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22話 地下の番人


 地下施設から地上へ戻った俺たちは、すぐにギルドへ報告を行った。


 だが、街の混乱は収まっていなかった。


 中央広場には大勢の住民が集まり、衛兵たちが必死に避難誘導を続けている。


 建物の壁には、黒い魔力によってできた亀裂。


 道路には戦闘の跡。


 そして、街のあちこちに倒れた黒化魔獣。


「……ひどいな」


 父さんが周囲を見渡す。


 幸い、死者は出ていない。


 だが、怪我人は多い。


 冒険者たちが怪我人を運び、治癒魔法を使える者が次々と治療を行っていた。


 俺もその光景を見ながら、拳を握る。


 地下には、まだ何かがいる。


 そして、封印は――。


 十二パーセントまで低下している。


「キラ」


 ギルドマスターが声をかけてきた。


「地下のことだ」


「はい」


「もう一度、行く必要がある」


 俺は頷いた。


「俺もそう思います」


 その言葉に、周囲の冒険者たちがざわついた。


「また行くのか?」


「さっき戻ってきたばかりだぞ」


「地下に何がいるか分からないんだろ?」


 不安そうな声が飛び交う。


 それは当然だ。


 俺だって怖い。


 でも。


 このまま放置すれば、街の地下から黒い魔力がさらに噴き出す。


「次は、もっと深くまで行きます」


 俺が言った。


 すると。


 ガルドが驚いた顔をした。


「おい、本気か?」


「うん」


「お前、まだ六歳だぞ?」


「知ってる」


「いや、そういう問題じゃなくてだな……」


 ガルドが頭を抱える。


 その様子を見て、周囲から小さな笑いが起きた。


 だが。


 ギルドマスターは笑っていなかった。


「……分かった」


 静かに頷く。


「ただし、今回は人数を増やす」



---



 数十分後。


 地下へ向かうメンバーが決まった。


 ギルドマスター。


 父さん。


 ガルド。


 ミレア。


 アルノ。


 そして数名のベテラン冒険者。


 俺も同行する。


 出発前。


 俺は自分のステータスを確認した。


【レベル:17】


【構造解析:Lv2】


【魔力感知:Lv2】


【無詠唱魔法:使用可能】


【レベルリセット:使用可能】


 昨日までとは違う。


 構造解析Lv2。


 魔力の流れが、以前よりずっと鮮明に見える。


 魔法の仕組みも理解しやすくなった。


「……これなら」


 地下の封印も、もっと調べられるかもしれない。


 ただし。


 レベルリセットはまだ使わない。


 この力は最後の切り札だ。



---




 中央広場の穴から地下へ降りる。


 階段を下るにつれて、街の音が遠くなっていく。


 人の声。


 馬車の音。


 鐘の音。


 すべてが消えていく。


 代わりに聞こえてくるのは。


 ――ポタ。


 ――ポタ。


 どこかで水が落ちる音。


 そして。


 ――ドクン。


 黒い魔力が脈打つ音。


「……」


 俺は足を止めた。


「どうした?」


 父さんが振り返る。


「今、聞こえた」


「何が?」


「魔力が……鼓動みたいに動いてる」


 ガルドが眉をひそめる。


「魔力が鼓動?」


「うん」


 ガルドは周囲を見回した。


「俺には何も聞こえねぇけどな」


 ミレアが苦笑する。


「キラにしか分からないものなんじゃない?」


「たぶん」


 俺は再び歩き始める。


 だが。


 少し進んだところで。


 後ろから――。


「……待って」


 アルノの声。


「どうした?」


 全員が振り返る。


 アルノは壁を見ていた。


「この文字……昨日とは違う」


 壁には古代文字が刻まれている。


 その一部が、黒く染まっていた。


「何て書いてある?」


 ギルドマスターが聞く。


 アルノが読み解く。


「……『眠りを妨げる者に、力を与える』」


「力を与える?」


 俺は壁に近づく。


 そして《構造解析》を使った。


【古代魔法式】


【対象:権限付与術式】


【対象者:一名】


【適合率:極高】


「……」


 俺は固まった。


「どうした?」


 父さんが聞く。


「この魔法」


 俺は壁を指す。


「俺に反応しています」


「……え?」


