223話 じゃんけんぽん!
アークを出発してから数日。
キラたちは、次なる目的地へ向かっていた。
目指す場所は――魔境国デダルク。
そこは現在、魔境軍に占領されている。
神の書が示した最終目的。
「聖の世界からの排除」
そのためには、デダルクを奪還しなければならない。
しかし、いきなり魔境へ向かうわけではない。
まずは同盟国であるオギデストラへ入り、そこからマニルを通り、魔族国を越えてデダルクへ向かう。
馬車が街道を進み、やがてオギデストラの城壁が見えてきた。
「見えてきたな」
キラが馬車の窓から外を見る。
「オギデストラ!」
レティシアが身を乗り出す。
「久しぶりだなぁ」
エリスも窓の外を眺める。
ジュダは腕を組みながら、
「ここを抜ければマニルか」
「はい。そこから魔族国を通ってデダルクへ向かいます」
セリーナが地図を確認する。
「ながいたびでしゅ……」
「まだ始まったばかりだけどな」
キラが苦笑する。
「お腹すいたでしゅ」
「もう!?」
レティシアが突っ込んだ。
そんなやり取りをしながら、一行はオギデストラへ入った。
---
城へ向かうと、入り口で一人の男が待っていた。
大柄な体。
鍛え上げられた肉体。
腰には剣。
そして、その鋭い目。
「久しぶりだな、キラ」
オギデストラ騎士団長――ガルディオだった。
「ガルディオ」
キラが笑う。
「元気そうだな」
「ああ。お前たちの話は聞いている」
ガルディオは五人を見る。
キラ。
レティシア。
エリス。
セリーナ。
そして――
「……魔王までいるとはな」
ジュダが眉を上げる。
「私は今やキラたちの仲間だ」
「聞いている。こちらとしても、お前たちとの同盟は正式に認めている」
ガルディオは拳を胸に当てた。
「オギデストラ騎士団を代表して歓迎する」
「ありがとう」
キラが答える。
その横から、
「あー……」
気の抜けた声が聞こえた。
「おー、キラじゃん」
「アニー」
オギデストラ最強格の冒険者、アニーだった。
相変わらずのんびりした雰囲気。
「久しぶりだねぇ……」
「元気そうだな」
「まあ、そこそこ……だるいけど」
「お前は相変わらずだな」
キラが笑う。
そしてアニーの隣には二人。
「オラオラァ! キラじゃねぇか!」
豪快な声を上げたのはフォン。
槍を背負った男だ。
「おう、久しぶりだ!」
「オラオラ系なのは相変わらずだな」
「なんだそれ!」
そして最後に、
「キラたちって、今すごいことになってるんでしょ?」
明るい声。
赤い髪を揺らしながら、少女が笑う。
赤魔導士――コニス。
「まあ、色々あったな」
「へぇー! あとで聞かせてよ!」
「時間があればな」
五人はそれぞれオギデストラの仲間たちと挨拶を交わした。
---
その後、キラたちはオギデストラ国王へ謁見した。
「よく来たな、キラ殿」
「お久しぶりです」
「そなたたちの活躍は聞いている。魔族との同盟、そして世界を脅かす魔境軍との戦い……」
国王は五人を見渡した。
「此度の旅が無事に進むことを願っている」
「ありがとうございます」
キラが頭を下げる。
ジュダも静かに頭を下げた。
「デダルクを取り戻すことが、世界を守ることにつながるならば、我々は協力を惜しまぬ」
国王は力強く頷いた。
「頼んだぞ」
「はい」
こうして国王への挨拶を終えたキラたちは、城を出る。
次に向かったのは――冒険者ギルドだった。
---
ギルドへ入った瞬間。
受付嬢がキラたちを見るなり、驚いた。
「えっ……!」
「どうした?」
「キラ様……!」
その声に、周囲の冒険者たちも振り返る。
「本物だ……」
「Sランクパーティー……」
「魔王までいるぞ……」
そんなざわめきの中、受付嬢が慌てて近づいてきた。
「実は……お願いしたいことがあるんです!」
「お願い?」
