232話 やれることは全部やる
――魔人国・城門前。
「――まだまだ来るヨ」
パオは戦場の中央に立っていた。
その周囲には――
無数のアンデット。
そして、そのさらに向こう側には魔境軍。
数え切れないほどの敵が、黒い霧の向こうから押し寄せていた。
「進むヨ!」
パオが手を振る。
「行くヨ、死者たち!」
「…………」
ズズズズズ……。
アンデットたちが一斉に動き出す。
倒れていた魔境兵の死体まで立ち上がり、仲間だった者へ襲い掛かっていく。
戦場は混乱していた。
「う、うわぁぁぁ!」
「なんだこいつら!」
「倒したはずだぞ!?」
「死体が動いている!!」
魔境軍の進軍速度が明らかに落ちていく。
パオはその様子を眺めながら、軽く息を吐いた。
「これなら……まだ時間は稼げるヨ」
しかし――
その時だった。
「…………?」
パオが顔を上げる。
魔境軍の動きが変わった。
先ほどまで押し寄せていた軍勢が――
一斉に後退を始めた。
「…………?」
パオは目を細める。
「引いていくヨ……?」
魔境軍は戦場から離れていく。
追撃するような動きもない。
ただ、黒い霧の向こうへと戻っていく。
「…………」
パオはしばらく眺めていた。
やがて――
「まあ、いいヨ」
パチン。
指を鳴らす。
「お前たちは、ここに残るヨ」
命令を受けたアンデットたちは、その場に残った。
魔境軍が戻ってくる可能性に備え、城門周辺を固める。
パオ自身は振り返った。
「私は戻るヨ」
――――――――――
城内。
キラたちは、作戦会議を続けていた。
机の上には、魔人国周辺の地図。
その横には、デダルク周辺の簡易地図まで広げられている。
「…………」
キラは地図を見つめていた。
レティシア。
エリス。
セリーナ。
ジュダ。
そしてジオウ。
全員が集まっている。
そこへ――
「戻ったヨ」
パオが入ってきた。
「パオ!」
セリーナが振り向く。
「お疲れ様です!」
「疲れてないヨ」
パオは椅子に座る。
そして、地図を見ながら口を開いた。
「魔境軍、引いたヨ」
「引いた?」
ジュダが眉をひそめる。
「どういうことだ?」
「分からないヨ」
パオは首を横に振った。
「でも、ひとつ分かったことがあるヨ」
「何だ?」
キラが尋ねる。
パオは少し真剣な表情になる。
「あそこに、強力な奴らはいないヨ」
「…………!」
部屋の空気が変わった。
「本当に?」
レティシアが身を乗り出す。
「そうヨ」
パオは頷く。
「私が見た限りでは、あの軍勢の中に特別強い存在はいなかったヨ」
「ということは……」
エリスが呟く。
「少なくとも今、魔人国まで来ている軍勢は普通の魔境兵が中心……」
「そういうことヨ」
パオが答える。
ジュダは腕を組んだ。
「ならば――」
少し考え。
「魔人族だけでも、何とかなるかもしれぬな」
「うん」
キラも頷いた。
「それなら、俺たちはこれからできる準備に集中できる」
キラは地図へ視線を落とした。
「決戦は――デダルクだ」
――――――――――
その言葉を合図に。
魔人国は本格的な戦争準備へ入った。
城内では兵士たちが慌ただしく動き始める。
「城壁の補修を急げ!」
「食料を確認!」
「負傷者用の部屋を確保しろ!」
「武器と防具を各部隊へ!」
「見張りを増やせ!」
次々と指示が飛び交う。
鍛冶場では武器が作られ、倉庫では食料や薬品が運び出されていく。
魔人兵たちも、それぞれの持ち場へ向かっていく。
そして――
キラたちは別の準備を始めていた。
「問題は……」
キラが地図を指差す。
「どうやってデダルクへ入るかだ」
「…………」
全員が地図を見る。
デダルク。
魔境門が存在する、最後の拠点。
そこを突破しなければ、魔境へ入ることはできない。
しかし――
「敵が多すぎる」
レティシアが言った。
