまく捉えられない。
「レオンと同じ……」
俺が呟く。
レオンが横目で俺を見る。
「気づいたか」
「うん」
「こいつらは普通の魔法使いじゃない」
ヴァルドが笑う。
「さすがだな、レオン」
そして。
「その少年も、もう理解し始めているようだ」
---
「来るぞ!」
ガルドが叫んだ。
異界狩りの一人がこちらへ突っ込んでくる。
剣が振り下ろされた。
――ガキィン!
ガルドの斧が受け止める。
「重ぇ!」
ガルドが踏ん張る。
相手は細身なのに、凄まじい力だ。
「ぐっ……!」
ガルドの足元の石畳が砕ける。
「ガルド!」
俺は手を向ける。
「《身体強化》!」
ガルドの身体を青白い魔力が包む。
「おおっ!」
力が一気に増した。
「助かる!」
ガルドが斧を振り抜く。
――ズガァン!
敵が吹き飛ぶ。
「なっ……!」
周囲の冒険者が驚く。
「今の魔法、詠唱してないぞ!」
「まただ!」
「キラ君が無詠唱で強化魔法を……!」
俺は周囲の声を聞きながら、次の敵を見る。
二人。
右。
三人。
左。
俺は両手を広げる。
「《風刃》」
――ヒュンッ!
目に見えない風の刃が走る。
敵の剣だけを弾き飛ばした。
「なっ!?」
「魔法だと!?」
敵が驚く。
俺はさらに魔法を重ねる。
「《土壁》!」
――ゴゴゴゴッ!
街道の石畳から土の壁がせり上がる。
逃げる住民と敵の間に壁ができた。
「こっちへ!」
衛兵が住民を誘導する。
「子供を先に避難させろ!」
街の人々が俺を見る。
「……あの子が?」
「無詠唱で……?」
「まだ子供だぞ……」
驚きの声が広がる。
でも。
今は気にしていられない。
---
――ドン!
突然。
俺の目の前にヴァルドが現れた。
「……!」
速い。
剣が横薙ぎに振られる。
俺は反射的に――。
「《障壁》!」
――バァン!
青い障壁が展開される。
だが。
――パキィン!
一撃で砕けた。
「え……?」
俺は目を見開く。
ヴァルドの剣が迫る。
――ガキィン!
レオンが割り込んだ。
灰銀の剣がヴァルドの刃を受け止める。
「キラから離れろ」
「レオン……!」
「下がれ!」
俺は急いで後ろへ飛ぶ。
レオンとヴァルド。
二人が睨み合う。
「相変わらずだな」
ヴァルドが笑う。
「自分より弱い者を守ろうとする」
「……」
「それで、また失うぞ」
レオンの目が鋭くなる。
「黙れ」
――ギィン!
剣と剣がぶつかる。
火花が散る。
レオンが一歩踏み込む。
――シュッ!
ヴァルドの肩を狙う。
ヴァルドが身体を捻って避ける。
「速い!」
俺は思わず声を上げた。
二人の動きが速すぎる。
普通の人間なら目で追うことも難しい。
だが。
俺には見える。
魔力の流れが。
剣を振る前のわずかな動きが。
「右!」
俺が叫ぶ。
レオンが即座に反応する。
――キィン!
ヴァルドの剣を受け止める。
「助かった」
レオンが短く言う。
「どうして分かった!?」
ヴァルドが驚く。
俺は答えない。
《構造解析》を使った。
だが。
【解析中……】
【対象の魔力構造に異常】
【解析不能】
「……まただ」
ヴァルドもレオンと同じ。
解析できない。
---
ヴァルドがレオンから距離を取る。
「なるほど」
そして。
俺を見る。
「お前の目は、本当に特殊らしい」
「……」
「では、試してみよう」
ヴァルドが右手を上げる。
空気が歪む。
「キラ!」
レオンが叫ぶ。
「避けろ!」
――ズドォォォン!
地面から黒い槍が何本も突き出した。
俺は横へ飛ぶ。
「《風壁》!」
風の壁が展開される。
黒い槍が弾かれる。
――ガガガガッ!
