243話 生きていた
――魔境国デダルク。
黒い魔術師との戦いを終えたキラ。
黒い騎士を倒したレティシア。
黒いハンターを倒したエリス。
三人は、崩れた街の中に立っていた。
「…………」
誰も口を開かなかった。
身体は限界だった。
キラの肩には深い傷。
レティシアの全身には無数の切り傷。
エリスもまた、黒いハンターとの激戦で身体中が傷だらけになっている。
三人とも、立っているだけで精一杯だった。
「……はぁ……」
キラが息を吐く。
「……みんな、よく生きてたな」
「ほんとだよ……」
レティシアが剣を地面に突き立てる。
「あと少し遅かったら……私、倒れてた」
エリスも弓を下ろした。
「私も……です」
三人が互いの顔を見る。
その時――。
「キラさぁぁぁん!!」
遠くから、慌てた声が響いた。
「――!」
キラが振り返る。
瓦礫の向こうから、二人の人影が走ってくる。
「セリーナ!」
「キラさん!」
セリーナだった。
その隣には――。
「……ジュダ」
魔王ジュダ。
二人ともこちらへ向かって走っている。
セリーナは三人の姿を見た瞬間、顔を青ざめさせた。
「ひ、ひどい怪我です!」
「大丈夫だって」
キラが笑う。
「大丈夫じゃありません!」
セリーナが即座に言い返す。
「全然大丈夫じゃないです!」
「…………」
キラは黙った。
レティシアも苦笑する。
「セリーナ、怒ってる?」
「怒ってません!」
「怒ってるじゃん」
「心配してるんです!」
セリーナは三人の前に立つ。
そして――。
両手を広げた。
「すぐ治します!」
淡い聖なる光が溢れ出す。
「ヒール――!」
パァァァァァ……。
光が三人を包み込む。
キラの肩の傷がゆっくり塞がっていく。
レティシアの腕や脚の傷も消えていく。
エリスの傷も次々と癒えていく。
「…………」
キラは身体に広がる温かさを感じながら、目を閉じた。
「……やっぱり、セリーナの回復魔法はすげぇな」
「当然です!」
セリーナは少しだけ胸を張る。
「私だって聖女なんですよ!」
「はいはい」
「はいは一回です!」
「はい」
「よろしいです」
レティシアが笑う。
「元気になったね、セリーナ」
「はい!」
そのやり取りを見ながら――。
ジュダは黙って周囲を見回していた。
「…………」
赤い瞳が、崩れた建物を一つずつ追っていく。
瓦礫。
倒れた柱。
焼け焦げた地面。
黒い魔力の残滓。
そして――。
「……待て」
ジュダが突然立ち止まった。
「どうした?」
キラが振り返る。
ジュダは遠くの瓦礫を見ていた。
「……あそこに何かいる」
「何か?」
「人間だ」
「――!」
キラたちの表情が変わる。
ジュダが歩き出す。
「待って!」
キラたちも後を追った。
瓦礫を越える。
崩れた壁を回り込む。
そして――。
「…………!」
誰かが倒れていた。
地面に仰向けになっている。
金色の髪。
「……金髪?」
レティシアが目を細める。
「どこかで……」
エリスも近づく。
「…………」
キラは足を止めた。
胸が――。
ドクン。
大きく鳴った。
「……嘘だろ」
その人物の顔が見えた。
金色の髪。
傷だらけの身体。
そして――。
「…………」
キラの目が大きく見開かれる。
「アシュレイン……?」
「――!」
レティシアが息を呑む。
「え……?」
エリスも固まった。
「そんな……」
そこに倒れていたのは――。
かつて世界を守った三人の英雄。
剣聖。
アシュレインだった。
「…………」
キラはゆっくり近づく。
膝をつく。
「アシュレイン……」
返事はない。
身体中に傷。
服はボロボロ。
血も乾いている。
「生きてるのか……?」
キラが手を伸ばす。
その時。
「…………」
アシュレインの指が――。
ほんの少し動いた。
「――!」
キラが息を呑む。
「アシュレイン!」
アシュレインの瞼がゆっくりと開いた。
「…………」
ぼんやりとした視線。
焦点の合わない目。
それでも――。
その目は、キラを捉えた。
「……キラか……」
「!」
「アシュレイン!」
キラが身体を支える。
「俺が分かるのか!?」
アシュレインの口元がわずかに動いた。
「……ああ」
苦しそうな呼吸。
そして――。
小さく笑う。
「……さすが……」
「…………」
キラの目が見開かれる。
「何が……」
「……お前なら……」
アシュレインの声は、かすれていた。
「……ここまで……来ると……思ってた……」
「アシュレイン!」
キラが呼びかける。
しかし。
「…………」
アシュレインの目が閉じる。
「おい!」
キラが肩を揺らす。
「アシュレイン!」
返事はない。
セリーナがすぐに駆け寄る。
「キラさん、動かさないでください!」
「セリーナ……!」
セリーナがアシュレインの胸元に手を当てる。
「……生きています」
「本当か!?」
「はい」
セリーナは頷く。
「でも……かなり危険な状態です」
キラは拳を握った。
「…………」
死んだと思っていた。
ずっと。
もう二度と会えないと思っていた。
それなのに――。
「……生きてた」
キラが小さく呟く。
レティシアも目を潤ませる。
「……アシュレイン」
エリスは黙って彼を見つめていた。
そして――。
「……!」
エリスが突然顔を上げる。
「リゼッタ……!」
「……!」
キラが振り向く。
「どうした?」
「私……戦っていた場所に戻ります!」
エリスは弓を握る。
「リゼッタが……!」
「エリス!」
キラが呼ぶ。
だがエリスはすでに走り出していた。
