198話 魔剣ヴォルガ
――王都アーク、北門。
魔境軍の大軍が、地響きを立てながら迫っていた。
その数は尋常ではない。
魔人族の国を襲った軍勢と同等。
いや、それ以上。
数え切れないほどの魔物たちが武器を構え、北門へ押し寄せてくる。
その正面に立っているのは――。
たった一人。
魔王ジュダ。
「…………」
ジュダは迫り来る軍勢を眺めながら、ゆっくりと右手を上げた。
その身体から溢れているのは、禍々しい黒い魔力。
しかし――。
その黒い魔力の中に、キラから付与された白い光――ルミナが混ざっている。
黒と白。
相反する二つの力が、ジュダの中で奇妙なほど美しく混ざり合っていた。
「さて……」
ジュダが笑う。
「久しぶりに本気を出そうかのぉ」
その瞬間――。
ジュダの足元に巨大な黒い魔法陣が出現した。
「まずは――魔法からだ」
ニヤリとわらう
魔法陣が激しく回転する。
「ヘル・ブラックフレイム」
――ゴォォォォォォォォォ!!
黒い炎が噴き上がった。
それは普通の炎ではなかった。
赤い炎ではない。
青い炎でもない。
完全な漆黒。
しかも、その炎は地面を焼くのではなく――魔境軍そのものを追いかけていく。
「ギャアアアアア!!」
「な、なんだこの炎は!?」
「避けろ!!」
魔物たちが左右へ逃げる。
だが――。
黒い炎はまるで意思を持っているかのように、逃げる魔物を追いかけた。
――ボォッ!!
一体。
――ボォォッ!!
二体。
――ゴォォォォ!!
十体。
二十体。
五十体。
次々と黒い炎に包まれていく。
そして炎に触れた魔物の身体から、黒い魔力が吸い出されるように消えていった。
「これは……」
北門の兵士が震える。
「闇魔法……なのか?」
「違う……」
別の兵士が呟く。
「あんな闇魔法……見たことがない」
ジュダは笑っていた。
「まだまだ――」
ジュダが指を鳴らす。
すると空が暗くなる。
「次は雷だ」
――ゴロゴロゴロゴロ……。
空から巨大な黒い雷雲が現れる。
「ヘル・ブラックボルト」
――ズガァァァァァァン!!
漆黒の雷が大地へ落ちた。
一撃。
それだけで地面が大きくえぐれる。
「うおおおおお!?」
魔境軍が吹き飛ぶ。
しかしジュダは止まらない。
「もう一つ」
「……おまけだ」
ジュダが手を掲げる。
空中に無数の黒い雷が浮かび上がる。
「ヘル・ブラックボルト――チェイン」
――バリバリバリバリバリッ!!
一本の黒い雷が魔物へ落ちる。
その瞬間。
別の魔物へ。
さらに別の魔物へ。
次々と雷が飛び移っていく。
「ぐあああああ!!」
「避けられない!!」
「何だこの雷はぁぁ!!」
黒い雷が戦場を駆け巡る。
ジュダはそれを見ながら、楽しそうに笑っていた。
「ふふっ……」
「まだ終わらぬぞ?」
そして――。
ジュダの周囲から、一瞬だけ音が消えた。
黒い魔力が一点へ集まっていく。
兵士たちは直感的に理解した。
――これは今までとは違う。
「な……」
「なんだ……あの魔力……」
ジュダの背後に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
魔法陣の中央には、魔王の紋章。
そして――。
ジュダが静かに言う。
「これは――」
「魔王である我にしか使えぬ」
「闇の極致」
黒い魔力が一気に膨れ上がる。
「魔王専用闇魔法――デモンズ・エンド」
――――ドンッ!!
一瞬。
何も起こらなかった。
だが次の瞬間。
ジュダの前方に、巨大な漆黒の球体が現れた。
それは光さえも飲み込む。
音すら消える。
周囲の空気が吸い込まれていく。
「…………」
ジュダが手を前へ出す。
「消えろ」
――ズォォォォォォォォン!!
巨大な漆黒の波動が戦場を走った。
魔境軍が次々と飲み込まれていく。
「うわあああああ!!」
「助け――」
「ぎゃああああ!!」
魔物たちの身体を覆っていた黒い魔力すら消滅していく。
そして――。
巨大な爆発。
――ドォォォォォォォォン!!
