211話 神の試練【ただ生きよ】
三つの未来。
その光景を前にして――
キラたちは迷わなかった。
第一の未来。
魔境軍に敗北し、世界を支配される未来。
第二の未来。
自分たち自身が魔境軍に取り込まれ、世界を滅ぼす側へ回る未来。
そして――
第三の未来。
魔境軍を倒し、この世界を守る未来。
キラは、三つの未来を一度だけ見比べると――
迷いなく口を開いた。
「……三つ目だ」
レティシアが笑う。
「当然でしょ!」
エリスも頷いた。
「私も同じです」
セリーナは少し震えながらも、杖を握る。
「私も……みんなと一緒に戦います!」
ジュダは腕を組み、当然のように言った。
「我が選ぶのも、それしかあるまい」
キラは神の書を見る。
「俺たちは――」
一歩前へ。
「魔境軍を倒す」
――その瞬間。
神の書が大きく輝いた。
――パァァァァァァッ!!
「うわっ!」
レティシアが目を細める。
ページが――
勝手にめくられていく。
――パラッ!
――パラパラッ!!
――パラパラパラパラッ!!
ものすごい勢いでページがめくられる。
そして――
ピタッ。
一つのページで止まった。
そこに書かれていた文字。
『神の試練』
「神の……試練?」
セリーナが読み上げる。
すると神の書から声が響いた。
『第三の未来を選択した者よ』
『汝らに、神の試練を与える』
「……!」
キラたちの表情が変わる。
『エリオスを倒すため――』
『神剣』
『天使弓』
『聖魔』
『三つの力を継ぐ資格を得よ』
キラが拳を握る。
「三英雄の力……」
『これより三英雄の試練を開始する』
次の瞬間。
――ズドォォォォォン!!
目の前が真っ白になった。
「――っ!?」
五人の姿が光に飲み込まれる。
音が消える。
感覚が消える。
何も見えない。
何も聞こえない。
ただ――
白。
真っ白な世界。
どこまで行っても白。
上下すら分からない。
「……キラ?」
レティシアの声が聞こえる。
「いる」
キラが答える。
「私もいます!」
「俺も……いや、私もいるぞ」
ジュダが答える。
「エリスもいます」
全員いる。
しかし――
次の瞬間。
頭の中に直接、声が響いた。
『――試練の内容を告げる』
五人が黙る。
『ただ、生きよ』
「……え?」
セリーナが聞き返す。
『逃げてもいい』
『傷ついてもいい』
『戦ってもいい』
『倒れてもいい』
『仲間を頼ってもいい』
『力を使い果たしてもいい』
そして――
『ただし――』
声の圧が、一気に強くなる。
『死ぬことは許さない』
――ズンッ!!
白い世界そのものが震えた。
『この試練を、生きて終わらせよ』
『それだけが条件だ』
キラは剣を握り直した。
「……それだけ?」
しかし。
その直後だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
白い世界の奥から――
何かが現れた。
一体。
二体。
十体。
百体。
「……なんだよ、これ」
キラの声が止まる。
遠くまで見渡しても――
魔物。
魔物。
魔物。
魔物。
地平線を埋め尽くすほどの魔物が存在していた。
巨大な四足獣。
翼を持つ竜。
全身が鋼のような甲殻で覆われた魔物。
黒い炎を吐く獣。
巨大な蛇。
人型の異形。
そして――
見たこともない魔物。
一体一体から放たれている魔力だけで、大気が震えている。
エリスが息を呑む。
「……こんな数……」
ジュダでさえ、表情を変えた。
「……これは……」
レティシアが双剣を構える。
「全部……強すぎない?」
その瞬間。
魔物たちの情報が、頭の中へ流れ込んできた。
――S級。
――S級。
――S級。
――S級。
そして。
それ以上。
S級オーバー。
一体ではない。
目の前にいるすべての魔物が――
S級を遥かに超えていた。
「……冗談だろ」
キラが呟く。
神の声が響く。
『神の試練を開始する』
『三英雄の力を得る資格があるか――』
『その命で証明せよ』
――ドォォォォォォォォン!!