「一万以上……だったよね」
「そうヨ」
パオが答える。
「確認されているだけでも一万以上ヨ」
「一万……」
セリーナが小さく呟く。
キラは地図の一点を指でなぞる。
「正面から突破するのは厳しい」
「なら、別の入口を探す?」
エリスが尋ねる。
「それも考えている」
キラは頷いた。
「だけど、デダルク周辺の地形はほとんど分かっていない」
「魔境との繋がりが深い場所だからな」
ジュダが続ける。
「だが私が知る限り、まともに入れる場所は正門だけだ」
「…………」
沈黙。
つまり――
正門を突破するしかない。
それが今の結論だった。
だが。
ジュダが低い声で続ける。
「もう一つ問題がある」
「強敵……」
エリスが察する。
ジュダは頷いた。
「そうだ」
地図のさらに奥。
デダルクの中心部。
「アシュレインを倒したほどの存在が、あそこにはいる」
「…………」
空気が重くなる。
レティシアが拳を握った。
「剣聖を……」
「倒した」
ジュダが言う。
「いや」
少し間を置く。
「正確には――」
「アシュレインたちを倒せるほどの力を持った何者かがいた」
キラは黙って聞いていた。
「その正体は?」
ジュダは首を横に振る。
「分からぬ」
「名前も?」
「分からぬ」
「姿は?」
「それも分からぬ」
「…………」
キラは眉を寄せる。
アシュレイン。
リゼッタ。
リリー。
かつて世界を守った三人。
その三人が命を懸けて戦い――
そして帰ってこなかった。
その理由となった存在。
「情報が足りなすぎるな……」
キラが呟く。
エリスも地図を見ながら言った。
「敵の数だけなら、作戦でどうにかできるかもしれない」
「でも、その正体不明の強敵がいるなら……」
「突破した瞬間に、そいつが出てくる可能性がある」
レティシアが続ける。
「それに、一万人以上を相手にしながら、そんな奴まで出てきたら……」
「かなり厳しいね」
エリスが言った。
セリーナは不安そうに地図を見つめる。
「その人……」
「どれくらい強いんでしょう……」
誰も答えられない。
それが一番怖かった。
強さが分からない。
能力も分からない。
姿すら分からない。
ただ一つだけ分かっている。
――剣聖アシュレインを倒せるほどの存在。
キラはしばらく黙っていた。
そして――
「だからこそ」
全員がキラを見る。
「戦う前に、できるだけ情報を集める」
「デダルクの地形」
「敵の配置」
「魔境軍の指揮系統」
「そして――」
キラの指が、地図の奥を指す。
「アシュレインたちを倒した奴について」
ジュダが頷く。
「問題は、その情報をどうやって手に入れるかだな」
「うん」
キラは立ち上がった。
「だから、今できることを全部やる」
窓の外を見る。
魔人国では、兵士たちが戦争の準備を続けていた。
そして遠く――
デダルクの方向。
そこには黒い雲が広がっている。
まるで世界の果てそのものだった。
「一万人以上の敵」
「魔境門」
「正体不明の強敵」
キラは静かに呟く。
「全部まとめて――突破する」
レティシアが笑う。
「それでこそキラだね」
エリスも頷く。
「私も準備する」
セリーナは小さく拳を握った。
「私も……頑張ります!」
ジュダは腕を組みながら、キラを見る。
「……絶対に無茶をするなよ」
「分かってる」
「本当だろうな?」
「たぶん」
「たぶんではない!」
ジュダが声を荒らげる。
そのやり取りを見て、パオが小さく笑った。
「準備は整いつつあるヨ」
しかし――
誰もまだ知らない。
魔境の城では。
今まさに――
かつて世界を守った存在が、黒の力によって目覚めようとしていることを。
そして。
その存在の名は――
アルテミス。
世界の命運を左右する戦いは、
静かに最終局面へ向かっていた。
第232話 終




