21話 地下迷宮
――ゴゴゴゴゴゴ……。
地面の揺れが止まらない。
街の中央広場。
噴水があった場所には、大きな穴が開いている。
その穴の奥から、黒い魔力が絶え間なく噴き上がっていた。
俺は穴を見つめた。
暗い。
底が見えない。
ただ、《魔力感知》を使えば、その奥に何があるのかは少しだけ分かる。
大量の黒い魔力。
古い魔法。
そして――。
巨大な空間。
「……地下に、かなり大きな場所があります」
俺が言うと、周囲にいた冒険者たちがざわついた。
「この街の下に?」
「こんな場所、誰も知らなかったぞ」
「そもそも、いつ作られたんだ……?」
ギルドマスターも穴を覗き込む。
「地下遺跡……いや、迷宮か?」
アルノが首を振る。
「迷宮とは少し違う」
「分かるのか?」
「魔力の流れが普通じゃない。これは……」
アルノが言葉を止めた。
「まるで、何かを閉じ込めるために作られている」
その言葉を聞いた瞬間。
俺は昨日見た巨大な扉を思い出した。
地下深くにある封印。
残り十八パーセント。
そして、扉の向こうから聞こえた声。
『あれは……まだ……目覚めていない』
「……やっぱり」
俺は拳を握った。
ここから先に。
何かがいる。
---
「俺たちが先に行く」
ギルドマスターが言った。
「街の中で黒い魔力が増えている以上、原因を確認する必要がある」
父さんが頷く。
「キラは俺が守る」
「私も同行する」
アルノが続く。
「古代の封印なら、私が役に立つかもしれない」
ガルドも斧を担いだ。
「こんな面白そうな場所を見て帰れるかよ」
ミレアがため息をつく。
「面白そうで済む話じゃないと思うけど……」
こうして俺たちは地下へ降りることになった。
先頭はガルド。
その後ろに父さん。
俺。
ミレア。
アルノ。
最後尾にギルドマスターと数人の冒険者。
全員が武器を構えている。
「足元に気をつけろ!」
ガルドが声をかける。
石の階段は古く、ところどころ崩れていた。
一段。
また一段。
降りるたびに、空気が冷たくなっていく。
「……寒いな」
父さんが呟く。
「下へ行くほど黒い魔力が濃くなっています」
俺が答える。
「どれくらいだ?」
「昨日の地下道の……十倍くらい」
「十倍!?」
後ろにいた冒険者が思わず声を上げた。
「キラ君、それ本当なのか?」
「はい」
その冒険者は顔を引きつらせた。
「……俺、帰りたくなってきた」
ガルドが笑う。
「今さらかよ」
だが。
そのガルドも。
階段の先を見た瞬間、笑顔を消した。
---
階段を下りきった。
そこには。
巨大な空間が広がっていた。
「……」
誰も声を出さない。
天井は見えない。
広すぎる。
街の中央広場どころか、街の一角がそのまま入ってしまいそうなほどだった。
壁には無数の魔法陣。
床には古代文字。
そして中央には――。
巨大な黒い柱。
「何だ、あれ……」
ガルドが呟く。
柱は石ではない。
黒い魔力そのものが固まったような物体だった。
表面を黒い光が流れている。
まるで血管のように。
「魔力が……動いてる」
ミレアが小さく呟く。
アルノは完全に言葉を失っていた。
「こんな魔法構造……見たことがない」
俺は《構造解析》を使った。
【対象:黒色魔力柱】
【魔力属性:不明】
【用途:魔力供給】
【接続先:多数】
【主要接続先:地下深部】
【警告】
【解析対象が危険領域に到達】
「……」
俺は一歩後ろへ下がった。
「どうした?」
父さんが聞く。
「この柱……」
俺は中央を見る。
「地下のもっと深い場所に魔力を送っています」
「もっと深い?」
「はい」
そのとき。
柱が。
――ドクン。
脈打った。
「……!」
全員が固まる。
もう一度。
――ドクン。
黒い光が柱の中を走る。
「今の……何だ?」
ガルドが斧を握り直した。
「柱が動いたように見えたぞ」
俺も同じことを思った。
ただの魔道具じゃない。
何かとつながっている。
---
その瞬間。
天井から。
――ガキィン!
「上だ!」
ミレアが叫んだ。
黒い影が落ちてくる。
ガルドが斧を振り上げる。
――ドゴォン!
