24話 2人目の転生者
街が襲われてから、三日が経った。
中央広場の噴水はまだ壊れたままだった。
石畳には戦闘の跡が残り、建物の壁には黒い魔力によってできた亀裂がいくつも走っている。
それでも。
街は少しずつ、元の姿を取り戻し始めていた。
朝になると、商人たちが店を開ける。
パン屋からは焼きたての香りが漂い、通りには荷車の音が戻ってきた。
「昨日より人が多いな」
父さんと並んで歩きながら、俺は街を眺めていた。
「みんな、普段の生活に戻りたいんだろう」
「うん」
だけど。
俺は街を歩きながら、《魔力感知》を使っていた。
黒い魔力が完全に消えたわけじゃない。
地下から、ほんの少しだけ流れている。
けれど、以前ほどではない。
封印強度も――。
【封印強度:6%】
あれから変化していない。
「……6%」
俺は小さく呟いた。
「どうした?」
「地下の封印です」
父さんの表情が険しくなる。
「まだ6%か」
「はい」
「大丈夫なのか?」
「今は……」
俺は少し考える。
「今は、安定しています」
「そうか」
父さんは安心したように息を吐いた。
だが。
俺には分かっている。
6%は安全な数字じゃない。
いつ壊れてもおかしくない。
それに。
地下の少女が言っていた。
――この世界の外から来るものが、俺を狙う。
その言葉が頭から離れなかった。
---
俺たちは冒険者ギルドへ向かった。
扉を開けると。
――ガヤガヤガヤ。
朝から多くの冒険者で賑わっている。
依頼掲示板の前には人だかりができていた。
「薬草採取」
「街道の護衛」
「森の魔物討伐」
いつもの光景。
俺は少し安心した。
「キラ!」
受付から声がする。
受付嬢が笑顔で手を振っている。
「おはようございます」
「おはようございます、キラ君」
周囲の冒険者たちも俺を見る。
そして。
「あ、あの子だ」
「黒化魔獣を一人で止めたっていう……」
「無詠唱で魔法を使う子供だろ?」
「地下の封印にも関わったって聞いたぞ」
ざわざわ。
俺は少し居心地が悪くなる。
「……有名になってる」
父さんが苦笑する。
「仕方ないだろ」
「目立ちたくないんだけど」
「それは無理だろうな」
そのとき。
ギルドの入口から。
――カラン。
扉が開いた。
全員の視線がそちらへ向く。
---
一人の男が入ってきた。
年齢は二十代後半くらい。
黒い髪。
灰色の外套。
腰には一本の長剣。
背中には大きな荷物。
装備は一見すると普通の冒険者。
だが。
俺はすぐに違和感に気づいた。
「……」
魔力がない。
いや。
正確には。
隠している。
かなり巧妙に。
普通なら気づかない。
でも俺には《魔力感知》がある。
この男の身体には。
異常なほど静かな魔力が流れている。
「……強い」
俺が呟くと。
父さんが俺を見る。
「分かるのか?」
「はい」
男は受付へ歩いていく。
「宿を探している」
「はい。では身分証を――」
「必要ない」
男がそう言った瞬間。
ギルド内の空気が変わった。
「……何?」
受付嬢が困惑する。
「冒険者登録をするつもりはない」
「では、どういったご用件でしょうか?」
男は。
ゆっくりと俺を見る。
「探しているものがある」
「何を?」
男は答えなかった。
ただ。
まっすぐ俺を見ていた。
俺も男を見る。
数秒。
互いに無言。
そして。
男が小さく笑った。
「……見つけた」
俺の背中に。
ぞくりと寒気が走った。
---
初めて見る魔力
俺は《構造解析》を使う。
【対象:解析開始】
【魔力構造:解析中】
【警告】
【通常の人間とは異なる魔力構造を確認】
【解析不能】
「……!」
俺は思わず目を見開いた。
解析できない。
今までなら。
どんな魔物でも。
魔法でも。
ある程度は構造が見えた。
でも。
この男は違う。
まるで。
解析そのものを拒絶している。
男がこちらを見る。
「……その目」
「?」
「魔力を見ているな」
俺の心臓が跳ねた。
「どうして……」
「分かるさ」
男は静かに答える。
「俺も同じだからな」
周囲の冒険者がざわつく。
「同じ?」
「何の話だ?」
男は俺から視線を外さない。
「キラ」
「……!」
名前を呼ばれた。
「どうして俺の名前を?」
「知っている」
「どこで?」
男は答えない。
代わりに。
「君は最近、地下へ行ったな」
俺は黙った。