 全員の顔が変わった。


「キラ君に?」


 アルノが驚く。


「はい」


 壁に刻まれた魔法式が、俺が近づいた瞬間だけ青白く光っている。


「まさか……」


 アルノが一歩後退する。


「この施設そのものが、キラ君を認識している?」


 周囲の冒険者たちがざわめく。


「どういうことだ?」


「昔からここにキラが来ることを知ってたっていうのか?」


「そんな馬鹿な……」


 俺にも分からない。


 ただ。


 胸の奥が妙にざわつく。



---




 しばらく進むと、道が三つに分かれていた。


 左。


 中央。


 右。


 どの道にも黒い魔力が流れている。


「どれが正解だ?」


 ギルドマスターが聞く。


 俺は目を閉じる。


 《魔力感知》。


 左。


 弱い。


 中央。


 強い。


 右。


 異常に強い。


「右は危険です」


「なら中央か?」


「……待って」


 俺はさらに詳しく見る。


 中央の道には黒い魔力が多い。


 だが。


 その流れは途中で消えている。


「中央は行き止まり」


 次に左。


 こちらには黒い魔力が少ない。


 だが。


 奥へ向かって別の魔力が流れている。


「左です」


 ギルドマスターが頷く。


「進もう」


 その瞬間。


 右の通路から。


 ――ガリッ。


「……?」


 全員が右を見る。


 もう一度。


 ――ガリッ、ガリッ。


「何かいるぞ」


 ガルドが斧を構える。


 壁の奥から音がする。


 ――ドン!


 石壁が膨らんだ。


「全員、構えろ!」


 ギルドマスターが叫ぶ。


 ――バァン!


 壁が砕けた。


 中から。


 黒い腕が飛び出す。


「うわっ!」


 冒険者が後ろへ飛び退く。


 続いて。


 巨大な身体が壁を突き破って出てきた。



---




 それは熊に似た魔物だった。


 だが、普通の熊とは比べ物にならない。


 体長は三メートル近い。


 全身が黒い魔力に覆われている。


 頭部には二本の角。


 胸には大きな魔力核。


「こんなのが地下に……」


 ミレアが息を呑む。


 ガルドが前へ出る。


「こいつは俺が――」


「待って!」


 俺は叫んだ。


「胸を攻撃しないで!」


「何?」


「魔力核が黒い魔力に直接つながってる!」


 俺には見える。


 黒い魔力が魔力核を包んでいる。


 普通に攻撃すれば、逆に黒い魔力が暴走する。


「じゃあ、どうする?」


 ガルドが聞く。


 俺は魔物を見る。


 その瞬間。


 魔物が口を開いた。


「グォォォォォッ!」


 ――ドォン!


 咆哮だけで空気が揺れた。


「うわっ!」


 後ろの冒険者が尻餅をつく。


 天井から砂埃が落ちてくる。


「すごい声……」


 俺も思わず後退する。


 だが。


 逃げてはいられない。


「黒い魔力を先に止める!」


「できるのか?」


「やってみる!」



---



 魔物が突進してくる。


「《重力》!」


 ――ズンッ!


 魔物の身体が沈む。


 しかし。


「グルル……!」


 魔物が力づくで動こうとする。


「まだ……!」


 俺は左手を向ける。


「《冷却》!」


 魔物の脚を凍らせる。


 ――パキパキッ!


「グォッ!」


 動きが止まる。


「今だ!」


 ガルドが斧を振る。


 ――ズガァン!


 魔物の肩に一撃。


「浅い!」


 ミレアの矢が飛ぶ。


 ――ヒュッ!


 矢が目元へ突き刺さる。


「グォォォ!」


 魔物が暴れる。


「キラ!」


 父さんが叫ぶ。


「黒い魔力が増えてる!」


「分かってる!」


 魔力の流れが変わった。


 このままでは暴走する。


 俺は魔物の周囲を見た。


 黒い魔力。


 魔物。


 そして地下施設。


 全部がつながっている。


「……なら」


 俺は魔物ではなく。


 地下施設そのものを狙う。


「《封鎖》!」


 魔力の流れを一本ずつ遮断する。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


「ぐっ……!」


 頭が痛い。


 魔力が急速に減る。


「キラ!」


 父さんが心配そうに叫ぶ。


「大丈夫!」


 最後の一本。


「これで……!」


 ――バチン!