北門から遠く離れた場所まで衝撃波が届いた。
兵士たちは思わず腕で顔を覆う。
やがて――。
静かになる。
ジュダは煙の向こうを見る。
「…………」
大量の魔物が倒れている。
それでも。
まだ残っていた。
魔境軍は圧倒的な数を誇っている。
ジュダは口元を上げた。
「ふふっ」
「まだこれだけ残っているか」
「ならば――」
ジュダが一歩踏み出す。
「接近戦といこうではないか」
---
ジュダの足元に、再び黒い魔法陣が現れる。
「武器を使うのも……」
「久しぶりだな」
魔法陣から――。
一本の巨大な剣が現れた。
柄は漆黒。
剣の刃は深紅。
刃には赤い魔力が走っている。
見るだけで恐怖を感じるほど禍々しい武器。
ジュダはそれを右手で掴んだ。
「魔剣ヴォルガ」
――ズンッ。
ヴォルガを地面へ突き立てる。
地面に亀裂が走った。
「これを使うのも……」
ジュダは剣を肩に担ぐ。
「本当に久しぶりだ」
そして――。
笑った。
「さあ」
「来い!!」
魔境軍が一斉に襲い掛かる。
「うおおおおおお!!」
「殺せぇぇぇ!!」
数え切れない魔物がジュダへ迫る。
しかし――。
ジュダの姿が消えた。
「――ッ!?」
次の瞬間。
「はははっ!」
魔境軍のど真ん中にジュダがいた。
ヴォルガを横薙ぎに振る。
――ズガァァァン!!
数体がまとめて吹き飛ぶ。
「次!」
ジュダが跳ぶ。
空中で身体を回転させながら、ヴォルガを振り下ろす。
――ドォン!!
地面が砕ける。
その衝撃だけで周囲の魔物が吹き飛んだ。
「まだまだ!」
ジュダは笑いながら走る。
右。
左。
前。
後ろ。
まるで戦場そのものを遊び場にしているかのようだった。
「はははははっ!!」
魔物が剣を振る。
ジュダは身体を僅かに横へ傾ける。
「遅い」
――ヒュンッ!
ヴォルガが閃く。
魔物の武器が真っ二つになる。
そのまま柄で腹部を叩き飛ばす。
「次!」
巨大な魔物が突進してくる。
ジュダは真正面から受け止める。
「ふんっ!」
――ドゴォッ!!
片手で押し返した。
魔物が地面を何十メートルも滑っていく。
「な……」
北門の兵士たちは唖然としていた。
「魔王様……」
「一人で……」
「魔境軍の中を……」
ジュダは笑いながら戦場を駆け回っている。
魔法を使う。
剣を振る。
蹴る。
跳ぶ。
そしてまた魔法。
「ヘル・ブラックフレイム!」
黒炎が魔物を包む。
その炎の中をジュダ自身が突っ切る。
「はははっ!」
ヴォルガを振り抜く。
――ズガァン!!
さらに敵を吹き飛ばす。
「ヘル・ブラックボルト!」
――バリィィィィッ!!
黒雷が空から降り注ぐ。
ジュダはその雷の中を笑いながら走る。
「まだだ!」
「まだ終わらぬぞ!!」
魔境軍は完全に混乱していた。
「なんなんだ、あの女は!?」
「魔王だ……!」
「魔王が一人で突っ込んできているぞ!!」
「逃げろ!!」
「逃げるな! 囲め!!」
「囲んでも無駄だ!!」
もはや戦場の中心は――。
完全にジュダだった。
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その様子を王城から見ている者たちがいた。
トーマ。
ミナ。
カイル。
三人は北門方面を見つめている。
「…………」
トーマの口が半開きになっている。
「なあ……」
ミナも呆然としている。
「うん……」
カイルも眼鏡を直しながら、戦場を見る。
「……あれ」
トーマが指を震わせる。
「ほんとにキラの仲間かよ……」
「…………」
誰も答えられない。
遠くでは――。
「ははははははっ!!」
ジュダが笑いながらヴォルガを振り回している。
魔法を使い。
敵を吹き飛ばし。
また突っ込んでいく。
トーマは顔を引きつらせた。
「キラたち……あの人と一緒に旅するのか?」
ミナが小さく頷く。
「……そうみたい」
「キラのパーティって……」
カイルが静かに言う。
「どうなってるんだろう……」
その横で、レティシアも戦場を見ていた。
「……ジュダ」
「すっご……」
エリスも驚いている。
「剣まで使うんですね……」
セリーナは目を丸くしている。
「魔王様……強すぎます……」
そしてキラは――。
三人とは違い、少しだけ笑っていた。
「……ジュダ」
「やっぱりすごいな」
レティシアがキラを見る。
「キラ、あれ止めなくていいの?」
「必要ないだろ」
「でも……」
「ジュダは自分で大丈夫だって言った」
キラは北門を見る。
「それに――」
「俺がルミナを付与した」
「今のジュダなら、黒い魔力を使う敵にも十分対抗できる」
その瞬間――。
遠くの戦場から、巨大な魔力が再び膨れ上がった。
「…………」
キラの目が鋭くなる。
ジュダがヴォルガを地面へ突き立てる。
そして――。
魔王の瞳が赤く輝く。
「まだ終わらぬぞ」
「我の国を襲った報い――」
「そして」
ジュダは王城の方を見る。
ほんの一瞬。
キラのいる場所を確認する。
そして頬を少し赤くしながら、すぐに前を向く。
「……我の仲間を狙った罪」
「まとめて払ってもらうぞ」
ジュダは再び笑った。
「さあ――」
「次はどいつだ?」
魔王ジュダ。
その本気の戦いは――。
まだ始まったばかりだった。
第198話 終




