212話 エリス 弓を捨てた戦い
――神の試練。
何もない真っ白な世界。
そのはずなのに――
そこには、無数の魔物が蠢いていた。
「……はぁ……はぁ……!」
エリスは必死に走っていた。
背後から巨大な魔物が迫ってくる。
――ドドドドドドドドッ!!
地面を踏み砕きながら、巨大な四足獣が突進してくる。
「……っ!」
エリスは振り返る。
「――ウィンドステップ!」
――シュンッ!!
身体が一瞬で横へ流れる。
直後。
――ドォォォォン!!
魔物の爪が地面を叩き割った。
「危な……っ!」
エリスは転がりながら立ち上がる。
そして弓を構えようとした。
「……!」
手が止まる。
矢筒を見る。
「……もう……ない」
矢が一本も残っていない。
これまで何度もアルテミス・レインを撃った。
通常の魔法矢も大量に消費した。
そして――
魔力も、かなり減っている。
「どうする……」
目の前には魔物。
左右にも魔物。
後ろにも――
「……囲まれた」
S級オーバー。
一体だけでも厄介な存在。
それが何十体もいる。
エリスは唇を噛んだ。
「……仕方ない」
エリスは弓を強く握る。
そして――
「……精霊弓王」
――パァァァァァァッ!!
凄まじい光がエリスを包んだ。
空気が震える。
白と緑の光がエリスの周囲を舞う。
そして彼女の手に――
巨大な魔力の弓が現れた。
さらに。
弦に触れていないにもかかわらず――
一本の魔力の矢が生まれる。
「……行くよ」
エリスが弦を引く。
――ギリィィィィィ……。
「――撃つ!」
――ヒュンッ!!
矢が飛ぶ。
「――アルテミス・レイン!!」
一本の矢が空中で分裂する。
十。
百。
千。
無数の光の矢となって――
魔物の群れへ降り注ぐ。
――――ズガガガガガガガガガッ!!
爆発。
爆発。
爆発。
爆発。
魔物たちが次々と吹き飛ぶ。
「グォォォォォォ!!」
「ギャアアアアア!!」
白い世界が、無数の爆発に染まる。
エリスはさらに弓を引く。
「――もう一度!」
――ギリィィィィィ……!!
「アルテミス・レイン!!」
――ドドドドドドドドッ!!
またしても無数の矢。
巨大な魔物の身体を貫き、地面へ叩き落とす。
「……っ!」
エリスは息を切らす。
「まだ……!」
魔物が来る。
また来る。
「――精霊弓王!」
魔力の矢が生まれる。
放つ。
「――アルテミス・レイン!」
また放つ。
魔物が倒れる。
しかし――
倒した数以上の魔物が迫ってくる。
「……はぁ……!」
エリスの呼吸が乱れる。
「……強すぎる……!」
S級オーバー。
攻撃を一発でもまともに受ければ、致命傷になりかねない。
だからこそ。
近づかせるわけにはいかなかった。
エリスは必死に距離を取る。
撃つ。
走る。
撃つ。
避ける。
撃つ。
そしてまた走る。
「――アルテミス・レイン!」
――ズガァァァァン!!
「――っ!」
しかし。
一体の魔物が爆発を突き抜けてきた。
「なっ!?」
――ドォン!!
エリスの身体が吹き飛ばされる。
「ぐあっ……!」
地面を何度も転がる。
背中に激痛。
それでも立ち上がる。
「まだ……!」
弓を構える。
だが――
腕が震えていた。
「……重い……」
精霊弓王の力は強大だった。
だからこそ――
魔力消費も尋常ではない。
「このままじゃ……」
魔力が尽きる。
そうなれば――
終わる。
エリスは荒い息を吐きながら、迫ってくる魔物を見る。
「……どうすれば……」
また魔物が飛びかかってくる。
「――ウィンドステップ!」
シュンッ!!
ギリギリで回避。
しかし。
着地した瞬間、別の魔物が目の前にいた。
「――っ!」
「グォォォォォ!!」
エリスは咄嗟に弓を盾のように構える。
――ガギィィィィン!!