空中で魔物と斧がぶつかった。
「ぐっ!」
ガルドが押し込まれる。
魔物が着地する。
四本足。
狼に似た姿。
だが。
頭部が異常に大きい。
そして背中から、黒い魔力の触手のようなものが何本も伸びている。
「また黒化魔獣!」
ミレアが弓を構える。
――ヒュン!
矢が飛ぶ。
魔物の脚に命中。
「グルルル……!」
だが、魔物は倒れない。
むしろ。
矢を抜いた。
そして。
黒い魔力が傷を覆う。
「やっぱり再生する!」
ミレアが驚く。
「なら!」
俺は手を向ける。
「《風刃》!」
――シュン!
風の刃が魔物の首元へ飛ぶ。
しかし。
魔物は首を曲げて避けた。
「避けた!?」
俺が驚く。
今までの魔物とは違う。
明らかに知能が高い。
魔物が俺を見る。
「……」
赤い目。
俺の背中に冷たいものが走った。
次の瞬間。
魔物が跳んだ。
俺へ向かって。
「キラ!」
父さんが飛び出す。
――ガキィン!
剣と爪がぶつかる。
「ぐっ……!」
父さんの足が床を滑る。
「父さん!」
「大丈夫だ!」
魔物がさらに力を込める。
父さんの腕が震える。
「くっ……このっ!」
ガルドが横から斧を叩き込む。
――ドゴォン!
魔物が吹き飛ぶ。
「今だ!」
俺は両手を向けた。
「《重力》!」
魔物の身体が地面へ叩きつけられる。
――ズンッ!
「グガァ!」
床に亀裂が入る。
「止まった!」
俺は魔物の身体を見る。
黒い魔力が激しく動いている。
「……黒い魔力の流れが乱れてる」
「なら、そこを狙え!」
父さんが叫ぶ。
俺は頷いた。
「《冷却》!」
魔物の周囲の黒い魔力を凍らせる。
――パキパキパキッ!
黒い魔力が固まっていく。
「今!」
ガルドが斧を振り下ろす。
――ズガァン!
魔物の身体が大きく吹き飛んだ。
壁に叩きつけられ、そのまま動かなくなる。
---
戦闘が終わる。
誰もすぐには動かなかった。
ガルドが俺を見る。
「……なあ」
「何?」
「お前、さっき魔力を凍らせたよな?」
「うん」
「黒い魔力を?」
「そう」
「……」
ガルドが頭を抱えた。
「普通そんなことできねぇぞ」
後ろにいた冒険者も驚いた顔をしている。
「そもそも、詠唱してなかったよな?」
「……してない」
「また無詠唱?」
「うん」
別の冒険者が呟く。
「俺なんて、初級魔法でも詠唱が必要なのに……」
アルノも驚いた様子で俺を見る。
「キラ君」
「はい?」
「君は一体、魔法をどうやって覚えている?」
俺は少し考えた。
「見て、分解して……」
「分解?」
「魔力の流れを見れば、どう動いてるか分かるから」
「……」
アルノが絶句した。
そして。
「そんな魔法の使い方をする人間は、聞いたことがない」
周囲の冒険者たちも顔を見合わせている。
俺は少し気まずくなった。
「……変かな?」
「変というより……」
アルノが苦笑する。
「規格外だ」
---
俺は自分のステータスを確認する。
【レベル:17】
【経験値:蓄積中】
【構造解析:Lv2】
そして。
もう一つ。
【レベルリセット可能】
俺はその表示を見る。
レベルリセット。
俺の持つ特殊な能力。
レベルを一からやり直す代わりに、これまで身につけた能力や経験を引き継ぐことができる。
まだ一度も使っていない。
「……」
俺は思う。
今はまだ使う時じゃない。
この力は。
もっと必要になったときに使う。
---
戦闘が終わったあと。
アルノが壁を調べ始めた。
「待ってくれ」
「何か見つけた?」
「この文字……」
壁に手を触れる。
「『封印』ではない」
「じゃあ何?」
「……『導管』だ」
俺も近づく。
「導管?」
「この地下施設は、黒い魔力をどこかへ送るために作られている」
俺は柱を見る。
そして気づいた。
黒い柱。
床。
壁。
すべてが一本につながっている。
「……魔力を集めて」
俺が言う。
「地下深くへ送っている」
ギルドマスターが眉をひそめる。
「では、誰が何のために?」
誰も答えられない。
俺は解析を続ける。
【魔力経路を確認】
【送信先:地下深部】
【距離:不明】
【対象:巨大魔力反応】
「……」
俺は表示を見つめた。
巨大魔力反応。
その言葉が気になる。
「地下の奥に……何かいます」
全員が黙った。
「どれくらいだ?」
父さんが聞く。
「分からない」
「魔物か?」
「……違うと思う」
「じゃあ何だ?」
俺は答えられない。
---
そのとき。
――ピシッ。
「……?」
柱に亀裂が入った。
全員が振り返る。
――ピシッ、ピシッ。
亀裂が広がる。
「離れろ!」
ギルドマスターが叫ぶ。
俺たちが後退する。
そして。
――ドォォォォン!
