199話 魔王vs魔王
――王都アーク、北門。
戦場は、もはや原形を留めていなかった。
大地には無数の亀裂が走り、建物の壁には戦闘の衝撃による大きな傷が刻まれている。
そして――。
「…………」
北門の兵士たちは、誰も声を出せなかった。
目の前に広がっているのは、つい先ほどまで王都へ押し寄せていた魔境軍。
その大軍が――。
ほぼ壊滅していた。
「こ、これが……」
「魔王様の力……」
「一人で……あの軍勢を……」
兵士の一人が震える。
地面には、戦闘不能になった魔物たちが倒れている。
まだ動ける魔物たちも、ジュダから距離を取っていた。
その中心に――。
魔王ジュダが立っていた。
手には魔剣ヴォルガ。
全身には黒い魔力とルミナの白い光。
「…………」
ジュダはゆっくりと周囲を見渡した。
「ふむ」
「これで大半は終わったか」
ジュダの頬には、少しだけ笑みが浮かんでいる。
「思ったより少なかったのぅ」
「…………」
兵士たちの顔が引きつる。
あれほどの軍勢を相手にして――。
「少なかった……?」
トーマが遠くから呟く。
「おい……」
ミナも呆然としている。
「私たちが見ていた軍隊って……」
カイルが静かに答える。
「たぶん……数千はいたと思う」
「それを一人で……」
三人とも絶句していた。
だが――。
その時だった。
「――随分と楽しそうだな」
低い声が戦場に響いた。
「…………」
ジュダの笑みが消える。
兵士たちも一斉に振り返った。
「誰だ……?」
「まだ敵がいるのか!?」
「気をつけろ!」
遠く。
壊れた魔境軍の軍勢の奥から――。
一人の男が歩いてくる。
ゆっくりと。
まるで戦場など気にしていないかのように。
「…………」
大柄な男だった。
黒に近い赤色の長髪。
頭には二本の巨大な角。
全身を覆う黒い鎧。
その手には巨大な大剣。
そして――。
何より異様だったのは、その男が放つ魔力だった。
「…………!」
ジュダの目が細くなる。
キラも王城からその姿を見た瞬間、表情を変えた。
「……あいつ」
レティシアが隣を見る。
「キラ?」
「分からない」
キラは目を凝らす。
「でも……」
肌に感じる魔力だけで分かる。
――強い。
これまで戦ってきた魔境軍とは、明らかに格が違う。
男がジュダの前で足を止める。
「久しぶりだな」
「ジュダ」
「…………」
ジュダの赤い瞳が大きくなる。
「……その声」
男はニヤリと笑う。
「覚えているか?」
「当然だ」
ジュダは魔剣ヴォルガを構えた。
「忘れるわけがなかろう」
男は肩に大剣を担ぐ。
「そうか」
そして――。
自ら名乗った。
「俺の名は――」
「ベルゼル」
「魔境将軍ベルゼルだ」
「…………」
キラたちは息を呑んだ。
魔境将軍。
またしても――。
三大天クラスの存在。
だが、ジュダの反応は普通ではなかった。
「ベルゼル……」
ジュダが低く呟く。
「まさか貴様が……」
ベルゼルは笑う。
「驚いたか?」
「当然だ」
ジュダの魔力が膨れ上がる。
「貴様は――」
「かつて魔王だった男だからな」
「…………!」
その言葉に――。
王城側が騒然となった。
そしてキラは
「多分あいつ魔王だな」
「魔王……!?」
トーマが叫ぶ。
「ちょ、ちょっと待て!」
ミナも目を見開く。
「魔王が二人いるってこと!?」
カイルも珍しく声を上げる。
「……魔王……」
レティシアがキラを見る。
「キラ、どういうこと!?」
「俺にも分からない!」
キラ自身も驚いていた。
ジュダが魔王になる以前。
その座にいた男。
それが――。
ベルゼル。
元魔王。
そして今は、魔境軍の将軍。
「…………」
エリスは弓を握り直す。
「ジュダと……同じ魔王だった」
セリーナは不安そうに胸元で手を握る。
「そんな人が……」
キラは戦場を見る。
「……ジュダ」
ジュダはベルゼルから目を離さない。
「貴様がなぜ魔境側にいる?」
ベルゼルは肩をすくめる。
「簡単な話だ」
「俺は魔王の座を降りた」
「そして今は、魔境のために戦っている」
「なぜだ?」
「さあな」
ベルゼルは笑う。
「面白そうだからだ」
「…………」
ジュダの表情が険しくなる。
「くだらぬ」
「そう言うと思った」
ベルゼルが大剣を抜く。
――ズンッ。
巨大な魔力が噴き出した。
大地が震える。
「……!」
北門の兵士たちが一斉に後ずさる。
「な、なんだこの魔力……!」
「立っているだけで……息が苦しい!」
キラの目も鋭くなる。
「……あの魔力」
「ジュダと……」
「同じくらい……?」
レティシアが驚く。
キラはすぐには答えなかった。
「いや」
「…………」
「まだ分からない」
だが――。
キラは剣に手を添えた。
万が一。
ジュダが危険になれば――。
自分が出る。
そう判断していた。
---
「ジュダ」
ベルゼルが大剣を構える。
「昔からそうだったな」
「何?」
「お前は、自分より強い奴を見ると――」
ベルゼルが笑う。
「必ず真正面から来る」
「当然だ」
ジュダもヴォルガを構える。
「我は魔王だ」
「逃げる理由などない」
「……そうか」
ベルゼルの口元が上がる。
「なら――」
「行くぞ!!」
――ドォン!!