「はい!」
受付嬢は真剣な顔になる。
「最近、この近辺にブラッドスパイダーが出没しているんです」
「ブラッドスパイダー?」
エリスが聞き返す。
「S+ランクの魔物です」
「S+……」
レティシアが少しだけ笑う。
「結構強いじゃん」
受付嬢は頷いた。
「はい……。何人もの冒険者が挑戦しましたが、討伐できていません」
「アニーたちも戦ったんだよ」
受付嬢が振り返る。
「あー……うん」
アニーが頭をかく。
「俺たちもやったけどねぇ……」
フォンが腕を組む。
「オラオラァ! あいつ、硬すぎんだよ!」
コニスも苦笑する。
「魔法を当てても全然効かないのよ」
「それで今も討伐できていない、と」
キラが確認する。
「はい……」
受付嬢は深く頭を下げた。
「どうか、討伐をお願いできませんか?」
キラは仲間を見る。
五人とも――
特に反対する様子はなかった。
「分かった。受けよう」
「ありがとうございます!」
こうして、キラたちはブラッドスパイダー討伐へ向かうことになった。
---
森の奥。
木々が不自然なほど静まり返っている。
風が止まる。
鳥の声もない。
「……いる」
エリスが足を止めた。
「どこ?」
レティシアが周囲を見る。
エリスは上を指差した。
「上」
全員が顔を上げる。
――ズズズズズッ……。
木々の間から、巨大な蜘蛛が姿を現した。
赤黒い外殻。
八本の巨大な脚。
口元から滴る赤い液体。
そして何より――
「デカいな」
キラが呟く。
全長十メートルを超える巨体。
その目がギョロリと動き、五人を捉える。
「キィィィィィィィィッ!!」
森全体を震わせる咆哮。
フォンが槍を構える。
「来やがったなァ!」
アニーも召喚の準備をする。
コニスが杖を握る。
「油断しないで!」
だが。
レティシアは――笑っていた。
「……ねぇ」
「ん?」
「こんなやつ」
レティシアは二本の剣に手を置く。
「皆でやる必要ないよね?」
ニヤッ。
「え?」
アニーが固まった。
レティシアが続ける。
「一人で十分でしょ?」
「いやいやいや……」
アニーが苦笑する。
「相手S+だよぉ……?」
「だからって五人全員で戦うほどじゃないって」
「え?」
フォンが目を丸くする。
「マジかよ……」
レティシアは振り返る。
「じゃあ決めよう!」
「どうやって?」
エリスが聞く。
レティシアは拳を握った。
「じゃんけん!」
「…………」
キラ。
エリス。
セリーナ。
ジュダ。
全員が沈黙。
そして。
「いいね」
キラが笑った。
「じゃんけんで負けた奴が戦う」
「決まり!」
レティシアが手を出す。
「じゃーん!」
五人が手を構える。
「けーん!」
――ポン!
キラ、グー。
レティシア、グー。
エリス、グー。
ジュダ、グー。
セリーナ、チョキ。
「……」
「……」
「……」
「……」
「え?」
セリーナが自分の手を見る。
レティシアが笑った。
「セリーナの勝ち!」
「えっ!?負けてますよ?!」
セリーナが目を丸くする。
アニーたちは――
完全に引きつった顔をしていた。
「あー……」
アニーが頭を抱える。
「これ……大丈夫かなぁ……」
フォンも冷や汗。
「いやいや、待て待て!」
コニスも心配そうにセリーナを見る。
「セリーナちゃん、戦えるの?」
セリーナは胸を張った。
「はい!」
そして拳を握る。
「私は戦闘苦手ですけど、がんばります!」
「「「余計心配だ!!」」」
アニーたち三人が同時に叫んだ。
レティシアは笑っている。
「大丈夫だって!」
キラも苦笑する。
「まあ、見てれば分かる」
ジュダも腕を組む。
「心配する必要はない」
「いやいやいや……」
アニーがブラッドスパイダーを見る。
「相手、S+なんだけどなぁ……」
---
ブラッドスパイダーが脚を大きく振り上げる。
ズドォン!!