黒い柱が崩壊した。
大量の黒い魔力が吹き出す。
「うわあああ!」
「防御魔法!」
アルノが杖を掲げる。
「《魔力障壁》!」
――バァン!
透明な壁が展開される。
黒い魔力が障壁にぶつかる。
――バチバチバチッ!
「耐えられない!」
アルノが叫ぶ。
「キラ!」
俺はすぐに魔力の流れを見る。
黒い魔力は無秩序に噴き出しているように見える。
でも。
よく見ると。
一本だけ。
細い流れがある。
「……あれだ」
俺は指を向ける。
「魔力の出口!」
「分かるのか!?」
「はい!」
俺は両手を伸ばす。
「《風》!」
風で黒い魔力を押し返す。
さらに。
「《重力》!」
黒い魔力の流れを地面へ押し込む。
――ズズズズ……。
黒い魔力が徐々に収まっていく。
周囲の冒険者たちは目を見開いていた。
「嘘だろ……」
「黒い魔力そのものを押さえ込んでる……」
「無詠唱で……?」
俺は歯を食いしばる。
「ぐっ……!」
魔力が急速に減る。
「キラ!」
父さんが心配そうに叫ぶ。
「大丈夫!」
最後の力を込める。
「――《封鎖》!」
俺は自分で作った簡易魔法を発動した。
黒い魔力の流れが。
――ピタッ。
止まった。
「……」
静寂。
誰も喋らない。
俺は肩で息をする。
そして。
ガルドがぽつりと呟いた。
「……あの黒い魔力を止めたぞ」
誰かが答える。
「六歳の子供が……?」
「ありえない……」
俺はその声を聞きながら。
自分の手を見る。
まだ震えている。
---
黒い柱が崩れたことで。
その後ろに隠れていた道が現れた。
階段。
さらに下へ続いている。
「……」
俺は階段を見つめる。
《魔力感知》。
その先から。
とてつもなく大きな魔力を感じる。
だが。
その魔力の周囲には。
黒い魔力だけではない。
別の魔力がある。
「……光?」
小さな。
とても弱い魔力。
まるで。
黒い魔力を抑え込んでいるような。
「キラ?」
父さんが声をかける。
「この先に何かある」
「危険か?」
「……かなり」
ギルドマスターが考える。
「今日はここまでだ」
「え?」
「これ以上進むのは危険すぎる。街の状況もまだ安定していない」
俺も頷く。
確かに今は、街へ戻る必要がある。
だが。
階段を見ていると。
妙な感覚があった。
呼ばれているような。
そんな感覚。
俺は階段の先を見る。
そして。
小さな声が聞こえた。
『……キラ……』
「……!」
俺は振り返る。
「どうした?」
父さんが聞く。
「今……」
「?」
誰も聞いていない。
でも。
確かに。
俺の名前を呼んだ。
---
俺たちが地上へ戻ったあと。
誰もいなくなった地下施設。
崩れた黒い柱の奥。
さらに深い場所。
そこに巨大な扉があった。
その扉には。
新しい亀裂が一本。
――ピシッ。
亀裂の奥から。
わずかに光が漏れる。
黒い魔力ではない。
白い光。
そして。
扉の向こうから。
『……ようやく……』
小さな声。
『……見つけた……』
その直後。
扉全体が。
――ドンッ!
大きく揺れた。
そして。
【封印強度】
【18% → 12%】
表示が消える。
封印は、さらに弱くなっていた。
第21話 終




