196話 壊滅した王都
――数日後。
魔人族の国を出発したキラたちは、長い道のりを越え、ついに王都アークへと到着した。
「……着いた」
馬車から降りたキラが、目の前を見つめる。
しかし――。
そこにあったのは、以前知っていた王都アークではなかった。
「…………」
レティシアが言葉を失う。
「……ひどい」
エリスも立ち尽くす。
「…………」
セリーナは胸元で両手を握りしめた。
そしてジュダも、何も言わずに街を見つめている。
かつては大勢の人々が行き交っていた大通り。
商人たちの声が響いていた市場。
冒険者たちが集まっていた広場。
そのほとんどが――。
破壊されていた。
建物は崩れ落ちている。
道には瓦礫が散乱している。
城壁の一部も大きく崩れていた。
そして何よりも目についたのは――。
家を失った人々だった。
「…………」
瓦礫の横に座り込む老人。
泣いている子供。
家族を探している者。
怪我をしたまま、簡易的な布を巻いている人々。
その光景を見たキラたちは、誰も言葉を出せなかった。
「これが……アーク……?」
レティシアが小さく呟く。
「数か月前まで、普通に人が暮らしていたのに……」
エリスが周囲を見る。
「こんな……」
セリーナの目に涙が浮かぶ。
「……私が」
セリーナは震える声で言った。
「私がクロノスリペアを使えたら……」
「…………」
「街を……元に戻せたのに……」
セリーナは俯いた。
「もっと早く使えたら……」
その肩が小さく震える。
だが――。
キラがセリーナの頭に手を置いた。
「セリーナ」
「……はい」
「それはセリーナのせいじゃない」
「でも……」
「分かってる……」
「それに」
キラは壊れた街を見渡した。
「俺たちは、アークが襲われたことすら知らなかった」
「…………」
「セリーナが責任を感じる必要はないよ」
レティシアも頷く。
「そうだよ」
「私たちだって何も知らなかったんだから」
エリスも優しく言う。
「今できることをやろう」
「……エリスさん」
セリーナが顔を上げる。
ジュダも腕を組みながら口を開いた。
「貴様が落ち込んでいても、街は直らぬ」
「ジュダ……」
「ならば今できることをするだけだ」
「…………」
「それに――」
ジュダは少しだけ笑う。
「貴様には貴様にしかできぬことがあるだろう」
セリーナは目元を拭った。
「……はい!」
その時だった。
「キラ様!!」
遠くから声が聞こえる。
振り返ると、一人の騎士がこちらへ走ってきた。
「キラ様!」
「どうした?」
「ご無事で何よりです!」
騎士は息を切らしながら敬礼する。
「俺たち今到着したところだ」
「やっときてくれましたか」
キラはすぐに尋ねる。
「国王は?」
騎士の表情が少しだけ緩んだ。
「国王陛下は……なんとか王都から脱出しております」
「!」
キラが安心したように息を吐く。
「無事なのか?」
「はい」
「レオン様が護衛についております」
「……レオンが?」
「はい。陛下を守りながら、王都を離れました」
「そうか……」
キラは胸を撫で下ろす。
「よかった……」
レオンが一緒なら、少なくとも国王の身は安全だ。
しかし――。
騎士はそこで言葉を止めた。
「…………」
「?」
キラが顔を見る。
「まだ何かあるのか?」
「……はい」
騎士は俯いた。
「非常に……申し上げにくいのですが」
「言ってくれ」
「…………」
騎士は意を決して口を開いた。
「ギルドマスターが……亡くなられました」
「…………」
「騎士団長も……」
キラの表情が固まる。
「……何?」
「さらに……」
騎士は拳を握る。
「高ランク冒険者も、数名……」
「襲撃で……亡くなられました」
「…………」
静寂。
キラの目が大きく開かれる。
「……ギルドマスターが?」
「はい」
「騎士団長も……?」
「はい」
「高ランク冒険者まで……」
騎士は黙って頷く。
「……そうか」
キラは拳を強く握った。
「ギルドは……?」
騎士は少しだけ目を伏せる。
「…………」
「ギルドはどうなった?」
「……こちらです」
騎士が案内する。
キラたちは急いで歩き出した。
---
そして。
かつて冒険者ギルドがあった場所。
そこへ到着した瞬間――。
キラは立ち止まった。
「…………」
何もない。
本当に――。
何もなかった。
建物は完全に崩壊している。
壁も。
扉も。
看板も。
受付も。
冒険者たちが依頼を受けていたカウンターも。
全て消えていた。
「……ここが」
レティシアが呟く。
