23話 少女の過去の記憶
――ドンッ!
巨大な扉が揺れた。
地下深くに響いたその音は、まるで巨大な心臓が鼓動したかのようだった。
俺たちは誰一人として動けなかった。
扉の向こう。
そこに浮かんでいる巨大な白い瞳。
あまりにも大きい。
人間の身長よりも大きな瞳が、暗闇の中から俺たちを見つめている。
「……あれが……生き物なのか?」
ガルドの声が震えている。
いつもなら冗談を言っている彼も、今は斧を握ったまま固まっていた。
ミレアも弓を構えている。
だが、矢を放とうとはしない。
アルノは顔を青ざめさせていた。
「ありえない……」
「アルノ?」
「この魔力量……」
アルノが震える声で呟く。
「私たちが戦ってきた魔物とは、次元が違う」
俺も同じことを感じていた。
怖い。
身体が勝手に震えている。
だけど。
それ以上に気になることがあった。
あの巨大な存在から感じる魔力。
黒い魔力だけじゃない。
白い魔力も混ざっている。
そして、その白い魔力は――。
「……苦しんでる?」
俺が呟くと、父さんが俺を見る。
「何?」
「この中にいる存在」
俺は扉を見る。
「苦しんでるように感じる」
「どうして分かる?」
「魔力の流れが……そう見える」
父さんは何も言わなかった。
ただ、俺の前に一歩出た。
まるで俺を守るように。
---
――ピシッ。
扉に新たな亀裂が入った。
「まただ!」
ギルドマスターが叫ぶ。
巨大な魔法陣の一部が消えていく。
青白い光が弱くなり、代わりに黒い魔力が周囲から流れ込んでくる。
俺の視界に表示が浮かぶ。
【封印強度】
【8%】
【警告】
【封印崩壊までの推定時間――不明】
「……」
俺は息を呑む。
不明。
つまり。
いつ壊れてもおかしくない。
「ギルドマスター」
「何だ?」
「このままじゃ駄目です」
「分かっている」
「封印を強くする必要があります」
ギルドマスターが扉を見る。
「方法は?」
「……分かりません」
その瞬間。
扉の向こうから声がした。
『方法ならある』
全員が一斉に振り返る。
「!」
『この扉に触れた者なら、封印を操作できる』
俺の胸がドクンと鳴った。
「俺が?」
『そうだ』
「どうして俺なんだ?」
しばらく沈黙があった。
そして。
『お前が、この世界の者ではないからだ』
全員が俺を見る。
「……」
俺は言葉を失った。
---
「キラ……」
父さんが俺を見る。
俺は何も言えない。
転生。
前世。
別の世界。
それは、この世界で誰にも話していなかった。
話したところで信じてもらえないと思っていたからだ。
でも。
この存在は知っている。
俺のことを。
『お前の魂には、この世界の人間とは異なる魔力構造がある』
巨大な瞳が俺を見る。
『だからこそ、封印管理者として認識された』
「封印管理者……?」
『そうだ』
アルノが震える声で聞く。
「なら……キラ君は、この施設を操れるということですか?」
『完全には無理だ』
「なぜ?」
『封印がすでに壊れすぎている』
その言葉に、俺は扉を見る。
『かつて、この場所には三つの封印があった』
「三つ?」
『第一封印』
扉の左側が光る。
『第二封印』
右側が光る。
『第三封印』
中央が光る。
だが。
そのうち二つは。
――完全に消えていた。
「……二つとも壊れてる」
俺が呟く。
『そうだ』
「じゃあ、残ってるのは一つだけ?」
『違う』
声が低くなる。
『残っているのは、最後の封印だけだ』
地下全体が静まり返った。
---
「何を封印している?」
俺は聞いた。
巨大な瞳が少しだけ細くなる。
『それを知れば、お前は後戻りできない』
「それでも知りたい」
俺は答えた。
父さんが驚いた顔をする。
「キラ……」
俺は扉を見る。
「街を襲った黒い魔力も」
「森の魔物も」
「地下の魔物も」
「全部、この封印と関係してる」
俺は拳を握った。
「なら、知らないままにはできない」
巨大な瞳が俺を見つめる。
そして。
『……そうか』
