208話 アルテミスの激闘
――聖の世界。
アルテミスが降り立った場所には、まだ何もなかった。
広大な大地。
どこまでも続く青い空。
風が吹き抜け、草木が揺れている。
この数千年後 アークという国がここには出来る。
人の姿もない。
国もない。
建物もない。
ただ、世界が始まったばかりのような、静かな大地だけが広がっていた。
アルテミスはゆっくりと周囲を見渡した。
「……ここが、聖の世界」
彼女は空を見上げる。
神界で続いている戦争。
黒神によって邪の世界へ送り込まれた分身体。
そして――黒の加護を受けた者たち。
「ここを守らなければ……」
アルテミスは静かに目を閉じた。
両手を胸の前で重ねる。
すると――
彼女の身体から、眩い白い魔力が溢れ始めた。
――キィィィィィン……。
大地が震える。
空が白く染まる。
アルテミスの足元から、巨大な魔法陣が広がっていく。
その大きさは――一つの街を遥かに超えた。
さらに――
魔法陣の中心から、一本の光が天へ伸びる。
「――聖域生成」
――ズズズズズズズ……!!
何もなかった大地が、大きく揺れた。
土が盛り上がる。
岩盤が押し上げられる。
そして――
巨大な塔が、大地から姿を現した。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
白く輝く塔。
天へ向かって真っ直ぐに伸びるその姿は、まるで世界を支える柱のようだった。
塔の頂上から、白い光が放たれる。
その光は空へ広がり――
やがて巨大な結界となった。
聖の世界全体を包み込む、巨大な白い膜。
アルテミスはその光を見上げる。
「これで……簡単には侵入できない」
だが。
まだ終わりではない。
アルテミスは塔の周囲へ手を伸ばした。
「封印術式――展開」
――パァァァァァッ!!
塔を中心に、無数の光が走る。
東へ。
西へ。
南へ。
北へ。
さらに斜めの方向へ。
まるで世界そのものに巨大な血管が張り巡らされるかのように、白い線が大地を走っていく。
そして各地に――
巨大な紋章が浮かび上がった。
剣。
弓。
そして――賢者。
それぞれ異なる場所に現れた封印の紋章。
アルテミスは、その一つ一つへ魔力を流していく。
「ここを基点に……」
彼女は地面へ手を触れた。
「世界の中心――中央の封印場」
――ズンッ!!
大地の奥深くへ、白い魔力が流れ込む。
さらに。
「そして……地下の封印場」
――ズズズズズ……。
地中深く。
さらに深く。
地上からは決して見ることのできない場所へ、強大な封印魔力が送り込まれていく。
中央。
地下。
各方面の封印。
そして世界全体を覆う結界。
アルテミスは、世界を一つの巨大な封印装置へと作り変えていた。
「これなら……」
アルテミスが立ち上がる。
その瞬間だった。
――ピシッ。
「……?」
空間に、亀裂が入った。
アルテミスが振り返る。
何もない空。
そこに一本の黒い線が浮かんでいる。
――ピシ……ピシピシ……。
亀裂が広がる。
白い世界に、漆黒の闇が滲み出していく。
「……まさか」
アルテミスの表情が険しくなる。
「この結界を……」
――バギィィィィィン!!
空間が砕けた。
黒い魔力が爆発的に吹き出す。
その中心から――
一人の青年が現れた。
白銀の髪。
赤い瞳。
人間と変わらない姿。
しかし。
その身体から放たれる魔力は、アルテミスが感じたことのないほど濃密だった。
青年はゆっくりと大地へ降り立つ。
「……ここが聖の世界か」
青年――
エリオス。
魔境から時空を切り裂き、直接この世界へやって来た存在だった。
アルテミスは剣を構える。
「あなた……何者です?」
エリオスは答えない。
ただ、アルテミスの後ろにある巨大な塔を見る。
「なるほど」
「もう封印を作ったのか」
アルテミスの目が細くなる。
「……黒神の手の者ですね」
「そうだ」
エリオスは淡々と答えた。
「俺はエリオス」
「黒神から力を与えられた」
エリオスの周囲に、黒い魔力が渦巻く。
「この世界を手に入れるために来た」
――ドンッ!!
その瞬間。
エリオスの姿が消えた。
「!!」
アルテミスが反応する。
――ガキィィィィン!!
目の前に現れたエリオスの拳を、光の剣で受け止める。
衝撃。
地面が大きく陥没した。
「……っ!!」
アルテミスの足が地面を滑る。
「速い……!」
「まだだ」
エリオスの姿が再び消える。
右。
左。
上。
背後。
――ドガッ!!
「くっ!」
アルテミスが翼のような光を展開し、攻撃を防ぐ。
だが――
「遅い」
――ズドォォォォン!!
黒い蹴りが直撃。
アルテミスの身体が吹き飛ぶ。
「――っ!!」
数十メートル。
いや、百メートル以上。
大地を何度も跳ねながら、アルテミスはようやく停止した。
その瞬間――
「聖光弾!!」
――ドドドドドドドドッ!!
無数の光弾がエリオスへ飛ぶ。
エリオスは避けない。
「……」
右手を前へ。
――ズォォォォォン!!
巨大な黒い壁が出現する。
光弾が次々と吸い込まれていく。
「そんな……」
「この程度か」
エリオスが壁を消す。
「ならば――こちらから行く」
両手を広げる。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!
大地から黒い柱が次々と突き出した。
アルテミスは空へ飛び上がる。
「甘い!」
「――聖天弓!」
手に光の弓が現れる。
弦を引く。
一瞬。
一本の矢が生まれる。
しかしその矢は――
一本ではなかった。
放たれた瞬間、空中で無数に分裂する。
「――穿て!!」
――ヒュンッ!!
――ヒュンヒュンヒュンヒュンッ!!
無数の光の矢が降り注ぐ。
エリオスが笑う。
「面白い」
黒い魔力が爆発する。
――ドォォォォォォン!!
黒と白。
光と闇。
二つの力がぶつかり合い、大地を吹き飛ばした。
爆風が聖の世界を駆け抜ける。
アルテミスは空中で体勢を立て直す。
「……この力」
エリオスもまた、煙の中から姿を現す。
傷一つない。
「お前……黒神そのものではないな」
「……」
「だが、それに近い力を持っている」
エリオスが目を細める。
「さすがは白神に選ばれた女神だ」
アルテミスは弓を構え直す。
「あなたをここから先へは行かせない」
「この世界には――私が築いた封印がある」
「そして、この世界は私が守る」
エリオスは静かに笑った。
「ならば――」
拳を握る。
黒い魔力が空を覆う。
「その封印ごと、壊してやる」
――ドンッ!!
二人が同時に地面を蹴った。
白い光と黒い闇が激突する。
――――ズガァァァァァァン!!
空が揺れる。
大地が裂ける。
新しく築かれた塔の周囲を、巨大な衝撃波が駆け抜けていく。
聖の世界。
その中心で――
白神が送り込んだアルテミス。
黒神の力を宿したエリオス。
二人の戦いが始まった。
そしてこの戦いこそが――
後の世界の歴史を大きく変えることになる。
第208話 終