「冒険者ギルド……だった場所?」
キラは黙っている。
その場所には、かつて何度も足を運んだ。
依頼を受けた。
仲間と話した。
昇格を告げられた。
多くの冒険者たちと出会った。
それが――。
今は瓦礫だけ。
「…………」
キラが一歩前へ進む。
瓦礫を見つめる。
「……アンデルフォン」
その名を口にした瞬間。
キラの目つきが変わった。
怒り。
悲しみ。
そして決意。
「絶対に止める」
その時。
ジュダが静かに前へ出た。
「キラ」
「ん?」
「人間族の事情は、まだ我にはよく分からぬ」
ジュダは周囲を見渡す。
「だが――」
「今、王都に国王がいないのであれば」
「誰かがこの民を導かねばならぬ」
キラはジュダを見る。
「……そうだな」
「ならば」
ジュダが空を見上げる。
「我がやろう」
「え?」
次の瞬間。
ジュダの身体がふわりと浮いた。
「ジュダ!?」
レティシアが驚く。
ジュダはそのまま空高く舞い上がった。
そして――。
王都全体に響き渡るほどの声で叫ぶ。
「我は魔王ジュダ!!」
街中の人々が一斉に空を見る。
「…………」
「魔王……?」
「魔人族の王……?」
ジュダは続ける。
「我は人間族と同盟を結び、助太刀に来た!」
「今、この王都は大きな被害を受けている!」
「怪我をしている者!」
「家を失った者!」
「食料を失った者!」
「全て――我が魔人族の国が支える!」
人々がざわめく。
「人間共よ!」
ジュダは堂々と言い放つ。
「王城へ集まれ!!」
「そこで手当てを行う!」
「そして――!」
一瞬、間を置く。
「食事も用意する!!」
「…………」
キラが下からジュダを見る。
「手当ては分かるけど……」
「…………」
「食事は?」
ジュダが空中で振り返る。
「……」
そしてニコッと笑った。
「手下の者が、そろそろ物資を持ってくるはずじゃ」
「……そういうことか」
「うむ」
「準備してたんだな」
「当然だ」
ジュダは胸を張った。
「我を誰だと思っている」
「魔王」
「そうだ!」
ジュダは満足そうに頷く。
「魔王とは、民を守る者でもあるのだ」
---
それからしばらくして。
王城前には、続々と人々が集まり始めた。
魔人族の兵士たちが大量の食料を運び込んでくる。
「こちらに置いてください!」
「水もあります!」
「食料を追加します!」
さらに、魔人族の治療担当者たちも到着した。
人間族の回復魔法使いも集まる。
「怪我人はこちら!」
「重傷者を優先して!」
「薬を持ってきて!」
そしてセリーナも――。
「こちらの方をお願いします!」
「はい!」
「次の人はこちらです!」
大忙しだった。
セリーナは一人一人の状態を確認しながら回復魔法を使っていく。
「大丈夫ですよ」
「もう少しです」
「痛みはありませんか?」
「ありがとうございます……」
「いえ」
セリーナは笑顔で答える。
「まだまだ頑張ります!」
キラはそんなセリーナを見ていた。
さっきまで落ち込んでいた少女が、今は必死に人々を助けている。
「……セリーナらしいな」
エリスが微笑む。
「うん」
レティシアも頷く。
「私たちも手伝おう!」
「もちろん」
エリスも動き出した。
キラも瓦礫の撤去に加わる。
ジュダも魔人族の兵士たちに指示を出していた。
「そちらの瓦礫を片付けろ!」
「食料は老人と子供を優先!」
「怪我人を運べ!」
「はい!」
魔王自らが指揮を執る。
その姿を見て、人間族の住民たちも少しずつ安心していった。
そして。
王城の中へ、一人の男が入ってくる。
「キラ!」
聞き慣れた声。
キラが振り返る。
「父さん!」
グラン・フォン・レイゼンだった。
「無事だったか!」
「父さんこそ!」
グランはキラの肩を掴む。
「よかった……」
そして周囲を見渡す。
「……酷いな」
「うん」
「国王陛下は?」
キラが答える。
「レオンが護衛して、王都を脱出した」
「そうか」
グランは少し安心する。
だがすぐに表情を引き締めた。
「ならば――」
「まずは国王陛下を守らなければならん」
「父さん?」
「私はエルディアへ向かう」
「エルディアに?」
「ああ」
グランは頷く。
「黒い魔力を操る者たちが、いつまた襲ってくるか分からん」
「エルディアも警戒しなければならない」
「それに国王陛下の身柄を安全な場所へ移す必要もある」
キラは少し考える。
「分かった」
「ここは任せる」
「俺たちがアークを守る」
グランはキラを見る。
「……頼んだぞ」
「ああ」
父と息子は拳を合わせる。