「待って!」
セリーナが叫ぶ。
しかし――。
「必ず戻ってきます!」
エリスは振り返らずに走っていった。
「…………」
キラはその背中を見送る。
「リゼッタ……」
――――――――――
エリスは走っていた。
崩れた街を抜ける。
瓦礫を飛び越える。
「はぁ……はぁ……!」
足が痛い。
それでも止まれない。
黒いハンターとの戦い。
最後に放った矢。
相手が崩れた瞬間。
その直前まで――。
確かに、もう一人の気配を感じていた。
「リゼッタ……!」
エリスは戦場へ戻る。
そして――。
「…………」
足が止まった。
そこには。
一本の弓が落ちていた。
「……!」
エリスが駆け寄る。
「この弓……」
見覚えがある。
何度も見た。
何度も触れた。
何度も教えてもらった。
「……リゼッタの……」
エリスは弓を拾う。
その瞬間。
「…………」
少し離れた瓦礫の陰。
誰かが倒れていた。
オレンジ色の髪。
「――!」
エリスの呼吸が止まる。
「……リゼッタ……?」
そこにいたのは――。
弓王リゼッタだった。
「リゼッタ!!」
エリスが駆け寄る。
「リゼッタ!」
リゼッタは動かない。
「……!」
エリスが肩に手を置く。
「師匠! 聞こえますか!?」
返事はない。
「嫌……」
エリスの声が震える。
「お願い……」
その時――。
「エリス!」
後ろから声がする。
セリーナだった。
アシュレインの治療を一度止め、キラたちと共に急いで追ってきたのだ。
「セリーナ……!」
「そこをどいてください!」
セリーナがリゼッタの前に膝をつく。
手をかざす。
「…………」
聖なる光。
パァァ……。
傷を確認する。
「……生きています」
「――!」
エリスの目から涙が落ちた。
「本当に……?」
「はい」
セリーナは真剣な表情で頷く。
「でも……アシュレインさんと同じです」
「…………」
「かなり危険な状態です」
エリスは唇を噛んだ。
「リゼッタ……」
セリーナの手から、さらに強い光が溢れる。
「大丈夫です」
「私が治します」
「絶対に……」
「絶対に助けます」
パァァァァァ……。
光がリゼッタの身体を包む。
傷が少しずつ塞がっていく。
「…………」
エリスはただ見守る。
そこへ――。
「…………!」
エリスが顔を上げる。
少し離れた場所。
瓦礫の下から――。
青い髪が見えた。
「……リリー?」
「――!」
キラも目を見開く。
「まさか……」
エリスが走る。
瓦礫をどかす。
「……リリーさん!」
そこには――。
大賢者リリーが倒れていた。
身体中に傷。
衣服もボロボロ。
完全に意識を失っている。
「リリー……」
エリスの声が震える。
「三人とも……」
かつて死んだと思っていた。
剣聖アシュレイン。
弓王リゼッタ。
大賢者リリー。
「……生きてた」
キラが呟いた。
「全員……」
セリーナはリゼッタの治療を続けながら、リリーへ視線を向ける。
「キラさん」
「分かってる」
キラは頷いた。
「リリーも頼む」
「はい!」
セリーナはすぐにリリーの治療へ向かう。
「…………」
聖なる光が二人を包む。
エリスはその場に座り込みそうになる。
「師匠……」
震える手でリゼッタの手を握る。
「帰りましょう……」
返事はない。
それでも。
「今度こそ……」
涙を拭う。
「私が……守りますから……」
――――――――――
しばらくして。
「ここに留まるのは危険だ」
ジュダが言った。
周囲にはまだ敵の気配が残っている。
キラも頷く。
「そうだな」
三人の英雄が生きている。
それが分かっただけでも大きい。
だが、今は治療が最優先だ。
「一度、魔王城へ戻ろう」
「はい」
セリーナが答える。
こうして――。
キラたちは、重傷を負った三人を連れてデダルクを離れた。
魔王城へ。
――――――――――
夜。
魔王城。
静かな治療室。
ベッドが三つ並んでいる。
アシュレイン。
リゼッタ。
リリー。
三人とも眠ったままだ。
セリーナは一人ずつ状態を確認していく。
「……まだ安心はできません」
キラたちは黙って見守っていた。
レティシアも腕を組みながら、じっと三人を見る。
エリスはリゼッタの横から離れない。
「……師匠」
その手を握る。
「…………」
リゼッタは眠ったまま。
ジュダは部屋の入口に立っていた。
「明日になれば、何か変化があるかもしれぬ」
「そうだな」
キラは頷いた。
「今日は……休もう」
長い戦いだった。
誰もが限界だった。
その夜。
キラたちはようやく眠りについた。
――――――――――
そして。
翌朝。
「…………」
キラの瞼が動いた。
「ん……」
ゆっくりと目を開ける。
天井。
魔王城の治療室。
「…………」
キラは身体を起こす。
そして――。
「アシュレイン!」
ベッドを見る。
「…………」
アシュレインはまだ眠っている。
だが。
呼吸している。
キラは少しだけ安心する。
隣を見る。
レティシアも目を覚ましていた。
「……おはよう」
「おう」
さらに。
「……ん……」
エリスも目を開ける。
「…………」
三人は顔を見合わせる。
そして――。
キラが小さく笑った。
「……朝か」
レティシアも笑う。
「うん」
エリスはリゼッタの手を握ったまま。
「……師匠も、まだ生きてます」
「そうだな」
キラは頷いた。
三人は――。
ようやく少しだけ。
長い戦いの終わりを感じていた。
だが。
魔境の奥では――。
まだ、何かが動いている。
第243話 終