ベルゼルが地面を蹴った。
速い。
巨体からは想像できない速度だった。
「――ッ!」
ジュダがヴォルガを横に構える。
――ガァァァン!!
大剣と魔剣が激突した。
凄まじい衝撃波。
周囲の瓦礫が一斉に吹き飛ぶ。
「ぐっ……!」
ジュダの足が地面を滑る。
「ジュダ様が……!」
兵士たちが驚く。
ベルゼルがさらに力を込める。
「どうした?」
「昔より弱くなったか?」
「……言ってくれるではないか!」
ジュダが笑う。
ヴォルガを捻る。
ベルゼルの大剣を横へ弾いた。
そして――。
「そこだ!」
――ヒュンッ!
刃がベルゼルの肩を狙う。
ベルゼルは身体を捻って避ける。
「甘い!」
「まだだ!」
ジュダが剣を返す。
今度は横薙ぎ。
ベルゼルは大剣で受け止める。
――ガキィィィン!!
「おおおおおお!!」
ジュダが踏み込む。
「はああああっ!!」
ヴォルガを連続で突き出す。
一突き。
二突き。
三突き。
四突き。
五突き。
高速の連続攻撃。
ベルゼルは大剣一本で全てを防ぐ。
「すごい……」
エリスが呟く。
「ジュダの剣を全部……」
レティシアも驚いている。
「いや、あいつも化け物だろ……」
トーマが顔を引きつらせる。
「さっきまでジュダが一方的に戦ってたのに……」
「今は……」
ミナが震える。
「互角……?」
――ガァン!!
また激突する。
二人が同時に後ろへ跳ぶ。
距離が開く。
「……ふふ」
ジュダが笑う。
「やはり貴様か」
「何?」
「我が本気で戦える相手は――」
ジュダの魔力がさらに膨れ上がる。
「そうそうおらぬ」
ベルゼルも笑った。
「俺も同じだ」
---
ジュダが左手を前へ伸ばす。
「ならば――」
魔法陣が展開する。
「魔法で行くぞ」
――ゴォォォォォ!!
漆黒の炎が巻き起こる。
「ヘル・ブラックフレイム!!」
巨大な黒炎がベルゼルへ迫る。
「それか」
ベルゼルは避けない。
大剣を地面へ突き立てる。
「――魔障壁」
黒い炎と魔力の壁がぶつかる。
――ドォォォォォン!!
巨大な爆発。
「なっ……!」
キラが目を見開く。
黒炎を――。
真正面から受け止めた。
「ルミナが混ざったジュダの魔法を……!」
キラが驚く。
「防いだのか!」
煙の中からベルゼルが出てくる。
「面白い」
「その光……以前のお前にはなかったな」
ジュダがニヤリとする。
「キラから貰った力だ」
「キラ?」
ベルゼルが王城を見る。
「……あの男か」
その瞬間。
キラの背筋に寒気が走った。
「……俺を見るな」
「嫌な予感がする」
ジュダがヴォルガを握り直す。
「キラには手を出させぬ」
「ほう」
ベルゼルは笑う。
「仲間か」
「……そうだ」
ジュダの頬が僅かに赤くなる。
「我の――」
一瞬言葉に詰まる。
「……大切な仲間だ」
ベルゼルが笑う。
「ははは!」
「随分と楽しそうだな、ジュダ!」
「黙れ!」
ジュダが一気に踏み込む。
「貴様を倒してから話をする!」
「来い!」
再び――。
二人の姿が消えた。
「――ッ!」
「――ハァッ!!」
――ガァァァン!!
大剣。
魔剣。
拳。
蹴り。
魔法。
全てがぶつかり合う。
ジュダが剣で突く。
ベルゼルが避ける。
ベルゼルが大剣を振る。
ジュダが身体を捻る。
髪が数本切れる。
ジュダが回転しながら剣を振り抜く。
ベルゼルが大剣で受ける。
そのまま二人が同時に蹴りを放つ。
――ドゴォッ!!
互いの身体が吹き飛ぶ。
二人とも地面を滑る。
そして――。
ほぼ同時に立ち上がる。
「……はは」
ベルゼルが笑う。
「やっぱりお前は強いな」
ジュダも笑う。
「貴様もな」
二人の間に――。
再び魔力が集まる。
王城から見ていたキラたちは、ただ呆然としていた。
「……こんな戦い」
レティシアが呟く。
「今まで見たことない……」
エリスも頷く。
「ジュダと互角に戦ってる……」
セリーナは心配そうに祈る。
「ジュダさん……」
そして――。
トーマ、ミナ、カイルは完全に固まっていた。
「…………」
トーマが震える。
「なあ……」
「ん?」
「俺たち……」
トーマは戦場を見る。
元魔王ベルゼルと、現在の魔王ジュダ。
二人の戦いで、大地そのものが揺れている。
「……本当にキラの仲間って、こんなのばっかりなのか?」
ミナは答えられない。
カイルも黙っている。
そして三人は同時に思った。
――自分たちは王城の警備を任されて本当に大丈夫なのだろうか。
その頃。
戦場では――。
ジュダがヴォルガを構える。
ベルゼルも大剣を構える。
「次で決めるぞ」
ベルゼルが言った。
「ああ」
ジュダが笑う。
「望むところだ」
そして――。
二人の魔力が、これまで以上に膨れ上がった。
「「――行くぞ!!」」
元魔王と現魔王。
二人の最強がぶつかる――。
その戦いは、王都アーク全体を揺るがすほどの激戦へと突入していった。
第199話 終