そしてグランは――。
「では行く!」
エルディアへ向けて出発していった。
しかし。
この頃、同盟国も簡単には動けない状況になっていた。
魔境三大天の一人が王都アークを襲撃した。
ならば――。
次はどこが狙われるか分からない。
エルフ族のマニル。
オギデストラ。
魔人族。
その他の各国。
それぞれが黒い魔力を操る一団の襲撃に備えなければならなかった。
援軍を出したくても、自国を空にするわけにはいかない。
そのため――。
各国の軍は警戒態勢を続けていた。
そんな中。
王城の入口から――。
「キラ!」
突然、聞き覚えのある声が響いた。
キラが振り返る。
「……え?」
そこにいたのは――。
三人の若者だった。
「……トーマ?」
活発な少年。
「ミナ?」
その隣には、少女。
そして――。
「カイル……」
少し大人しそうな少年。
三人とも――。
キラの幼馴染だった。
現在は――。
Eランク冒険者。
「キラ!」
トーマが駆け寄ってくる。
「無事だったんだな!」
「ああ」
キラは三人を見ながら笑った。
「お前たちも無事でよかった」
ミナも笑顔になる。
「私たちも心配してたんだよ!」
「アークが襲われたって聞いたから……」
カイルも静かに頷く。
「……本当に無事でよかった」
キラは三人を見つめる。
幼い頃から一緒だった仲間。
昔は四人で遊び。
冒険者になって。
それぞれの道を歩いていた。
そして今。
世界は大変な状況になっている。
「でも……」
キラは三人を見る。
「お前たち、どうしてここへ?」
トーマが胸を張った。
「決まってるだろ!」
「俺たちも役に立ちたいんだ!」
「…………」
キラが黙る。
トーマは続ける。
「俺たちが弱いのは分かってる」
「Eランクだし」
「キラたちみたいに強くない」
「魔王と一緒に戦えるような力もない」
ミナが少し悔しそうに拳を握る。
「私たちが戦っても、足手まといになるかもしれない」
カイルも俯く。
「……それでも」
三人はキラを見る。
「何かしたい」
「…………」
トーマが一歩前へ出る。
「だから頼む!」
「俺たちに、王城の警備をさせてくれ!」
「王城の警備?」
「ああ!」
トーマは真剣だった。
「俺たちは強くない」
「だから最前線には行けない」
「でも、怪我をした人たちがここに集まってる」
「食料もある」
「国王だって戻ってくるかもしれない」
「だったら!」
トーマは拳を握る。
「ここを守るくらいなら、俺たちにもできる!」
ミナも頷く。
「私も!」
カイルも静かに言う。
「僕も……ここを守りたい」
キラは三人を見つめた。
そして――。
少し笑った。
「……お前たちらしいな」
「キラ?」
「正直に言う」
キラは三人の肩を順番に叩く。
「これほど信用できる奴らは、そういない」
「…………」
「幼い頃から知ってる」
「俺が強くなったからって、お前たちが変わったわけじゃない」
「今も昔も――」
キラは笑う。
「困っている人を見たら助けようとする」
「それだけで十分だ」
トーマの目が少し潤む。
「……じゃあ」
「ああ」
キラは頷いた。
「頼む」
「王城の警備を任せる」
「本当か!?」
「ああ」
トーマが拳を突き上げる。
「よっしゃああああ!!」
ミナも笑顔になる。
「頑張ろう!」
カイルは小さく笑った。
「……うん」
その様子を少し離れた場所から見ていたジュダ。
「……キラ」
「ん?」
「貴様は、本当に変わった奴だな」
「そう?」
「強者だけを仲間にするのではなく――」
ジュダは三人を見る。
「弱き者にも役割を与える」
「…………」
「だが」
ジュダは口元を少し緩めた。
「悪くない」
キラは笑った。
「だろ?」
「ふん」
ジュダは顔を背ける。
「……別に貴様を褒めたわけではない」
「はいはい」
「なんだ、その返事は!」
レティシアが笑い出す。
「また始まった!」
エリスも微笑む。
セリーナも、
「ジュダさん、最近キラさんに対して素直じゃないですね」
「セリーナまで言うな!」
王城の中に笑い声が響いた。
壊れた王都。
失われた多くの命。
まだ復興途中の街。
それでも――。
人々は少しずつ前を向き始めていた。
そしてキラたち五人は、王都アークを守るために立ち上がる。
だが。
彼らはまだ知らない。
アークを襲ったアンデルフォンの目的が――。
単なる破壊ではなかったことを。
そして彼が探している存在。
ルナ。
彼女は今も――。
どこかにいる。
次の戦いは、もう始まっている。
第196話 終