地面に穴が開く。
「……危なかった」
俺は息を吐く。
ヴァルドが驚いた。
「詠唱なしで防御魔法?」
「……」
「しかも発動が早すぎる」
周囲の冒険者たちも騒ぎ始める。
「何だあの子!」
「魔法を一瞬で何種類も……!」
「魔法陣すら出してないぞ!」
俺は少し恥ずかしくなる。
でも。
ヴァルドは笑っていなかった。
「なるほど」
ヴァルドが呟く。
「確かに危険だ」
そして。
「だからこそ――」
黒い魔力が一気に膨れ上がった。
「今ここで消す」
---
黒い魔力が迫る。
広い。
避けられない。
「キラ!」
父さんが叫ぶ。
「下がれ!」
俺は逃げなかった。
頭の中で魔法を組み立てる。
普通の《障壁》では壊される。
なら。
もっと強くする。
ただ魔力を固めるだけでは駄目。
衝撃を受け流す。
そして。
魔力そのものを分散させる。
俺の中で。
新しい魔法式が組み上がっていく。
「……できる」
俺は手を前へ。
「《魔力分散結界》!」
――パァァァン!
青白い結界が展開される。
ヴァルドの黒い魔力がぶつかる。
――ドォォォォン!
巨大な爆発。
街中に衝撃波が走る。
「うわぁぁ!」
「きゃあ!」
冒険者たちが腕で顔を覆う。
土煙が舞い上がる。
しばらくして。
風が止まる。
俺は立っていた。
結界も。
残っている。
「……」
ヴァルドが目を見開いた。
「今の魔法……」
俺は自分の手を見る。
【新魔法を作成しました】
【魔力分散結界】
【評価:B】
【消費魔力:中】
俺は思わず笑った。
「できた……」
自分で作った魔法。
今まで覚えた魔法とは違う。
俺自身が考えて作った魔法だ。
レオンが驚いた顔をしている。
「……その場で魔法を作ったのか?」
「たぶん」
「たぶんって……」
ガルドが呆れた顔をする。
「お前、本当に何なんだよ……」
周囲の冒険者たちも唖然としていた。
「魔法を……作った?」
「そんなことできるのか?」
「聞いたことがない……」
ヴァルドも黙っている。
やがて。
小さく笑った。
「面白い」
「……?」
「ますます連れて帰る価値がある」
俺の表情が険しくなる。
「誰が行くか」
ヴァルドが剣を構える。
「ならば力ずくで――」
その瞬間。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
地面が揺れた。
「……何だ?」
全員が動きを止める。
東門だけではない。
街全体が揺れている。
俺の胸が熱くなる。
「地下……」
《魔力感知》。
地下から。
黒い魔力が噴き上がっている。
【封印強度】
【6% → 5%】
「……!」
俺は息を呑む。
「封印がまた弱くなった!」
レオンも気づいた。
「まずい」
ヴァルドが笑う。
「始まったか」
「何が?」
俺が問いかける。
ヴァルドは答えない。
代わりに。
街の中心。
地下への入口がある方向を見た。
そこから。
黒い光が空へ向かって伸びていく。
――ズドォォォォン!
巨大な黒い柱が街の中心から立ち上がった。
住民たちが悲鳴を上げる。
「何だあれ!」
「逃げろ!」
「また黒い魔力だ!」
俺は柱を見る。
その中心に。
一瞬だけ。
白い少女の姿が見えた。
「……あの子!」
地下の少女。
彼女が目を開いている。
そして。
俺だけに聞こえる声がした。
『キラ……』
『急いで……』
『もう、時間がない』
俺は拳を握る。
「……行かなきゃ」
父さんが俺を見る。
「地下へ戻るのか?」
「はい」
レオンも剣を構える。
「俺も行く」
ガルドが笑う。
「だったら俺もだ」
ミレアが弓を背負う。
「私も行くわ」
アルノも杖を握る。
「地下で何が起きているのか、確かめましょう」
ギルドマスターが街を見渡す。
異界狩り。
黒い魔力。
そして。
崩れ始めた封印。
「……ここから先は、街全体の問題だ」
俺は地下への入口を見る。
そのとき。
ヴァルドが静かに剣を収めた。
「待て」
俺が振り返る。
「何?」
「俺も行く」
「……敵なのに?」
ヴァルドは笑った。
「勘違いするな」
そして。
「俺が狙っているのは、君じゃない」
「え?」
「君の中にある――」
ヴァルドの視線が俺の胸元へ向く。
「転生者の力だ」
そう言い残し。
ヴァルドは地下への道を見た。
「そして、あの封印の先にあるものを――」
一瞬だけ。
ヴァルドの表情から余裕が消える。
「俺たちも恐れている」
俺は黙った。
敵なのか。
味方なのか。
まだ分からない。
だけど。
今は一つだけ確かなことがある。
地下の封印は。
もう待ってくれない。
【封印強度:5%】
数字が。
静かに表示されていた。
俺は杖を握り直す。
「……行こう」
そして俺たちは。
再び地下へ向かって走り出した。
第25話 終




