238話 3つの黒い影
――魔境国デダルク。
キラは、ついにその街へ足を踏み入れていた。
「…………」
静かだった。
あまりにも――静かすぎる。
街の入り口から続く大通り。
左右には、かつて人々が暮らしていたであろう建物が並んでいる。
だが、そのほとんどが崩れていた。
壁は黒く焼け焦げ。
窓は割れ。
扉は半分ほどが吹き飛んでいる。
道には瓦礫が散らばり、風が吹くたびに砂埃が舞い上がった。
「…………魔境軍は?」
キラは周囲を見回す。
誰もいない。
兵士も。
魔族も。
魔物すら――いない。
聞こえるのは、風の音だけ。
「妙だな……」
キラは腰の剣に手を添えた。
一歩。
また一歩。
街の奥へ進んでいく。
足音だけが、廃墟となった街に響く。
カツ……。
カツ……。
カツ……。
「…………」
建物の影。
路地。
屋根の上。
キラは全てを警戒する。
空間認知を広げる。
――反応なし。
「本当に誰もいない……?」
その瞬間。
「――いや」
低い声が響いた。
キラの足が止まる。
「いるぞ」
――ズン。
街の奥から、巨大な影が現れた。
ゆっくりと歩いてくる。
黒い鎧。
巨大な身体。
その手には、巨大な斧。
一歩踏み出すたびに――
ズシン。
ズシン。
地面が震える。
そして男は、キラの前で立ち止まった。
「我が名は――」
兜の奥から、鋭い目が覗く。
「魔境将軍ガムラン!」
声が街全体に響き渡る。
「ここまで来たことを褒めてやろう」
キラは少しだけ目を細める。
「ありがとう」
「…………」
ガムランが固まった。
「……何?」
「褒めてくれたんだろ?」
キラは肩をすくめる。
「ありがとう」
「…………」
ガムランの眉間に皺が寄る。
「貴様……」
「何?」
「緊張感がないな」
「いや、礼儀は大事だろ」
「…………」
ガムランは大きく息を吐いた。
「まあいい」
巨大な斧を肩に担ぐ。
「だが、一つ言っておこう」
「?」
ガムランの魔力が――膨れ上がった。
ゴォォォォォ……!
大地を這うような赤黒い魔力。
空気が震える。
「我を――ゲンブと一緒にしないことだ」
キラの表情が変わる。
「……ゲンブ?」
「そうだ」
ガムランは笑った。
「あの男は魔境将軍の中でも――弱い」
「…………」
キラの目が細くなる。
「弱い?」
脳裏に浮かぶ。
――エリスと戦ったゲンブ。
エリスが全力を出し。
魔力を使い果たし。
最後には自らの力を暴走させるほど追い詰められた相手。
それが――
「……あいつが弱いって?」
「そうだ」
ガムランは即答した。
「魔境将軍の中ではな」
「…………」
キラは剣を抜いた。
ギィン――。
「なるほど」
切っ先をガムランへ向ける。
「じゃあ……確かめてみるか」
「いいだろう!」
ガムランが斧を構えた。
「貴様ら人間が、我々魔境軍に歯向かったことを――」
「後悔させてやる!」
――ドンッ!!
ガムランの巨体が消えた。
「――速い!」
次の瞬間。
キィィィィン!!
キラの剣と斧が激突した。
凄まじい衝撃。
地面が蜘蛛の巣状にひび割れる。
「ぐっ……!」
キラの身体が数メートル後ろへ押し飛ばされる。
だが――
空中で身体を回転。
着地。
ズザザザッ!
「…………」
キラは剣を握り直した。
「なるほど」
ガムランが笑う。
「今ので終わりではないぞ!」
――ブォン!!
横薙ぎ。
キラは身体を沈める。
頭上を斧が通過。
そのまま懐へ潜り込む。
「はっ!」
斬撃。
ガキィン!
ガムランの鎧が弾く。
「硬い……!」
「それだけではない!」
ガムランが肘を叩き込む。
キラは剣で受ける。
ドゴォン!!
「ぐっ!」
吹き飛ぶ。
壁に激突。
バキバキッ!
「…………」
立ち上がる。
「強いな」
ガムランは笑う。
「ようやく理解したか!」
「いや」
キラは剣を下ろした。
「だからこそ――」
右手を広げる。
「これを使う」
――パァァァァ……!
キラの背中から、巨大な光の翼が広がった。
純白の羽。
その一枚一枚に、神聖な光が宿る。
「スキル――」
光がキラを包む。
「天使の羽衣」
――ドンッ!!
空気が震えた。
ガムランの笑みが消える。
「…………なんだ、それは」
キラは答えない。
次の瞬間――
消えた。
「な――」
ガキィィィン!!
ガムランの斧が弾き飛ばされた。
「ぐおっ!?」
キラの剣が、ガムランの鎧を斬り裂く。
同時に――
ズドォォォン!!