「……」
「地下の封印を見た」
「……」
「そして」
男が一歩近づく。
「白い少女と会った」
――。
ギルド内が静まり返った。
「……なんで知ってる」
俺は思わず声を低くした。
父さんが剣に手をかける。
ガルドも近くのテーブルから立ち上がった。
「おい」
ガルドが睨む。
「その話、詳しく聞かせてもらおうか」
男はガルドを見る。
「君には関係ない」
「何だと?」
ガルドが前に出る。
その瞬間。
男の魔力が。
ほんの一瞬だけ膨れ上がった。
――ズン。
「……っ!」
ガルドが足を止める。
周囲の冒険者たちも息を呑んだ。
俺には見えた。
男の魔力が。
ほんの一瞬でギルド全体を覆った。
「な……」
「何だ、今の……」
「息が……」
冒険者たちの顔が青ざめる。
俺も驚いた。
こんな魔力を持った人間は見たことがない。
男はすぐに魔力を引っ込めた。
「悪い」
淡々と謝る。
「脅すつもりはなかった」
ガルドが額の汗を拭う。
「……冗談じゃねぇ」
---
俺は男を見る。
「あなた」
「何だ?」
「黒い魔力を知ってる?」
男の表情が。
初めて変わった。
ほんのわずか。
目が細くなる。
「……知っている」
「地下の少女も?」
「ああ」
「封印も?」
「ああ」
「それから……」
俺は一歩近づいた。
「俺の転生も?」
男が黙った。
その瞬間。
俺は確信した。
「知ってるんだ」
男は目を閉じる。
「……そうか」
「何が?」
「彼女は君に話したんだな」
「彼女?」
男は答えない。
代わりに。
「地下の少女は、まだ完全には目覚めていない」
「……」
「もし目覚めれば」
男の声が低くなる。
「この街どころか、この国の魔力そのものが変わる」
ギルドマスターが割って入る。
「お前は何者だ?」
男はギルドマスターを見る。
「俺か?」
一瞬だけ考えて。
「冒険者だ」
「それだけか?」
「それ以上は必要ない」
「ふざけるな」
ギルドマスターが睨む。
男は小さく笑った。
「そうだな」
そして。
腰の剣に手を添えた。
「名前くらいは名乗ろう」
---
「俺は――」
男が名乗る。
「レオン・アルヴェイン」
ギルド内がざわついた。
「レオン……?」
「聞いたことがある」
「まさか……」
アルノが驚いた顔をする。
「《灰銀の剣》……」
俺はアルノを見る。
「知ってるの?」
「有名な冒険者よ」
ミレアが続ける。
「単独でAランク魔物を倒したことがあるって聞いた」
ガルドが唸る。
「Aランクを単独で……?」
レオンは興味なさそうに肩をすくめる。
「昔の話だ」
俺はレオンを見る。
でも。
俺には分かる。
この男。
ただのAランク冒険者じゃない。
魔力の質が異常だ。
まるで。
何か別の存在を知っているような。
---
「君も同じだ」
レオンが俺を見る。
「キラ」
「はい」
「君は自分が普通じゃないことを理解しているか?」
「……少しは」
「無詠唱魔法」
「……」
「魔力構造の解析」
「……」
「そして、レベルリセット」
――。
俺の身体が固まった。
「……どうして」
レオンは静かに答える。
「俺も持っていたからだ」
「え?」
「レベルリセットを」
俺は目を見開いた。
初めてだった。
自分以外に。
この能力のことを知っている人間。
レオンは続ける。
「ただし」
少し悲しそうな顔をした。
「俺は一度、使い方を間違えた」
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レベルリセットの代償
「何が起きたの?」
俺は聞いた。
レオンは窓の外を見る。
「力を引き継げる」
「はい」
「技能も引き継げる」
「はい」
「経験も残る」
レオンは自分の手を見る。
「だが」
拳を握る。
「全部が無料で残るわけじゃない」
「……」
「レベルリセットを繰り返すほど」
レオンの表情が険しくなる。
「身体と魂のズレが大きくなる」
「魂……?」
「そうだ」
俺は初めて聞く話に息を呑む。
「能力は残る」
「でも、身体は子供に戻る」
「すると」
レオンが俺を見る。
「力と身体の差が大きくなる」
「……」
「その結果」
レオンは胸元を指す。
「魔力暴走を起こす」
俺は自分の身体を見る。
今は六歳。
レベル17。
能力もかなり増えている。
もし。
もっとレベルを上げて。
その状態でリセットしたら?