魔物の群れが、一斉に動いた。
「来るぞ!!」
キラが叫ぶ。
「全員散れ!!」
――ズガァァァァァン!!
巨大な魔物の爪が地面を抉った。
キラは横へ飛ぶ。
その直後――
「はぁぁぁぁっ!!」
レティシアが突っ込む。
双剣が閃く。
――ザシュッ!!
魔物の身体を斬り裂く。
だが――
「硬っ!?」
浅い。
「こんなの……!」
レティシアの背後から別の魔物が襲いかかる。
「レティシア!」
キラが飛び込む。
――ガキィィィン!!
剣で爪を受け止める。
「ぐっ……!!」
そのまま押し込まれる。
「重すぎる……!」
キラは魔法を展開する。
「――テンペスト・ゼロ!!」
暴風が魔物を吹き飛ばす。
しかし。
「まだ来るぞ!」
エリスが叫ぶ。
「上!」
空を見上げる。
巨大な魔物が何十体も飛んでいた。
「アルテミス・レイン!!」
――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
無数の矢が降り注ぐ。
――ドドドドドドドドッ!!
何体かが落下する。
だが。
その向こうからさらに飛んでくる。
「……多すぎる……!」
エリスの額に汗が流れる。
「これじゃ……きりがない!」
「ならば――!」
ジュダが両手を広げる。
「我の力を見せてやる!」
――ゴォォォォォォ!!
黒い炎が広がる。
「ヘル・ブラックフレイム!!」
――ドォォォォォォン!!
巨大な黒炎が魔物の群れを飲み込む。
数十体が吹き飛ぶ。
しかし。
炎の中から――
さらに魔物が飛び出してくる。
「……っ!」
ジュダの目が見開かれる。
「まだ来るだと……!?」
セリーナが後方から叫ぶ。
「みんな! 回復します!」
「セリーナ、前は任せる!」
「はいっ!」
聖なる光が五人を包む。
傷が少しずつ塞がっていく。
だが――
次の瞬間。
――ドォォォォォン!!
巨大な衝撃波。
セリーナの身体が吹き飛ばされる。
「きゃああああっ!」
「セリーナ!!」
キラが飛び出す。
空中でセリーナを受け止める。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫でしゅ!」
「無理して立つな!」
キラが叫ぶ。
しかし――
背後から巨大な魔物。
「キラ!!」
レティシアが飛び込む。
――ザシュッ!!
双剣で魔物の攻撃を逸らす。
「ここは私がやる!」
「レティシア!」
「早くセリーナを!」
キラは頷いた。
「分かった!」
五人は――
戦った。
ひたすら戦った。
倒しても。
倒しても。
魔物は現れる。
逃げても。
追ってくる。
走り続けても。
終わりが見えない。
キラの服は破れ。
腕から血が流れる。
レティシアの双剣は何度も弾き飛ばされる。
エリスの矢は残り少なくなり。
ジュダの魔力も徐々に削られていく。
セリーナは何度も仲間を治療する。
「はぁ……はぁ……」
「まだ……終わらないの……?」
レティシアが膝をつく。
エリスが彼女を引き起こす。
「立って……!」
「分かってる……!」
ジュダも肩で息をしている。
「……この我が……ここまで追い詰められるとはな」
キラは血を拭う。
そして前を見る。
そこには――
まだ無数の魔物。
「……行くぞ」
「まだやるの?」
レティシアが尋ねる。
キラは頷いた。
「ああ」
剣を構える。
「この試練は――」
一歩踏み出す。
「生きて終わらせればいい」
五人は再び走り出した。
戦う。
逃げる。
避ける。
助ける。
倒れる。
立ち上がる。
そしてまた走る。
それでも――
誰も諦めなかった。
神が与えた最悪にして最凶の試練。
それは――
強敵を倒すことではない。
英雄になることでもない。
ただ一つ。
生きること。
そして――
最後まで生きて、この試練を終わらせること。
五人の長い戦いは――
ここから始まった。
第211話 終