扉の奥から。
低い声が響く。
『ならば見せよう』
――ゴゴゴゴゴゴ……。
巨大な扉が。
ほんの少しだけ開いた。
「下がれ!」
ギルドマスターが叫ぶ。
冒険者たちが一斉に後退する。
俺も父さんに腕を掴まれる。
「キラ、無理するな」
「うん」
扉の隙間から。
白い光が漏れ出した。
黒い魔力とは違う。
暖かい。
静かな光。
まるで太陽の光のようだった。
---
扉が完全には開かない。
わずかに人が通れるほどの隙間。
その先には。
巨大な空間があった。
そして。
中央に。
巨大な水晶が浮かんでいる。
「……水晶?」
ミレアが呟く。
だが。
普通の水晶ではない。
水晶の内部に。
何かがいる。
人間のような形。
白い髪。
閉じた目。
細い身体。
まるで眠っている少女のようだった。
「人……?」
ガルドが絶句する。
アルノも目を見開く。
「いや……あれは……」
俺は《構造解析》を使う。
【対象:解析開始】
【生命反応:確認】
【種族:不明】
【魔力属性:光】
【魔力状態:極度の消耗】
【封印状態:拘束】
【解析不能領域あり】
「生きてる……」
俺が呟いた。
「水晶の中にいる人は、生きています」
全員が驚いた。
「生きているだと?」
ギルドマスターが目を見開く。
俺は頷く。
「弱いけど、生命反応があります」
水晶の中の少女。
その身体には。
黒い魔力の鎖が何本も巻きついている。
腕。
脚。
胸。
首。
そして。
その鎖は地下深くへ伸びていた。
---
「これが……黒い魔力?」
アルノが呟く。
「はい」
俺は魔力の流れを見る。
今までとは違う。
黒い魔力は少女を攻撃しているわけではない。
むしろ。
少女の周囲を覆い。
何かを外へ出さないようにしている。
「……分かった」
「何が?」
父さんが聞く。
「黒い魔力は、少女を封印してるんじゃない」
俺は水晶を見る。
「少女の中にある魔力が外へ漏れないように、押さえ込んでる」
全員が驚く。
「じゃあ……」
ガルドが呟く。
「黒い魔力は悪いものじゃないのか?」
「分からない」
俺は首を振る。
「でも、少なくとも全部が敵ってわけじゃない」
そのとき。
水晶の中の少女が。
ゆっくりと目を開いた。
「……!」
白い瞳。
少女がこちらを見る。
そして。
口が動いた。
「……キラ……」
俺は息を呑む。
「俺の名前を……?」
少女が微笑む。
ほんの少しだけ。
そして。
「……やっと……会えた……」
――ドクン。
俺の身体に。
何かが流れ込んできた。
「うっ……!」
「キラ!」
父さんが俺を支える。
頭の中に。
知らない景色が流れ込んでくる。
---
過去の記憶
巨大な城。
空を覆う黒い雲。
大勢の人間。
そして。
巨大な魔法陣。
誰かが叫んでいる。
『急げ!』
『もう時間がない!』
『封印を完成させろ!』
次々と魔法使いたちが倒れていく。
中央には。
今の少女。
まだ水晶に入っていない。
少女が誰かに向かって叫んでいる。
『私が残る!』
『駄目です!』
『他に方法がない!』
黒い魔力が暴れ始める。
大地が崩れる。
空が裂ける。
そして。
少女が光に包まれる。
『いつか――』
少女の声。
『誰かが来る』
『私を倒すためじゃない』
『私を――』
そこで。
映像が途切れた。
---
「……はぁっ!」
俺は目を開けた。
膝をついている。
「キラ!」
父さんが俺の肩を掴んでいる。
「大丈夫か!?」
「……うん」
頭が痛い。
でも。
さっき見たものが頭から離れない。
「昔の記憶を見ました」
アルノが驚く。
「記憶?」
「はい」
「何を見た?」
俺は水晶を見る。
「この少女は……昔、この世界を救うために自分から封印されたんだと思います」
全員が黙る。
「救うために?」
「たぶん」
だが。
まだ分からない。
何から世界を救ったのか。
なぜ少女が封印される必要があったのか。
そして。
なぜ俺が選ばれたのか。
---
しかし、時間はない
突然。
――バキィィン!