「……怖いな」
俺が呟く。
レオンは頷いた。
「だから気をつけろ」
「分かった」
---
レオンの目的
「じゃあ」
俺は聞く。
「あなたは何のためにここへ来たの?」
レオンは少し黙った。
「確認するためだ」
「何を?」
「君が本当に目覚めたのか」
「俺が?」
「そう」
レオンは俺の目を見る。
「この街の地下で封印が弱くなった」
「はい」
「その瞬間」
レオンが胸元から小さな水晶を取り出す。
黒い水晶。
中には赤い光が浮かんでいる。
「これが反応した」
水晶が。
――ピシッ。
小さな亀裂を作った。
「……!」
俺の《魔力感知》が反応する。
「その水晶……」
「ああ」
レオンが答える。
「封印とつながっている」
「地下の?」
「そうだ」
そして。
「もう一つ」
レオンは俺を見る。
「君ともつながっている」
「……え?」
俺の胸元が。
突然熱くなった。
――ドクン。
レオンの水晶が光る。
同時に。
俺の視界に表示が浮かぶ。
【特殊魔力反応】
【対象:レオン・アルヴェイン】
【共鳴率:31%】
【転生者因子:確認】
「転生者因子……」
俺が呟く。
レオンの顔が変わる。
「見えたか」
「はい」
「なら、間違いない」
レオンが立ち上がる。
「君は俺と同じだ」
「……」
「この世界に生まれた人間じゃない」
---
その瞬間。
――カン! カン! カン!
街中に鐘の音が響いた。
ギルドの全員が驚いて外を見る。
「警報?」
ギルドマスターが立ち上がる。
窓の外。
東門の方向から。
衛兵が走ってくる。
「魔物の群れだ!」
ギルド内が一気に騒がしくなる。
「数は!?」
「分からない!」
「また黒化魔獣か!?」
「違う!」
衛兵が息を切らしながら叫ぶ。
「今回は――」
そこで言葉を止める。
「人間です!」
「……人間?」
全員が顔を見合わせる。
「武装した集団が東門へ向かっている!」
ギルドマスターが叫ぶ。
「目的は!?」
衛兵が答える。
「分かりません!」
レオンが静かに立ち上がる。
「……来たか」
俺はその言葉を聞き逃さなかった。
「レオン」
「何だ?」
「知ってるの?」
「ああ」
「誰が来たの?」
レオンは窓の外を見る。
「俺を追ってきた連中だ」
そして。
俺を見る。
「正確には――」
黒い水晶を握りしめる。
「君を探している連中だ」
「……!」
ギルドの外から。
遠く。
東門の方向から。
大きな爆発音が響いた。
――ドォォォォン!
窓ガラスが震える。
「東門が破られた!」
誰かが叫ぶ。
ギルド内に緊張が走る。
俺は杖を握る。
父さんが剣を抜く。
ガルドも斧を構える。
ミレアは弓を手に取る。
アルノは杖を構える。
そして。
レオンが剣を抜いた。
鞘から現れた刀身は。
灰色に輝いていた。
「キラ」
「はい」
「これから起きることは」
レオンが東門を見る。
「地下の封印とは別の問題だ」
「……」
「だが」
レオンが剣を構える。
「俺たちは、どうやら同じ敵に狙われている」
俺は街の外を見る。
黒い煙が上がっている。
悲鳴。
鐘の音。
走り回る人々。
そして。
東門の向こうから。
大勢の人間が街へ侵入してくる。
その先頭にいる男が。
こちらへ向かって手を上げた。
「――転生者を出せ!」
街中に響く大声。
「その少年を渡せ!」
俺の名前を知らないはずなのに。
俺を狙っている。
俺はレオンを見る。
「……あいつらは何者?」
レオンは答えた。
「転生者を狩る者たちだ」
俺は目を見開く。
「転生者を……狩る?」
「ああ」
レオンが剣を構える。
「そして、キラ」
灰銀の刀身が光る。
「君は今まで、自分が特別な力を持っているから狙われていると思っていたかもしれない」
「……」
「違う」
レオンが俺を見る。
「君が転生者だから狙われているんだ」
――ドォォォン!
再び街が揺れた。
そして。
俺の視界に新たな表示が浮かぶ。
【新たな敵対勢力を確認】
【名称:異界狩り】
【危険度:判定不能】
俺は拳を握った。
「……俺は」
初めて。
自分の転生について、真正面から向き合うことになった。
そして。
東門では。
新たな戦いが始まろうとしていた。
第24話 終