地面が砕けた。
「キィィィィッ!!」
八本の脚が一斉に動く。
巨体が一気にセリーナへ迫る。
「セリーナ!」
アニーが叫ぶ。
しかし。
セリーナは動かなかった。
ただ静かに敵を見る。
「……」
ブラッドスパイダーが目前まで迫る。
その瞬間。
セリーナは両手をゆっくりと顔の前へ持っていった。
そして――
人差し指と中指を使い、
両手でダイヤの形を作る。
「……聖なる力よ」
空気が変わった。
「え?」
アニーが目を見開く。
セリーナの周囲に光が集まっていく。
眩しい。
凄まじい聖属性の魔力。
「我が前に立ちはだかるものを――」
ブラッドスパイダーが巨大な牙を開く。
セリーナは静かに言った。
「撃ち抜け」
そして――
「ライトニングぅぅぅブラストぉぉぉぉぉぉ!!」
ドォォォォォォォォン!!!
凄まじい光が一直線に放たれた。
森が真っ白になる。
空気が震える。
地面が吹き飛ぶ。
ブラッドスパイダーの巨体が光の中へ消えていく。
「キィ――――――――」
断末魔すら最後まで響かなかった。
光が収まる。
森の奥。
そこには――
何もいなかった。
ブラッドスパイダーは完全に消滅していた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
アニー。
フォン。
コニス。
三人とも口を開けたまま固まっている。
やがてフォンが震える声を出した。
「……え?」
コニスが呟く。
「一撃……?」
アニーは頭を抱えた。
「あー……」
そして。
「これで非戦闘員かよ……」
「え?」
セリーナが振り返る。
「私、ちゃんと戦えましたか?」
アニーは遠い目をした。
「うん……」
「はい……」
コニスも頷く。
「ものすごく……」
フォンも力なく答えた。
「戦えたどころじゃねぇ……」
レティシアは腹を抱えて笑っていた。
「あははははは!」
エリスも口元を押さえる。
「セリーナ、すごいよ」
ジュダは腕を組みながら、
「当然だ。あれほどの聖なる力を持っているのだからな」
キラは笑う。
「じゃんけんで決めて正解だったな」
セリーナは嬉しそうに胸を張った。
「えへへ……」
そして。
「じゃあ帰りましょう!」
「切り替え早っ!」
レティシアが突っ込んだ。
---
街へ戻ると、キラたちはギルドへ報告した。
「ブラッドスパイダーを討伐しました」
受付嬢が目を見開く。
「えっ!?」
「討伐……完了です」
「本当に!?もうですか?!」
「うん」
レティシアが笑う。
「セリーナが一発で倒したよ」
「一発……?」
受付嬢の顔が固まる。
その後。
「ありがとうございました!!」
ギルド中から歓声が上がった。
「助かった!」
「これで森へ行ける!」
「本当にありがとうございます!」
冒険者たちが次々と頭を下げる。
セリーナは照れながら、
「い、いえ……私はたまたま……」
キラが笑う。
「たまたまでS+を一撃はないだろ」
「そうでしゅか?」
「そうだよ」
「あぅ……」
セリーナは恥ずかしそうに眼鏡を直した。
アニーたちはそんな五人を見ながら苦笑する。
「……やっぱり」
アニーが呟いた。
「この人たち、規格外だねぇ……」
フォンも頷く。
「……もう何も言えねぇ」
コニスは楽しそうに笑った。
「面白いパーティーだね!」
キラたちは皆に見送られながら、ギルドを後にした。
---
そして――
オギデストラを出る。
次の目的地は、
マニル。
その先には魔族国。
そして、そのさらに先には――
魔境国デダルク。
キラは遠くを見つめた。
「行こう」
レティシアが頷く。
「うん!」
エリスが弓を背負い直す。
「デダルク……」
セリーナも歩き出す。
「みんなで取り戻しましょう」
ジュダは静かに前を見る。
「我々の手でな」
五人は歩き続ける。
世界を取り戻すために。
そして――
5000年前から続く戦いの真実へ向かって。
第223話 終