水晶に大きな亀裂が入った。
「!」
少女が苦しそうに顔を歪める。
黒い魔力が一気に膨れ上がった。
「危ない!」
俺は手を伸ばす。
「《障壁》!」
――バァン!
黒い魔力が障壁にぶつかる。
――ドォォォン!
「ぐっ……!」
身体が押される。
「キラ!」
父さんが支える。
俺は必死に魔力を流す。
だが。
黒い魔力が強すぎる。
「無理……!」
魔力が削られていく。
そして。
視界に表示が出る。
【封印強度】
【8% → 6%】
「……!」
たった数秒で。
2パーセントも減った。
このままでは。
「封印が……」
俺は歯を食いしばる。
「壊れる!」
ギルドマスターが叫ぶ。
「撤退だ!」
だが。
少女がこちらを見る。
苦しそうな顔。
そして。
小さな声。
「……キラ……」
「何?」
「……手を……」
少女が水晶の内側から手を伸ばす。
俺も。
ゆっくり手を伸ばした。
水晶越しに。
少女の手と俺の手が重なる。
その瞬間。
――パァァァァッ!
白い光が地下全体を包み込んだ。
「なっ……!」
「何だ!?」
冒険者たちが目を覆う。
俺の視界に。
新しい表示が浮かんだ。
【特殊条件を確認】
【封印管理権限:仮取得】
【新スキルを獲得】
【魔力接続】
【効果:対象の魔力構造を一時的に共有可能】
「……新しいスキル?」
俺は驚く。
しかし。
その直後。
別の表示が現れた。
【注意】
【封印強度:6%】
【完全崩壊まで――推定不能】
さらに。
少女の声が頭の中に響いた。
『キラ』
『次は――』
『この世界の外から来るものが、あなたを狙う』
「……世界の外?」
聞き返す。
だが。
少女は目を閉じてしまった。
水晶の光が弱くなる。
黒い魔力も少しずつ落ち着いていく。
俺は拳を握る。
「……世界の外から来るもの」
その言葉の意味は。
まだ分からない。
だが。
俺には一つだけ確かなことがあった。
この地下にある秘密は。
ただの魔物や封印の話じゃない。
俺自身の転生にも、何か関係している。
---
俺たちは一度、地上へ戻ることになった。
地下に長時間いるのは危険だった。
階段を上がっていく。
誰もほとんど喋らない。
全員が今日見たものを整理できていないのだろう。
地上へ出ると。
眩しい太陽が目に入った。
「……明るい」
ガルドが空を見上げる。
「地下に長くいたせいで、太陽がありがたく感じるな」
ミレアが笑う。
「さっきまで死ぬかと思ったものね」
アルノはまだ考え込んでいる。
「キラ君」
「はい?」
「君の転生について……」
俺はアルノを見る。
「……何か知っているんですか?」
「いや」
アルノは首を振った。
「私も何も知らない」
そして。
「だからこそ、調べる必要がある」
俺も頷いた。
「そうですね」
街を見る。
まだ壊れた建物は多い。
怪我人もいる。
復旧には時間がかかるだろう。
でも。
今日は。
昨日より少しだけ分かった。
黒い魔力の正体。
地下にいる少女。
封印。
そして。
自分自身の転生。
「……俺は一体、何のためにこの世界へ来たんだ?」
空を見上げる。
答えはない。
ただ。
風が静かに吹いていた。
――そのとき。
街の外。
遠く離れた森のさらに向こうで。
一人の黒いローブを着た人物が。
街を見つめていた。
「……封印管理者が目を覚ましたか」
その人物の手には。
黒い水晶が握られている。
「予想より早いな」
水晶の中で。
小さな光が瞬いた。
「ならば――」
黒いローブの人物が笑う。
「次は、こちらから会いに行こう」
そして。
その姿は森の闇へ消えていった。