光属性魔法。
セレスティアル・レイ。
極太の光線がガムランを正面から貫く。
「ぐああああああっ!!」
ガムランが吹き飛ぶ。
瓦礫を巻き上げながら地面を転がる。
「ぐ……!」
立ち上がろうとする。
しかし――
キラはすでに目の前。
「遅い」
「――ッ!」
斬撃。
一閃。
二閃。
三閃。
ガムランの身体が大きく弾かれる。
「これが……」
ガムランが血を吐きながら笑う。
「貴様の……本当の力か……!」
「まだだ」
キラが剣を構える。
炎。
水。
風。
大地。
雷。
光。
闇。
七つの属性が同時に周囲へ展開される。
「――魔法剣術」
七属性の魔力が剣へ集束。
ガムランが目を見開いた。
「…………!」
「終わりだ」
――ズガァァァァァン!!
光と魔力と斬撃が同時に炸裂した。
ガムランの巨大な身体が宙へ舞う。
黒い鎧が砕ける。
魔力が霧散する。
「ぐ……」
ガムランは膝をついた。
そして――
「……はは」
笑った。
「見事だ……」
キラは剣を下ろす。
「…………」
「だが……」
ガムランの身体が、赤黒い粒子へと変わり始める。
「後悔するが良い……」
「…………」
「我々に……歯向かったことを……」
ガムランは笑いながら――
「貴様らは……」
身体が完全に光の粒子へ変わる。
「……必ず……」
――消えた。
「…………」
静寂。
再び、デダルクに静けさが戻った。
キラはしばらくガムランが消えた場所を見つめていた。
「…………」
そして。
「我々……か」
その言葉が引っかかる。
魔境将軍は六人。
その一人を倒した。
だが――
まだ残っている。
その瞬間。
――コツ。
足音。
キラの顔が上がる。
「…………!」
街の奥。
崩れた建物の間から――
三つの影が歩いてくる。
一つ。
巨大な身体。
全身を真っ黒な鎧で包んだ騎士。
一つ。
黒いローブ。
長い杖を持った魔術師。
そして――
一つ。
長い弓を持つハンター。
三人とも――
全身が黒い。
顔すら見えない。
ただ、その身体から漏れ出す魔力だけが――異常だった。
「…………」
キラは剣を構え直す。
三人が止まる。
「お前たちは……?」
答えはない。
騎士が剣を抜いた。
――ギィィン。
魔術師が杖を掲げる。
ゴォォォ……。
ハンターが弓を引く。
ギリ……。
空気が変わった。
「…………」
キラは直感した。
――こいつらは、ガムランとは違う。
三人。
それだけなのに。
まるで――
一つの巨大な魔物と戦っているような圧力。
キラは再び――
「天使の羽衣」
白い翼を展開する。
光が身体を包む。
「来い」
――シュンッ!!
ハンターの矢が飛んだ。
「!」
キィン!!
キラの羽衣が矢を弾く。
だが――
「……!」
弾かれた矢が空中で軌道を変えた。
「追尾……!」
キラが身を翻す。
ヒュンッ!
二本目。
三本目。
四本目。
四方八方から矢が迫る。
キラは剣で叩き落とす。
キィン!
キィン!
キィン!
その瞬間。
「――そこだ」
魔術師の声。
地面が爆発した。
ドゴォォォン!!
「ぐっ!」
キラが宙へ跳ね上がる。
そこへ――
黒騎士。
「――ッ!」
一瞬で距離を詰める。
「速い!」
ガキィィィン!!
剣と剣が激突。
「ぐ……!」
キラの身体が押される。
そのまま黒騎士が連撃。
一撃。
二撃。
三撃。
キラは受け流す。
キィン!
キィン!
だが――
背後。
矢。
「――!」
キラは身体を捻る。
矢が頬を掠めた。
「くっ!」
その瞬間、魔術師の魔法が完成する。
「――ブラック・グラビティ」
ドォォォォン!!
重圧。
キラの身体が地面へ叩きつけられる。
「ぐあっ!」
地面が陥没する。
天使の羽衣が激しく光る。
――攻撃を反射。
だが。
三人は止まらない。
黒騎士が迫る。
ハンターが弓を引く。
魔術師が次の魔法を構築する。
「…………!」
キラは立ち上がった。
「三人が……」
剣を構える。
「完全に連携している……!」
黒騎士が斬り込む。
キラは受ける。
ガキィン!!
ハンターの矢。
キラは身を捻る。
魔術師の魔法。
キラは剣を振り抜いて魔法を弾く。
だが――
その隙に黒騎士の蹴りが腹へ入る。
ドゴォッ!!
「ぐっ……!」
吹き飛ぶ。
瓦礫を突き破る。
「く……!」
キラは立ち上がる。
天使の羽衣は健在。
なのに――
押されている。
圧倒的な強さ
「…………」
キラは三人を睨む。
黒騎士。
魔術師。
ハンター。
誰一人として言葉を発さない。
ただ――
確実に。
少しずつ。
キラを追い詰めていく。
「……こいつら」
キラが剣を握り直す。
「ガムランより――」
三人が同時に動く。
「――明らかに強い!」
次の瞬間。
三方向から――
殺意が迫った。
デダルクの静かな街に、
再び――
戦いの轟音が響き渡った。
第238話 終