 黒い魔力の流れが切れた。


 魔物の身体から。


 黒い霧が一気に抜けていく。


「……?」


 魔物がその場に倒れた。


「死んだのか?」


 ガルドが近づく。


「違う」


 俺は首を振る。


「眠ってるだけ」


 黒い魔力が消えた魔物は。


 普通の魔物の姿に戻っていた。



---




 沈黙。


 誰も動かない。


 やがて。


 ガルドが俺を見る。


「……またやったな」


「何を?」


「無詠唱で魔力の流れそのものを切っただろ」


「うん」


「それ、普通の魔法使いにはできないぞ」


 アルノも驚いた顔をしている。


「魔法を使ったというより……魔力そのものを操作していた」


「そんなことできるのか?」


 別の冒険者が尋ねる。


 アルノは首を振った。


「私にはできない」


「じゃあ……」


 全員の視線が俺に集まる。


 俺は困ってしまう。


「……たまたま?」


 ガルドが笑い出した。


「たまたまで、あんなことできるか!」


 周囲にも笑いが広がる。


 緊張していた空気が少しだけ和らいだ。



---




 番人のいた場所の奥。


 壁が崩れたことで、新たな階段が現れた。


 下へ。


 さらに下へ。


 俺は《魔力感知》を使う。


 そして。


 言葉を失った。


「……何だ、これ」


 階段の先。


 巨大な魔力がある。


 今まで感じたことがないほどの大きさ。


 けれど。


 その魔力は黒くない。


「黒い魔力じゃない……」


 アルノも感じ取ったようだ。


「なら、何だ?」


 俺は答えられない。


 ただ。


 その魔力の周囲を。


 黒い魔力が包んでいる。


 まるで。


 何かを閉じ込める檻のように。


「……」


 俺は一歩ずつ階段を降りる。


 父さんが後ろからついてくる。


「怖くないのか?」


「怖いよ」


「そうか」


「でも、知りたい」


 父さんが少し笑った。


「そういうところは、昔から変わらないな」


 俺は振り返る。


「昔から?」


「……いや」


 父さんが少し困った顔をした。


「何でもない」



---



 階段の先。


 そこには。


 巨大な扉があった。


 高さは十メートル以上。


 扉全体に古代文字が刻まれている。


 中央には。


 巨大な魔法陣。


 そして。


 その魔法陣の中心に。


 俺の手形と同じ大きさの紋章があった。


「……」


 俺は動けなくなった。


「キラ?」


 父さんが声をかける。


 俺は紋章を見る。


 見覚えはない。


 当然だ。


 この世界に生まれてから、こんな紋章を見たことはない。


 なのに。


 なぜか。


 知っている。


「……これ」


 俺が手を伸ばす。


「触っていいのか?」


 ガルドが慌てる。


「ちょっと待て! さっきからお前が触ると色々起きてるぞ!」


「でも……」


 俺は紋章から目を離せない。


 そして。


 指先が触れた。


 ――パァァァァッ!


 巨大な魔法陣が一斉に光った。


「うわっ!」


「何だ!?」


「全員、下がれ!」


 冒険者たちが一斉に武器を構える。


 俺の身体が光に包まれる。


 そして。


 頭の中に文字が浮かんだ。


【適合者を確認】


【封印管理権限――一部認証】


【対象:キラ】


【転生者特有の魂構造を確認】


「……転生者?」


 俺は息を呑んだ。


 この世界に来てから。


 誰にも話していない。


 自分が別の世界から生まれ変わったこと。


 それを。


 この扉は知っている。


「どうして……」


 その瞬間。


 扉の向こうから声がした。


『……ようやく来たか』


 全員が凍りついた。


「誰だ!」


 父さんが剣を構える。


 俺は扉を見る。


 声は続く。


『恐れる必要はない』


『私は、お前の敵ではない』


「……じゃあ、何者なんだ?」


 俺が尋ねる。


 少しの沈黙。


 そして。


『この世界の魔力を守る者』


 その言葉に。


 俺は眉をひそめる。


「魔力を守る……?」


『だが――』


 声が低くなる。


『もう長くは持たない』


 ――ドン。


 巨大な扉が揺れる。


 魔法陣に亀裂が入る。


『黒い魔力は、私を封じているものではない』


「……え?」


『私を閉じ込めているものを、守るためのものだ』


 俺は理解できなかった。


「どういう意味?」


『黒い魔力は――』


 そこで。


 声が途切れた。


 そして。


 扉の向こうから。


 今までとは比べ物にならないほど巨大な魔力が噴き出した。


「うわああああ!」


「下がれ!」


 全員が後退する。


 俺だけは。


 その魔力の正体を感じ取っていた。


 黒い魔力の奥にある。


 巨大な。


 白い魔力。


「……二つある」


 俺は呟いた。


「黒い魔力と……もう一つ」


 アルノが驚く。


「もう一つ?」


「うん」


 俺は扉を見る。


「この地下には――」


 その瞬間。


 扉の向こうから。


 二つの目が開いた。


 白い光。


 巨大な瞳。


 その大きさだけで。


 俺たち全員が動けなくなる。


 ガルドの顔から血の気が引く。


「……あれが」


 ミレアが震える声で呟く。


「……生き物?」


 俺も答えられない。


 ただ。


 その存在がこちらを見ている。


 そして。


 俺だけに聞こえる声で。


『キラ』


『お前が来たことで――』


 巨大な目がゆっくりと細くなる。


『封印は、もう止められない』


 ――ドンッ!


 地下全体が揺れた。


 そして。


【封印強度】


【12% → 8%】


 表示が浮かぶ。


 俺は息を呑んだ。


「……八パーセント」


 残された時間は。


 もう、ほとんどない。


第22話 終

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