弓が弾き飛ばされる。
「しまっ――」
魔物の爪が迫る。
エリスは身体を捻る。
――ザシュッ!!
肩を浅く切り裂かれる。
「――痛っ!!」
血が飛ぶ。
だが――
エリスは止まらない。
肘を引く。
「――はっ!!」
――ドガッ!!
魔物の顎へ肘打ち。
「ギャッ!?」
さらに。
身体を回転させる。
――ドゴォッ!!
蹴り。
魔物の巨体が僅かに揺らぐ。
エリスはその隙に距離を取った。
「……そうだ」
荒い息をしながら、エリスは自分の手を見る。
「私は……弓だけじゃない」
これまで。
弓を使うことが、自分の戦いだった。
遠距離から敵を狙う。
魔法で強化する。
矢を放つ。
だが――
今は矢がない。
魔力も限られている。
弓を引くための時間さえ――
惜しい。
「……だったら」
エリスはゆっくりと片手を前へ出した。
弓を構えない。
弦も引かない。
ただ――
手を前へ。
「……こう?」
――パァァァッ。
すると。
手のひらの前に――
一本の光の矢が生まれた。
「……!」
エリスの目が見開かれる。
「できる……」
魔力で作られた矢。
弓を引く必要すらない。
「そうか……」
エリスは笑った。
「精霊弓王は……弓を引く技じゃない」
もう一度、手を前へ出す。
――パァッ。
二本。
さらに。
――パパパパパッ!!
十本。
数十本。
無数の矢が、エリスの周囲へ浮かび上がる。
「……これなら」
魔物が突進してくる。
「――撃て!!」
エリスが手を振る。
――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
魔力の矢が一斉に飛ぶ。
――ドドドドドドドドッ!!
魔物の身体に突き刺さる。
「グォォォォォ!!」
巨体が倒れる。
「……いける」
エリスは再び手を前へ。
――パァァァッ!!
矢が生まれる。
だが。
今度は――
「……待って」
エリスは魔物を見た。
距離。
呼吸。
動き。
自分の身体。
そして――
「近づいても……いいんじゃない?」
弓を使わず。
魔法だけでもない。
自分が今まで鍛えてきた――
武術。
エリスは弓を背中へ戻した。
そして両手を空ける。
「……やってみよう」
魔物が迫る。
――ドドドドドドッ!!
エリスは走る。
正面から。
「――ウィンドステップ!」
シュンッ!!
魔物の爪を紙一重でかわす。
その瞬間――
エリスの右手の前に魔力の矢が生まれる。
「――そこっ!」
――ズドッ!!
矢が至近距離から放たれ、魔物の肩を貫く。
「グォッ!?」
怯んだ瞬間。
エリスは懐へ入る。
「――はぁっ!」
――ドガッ!!
掌底。
さらに肘。
「――っ!」
身体を回転させ――
――ドゴォッ!!
蹴りを叩き込む。
魔物が後ろへよろめく。
その隙にエリスは手を伸ばす。
――パァッ!!
魔力の矢。
「――撃つ!」
――ズガァン!!
至近距離から矢が炸裂する。
魔物が吹き飛んだ。
「……!」
エリスは息を呑む。
「できる……!」
弓を使わない。
矢を手から生み出す。
そして――
武術と組み合わせる。
遠距離だけではない。
近距離でも。
「これが……私の戦い方」
エリスは立ち上がる。
だが。
その瞬間――
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……。
地面が揺れた。
エリスが振り返る。
そこには――
今までの魔物よりも遥かに巨大な存在が立っていた。
「……嘘……」
巨体。
巨大な角。
全身から放たれる凄まじい魔力。
その魔力だけで、周囲の空気が震える。
エリスは拳を握った。
「……まだ……終わってない」
魔力は少ない。
身体も傷だらけ。
それでも――
手を前へ出す。
――パァァァッ。
一本の魔力の矢が生まれる。
エリスは構える。
「……来い」
そして。
弓と武術。
魔法と身体。
遠距離と近距離。
そのすべてを融合させた――
新しい戦い方で。
エリスは再び、S級オーバーの魔物へ向かって走り出した。
第212話 終




