193話 変化
――それから、数か月後。
魔人族の国では、以前とは明らかに違う光景が広がっていた。
城下町の広場。
そこには、見慣れない鎧を身につけた者たちが何人も歩いている。
人間族。
エルフ族。
竜人族。
ドワーフ族。
人魚族。
獣人族。
それぞれ違う姿をした者たちが、魔人族の国へ次々と到着していた。
「援軍、到着しました!」
「エルディアからの部隊です!」
「マニルからも来ています!」
「オギデストラの部隊も到着したぞ!」
城門の近くでは、次々と報告が飛び交っていた。
かつてなら考えられない光景だった。
人間族と魔人族。
長い間、互いを敵として見ていた者たちが、同じ国の中で肩を並べている。
もちろん、最初から全員が仲良くできたわけではない。
魔人族の兵士の中には、人間族を警戒する者もいた。
逆に、人間族の兵士たちも魔人族を恐れていた。
だが――。
数か月前に起きた戦い。
そしてキラと魔王ジュダが結んだ同盟。
その事実が、少しずつ両者の距離を変えていた。
「……本当に、これだけの援軍が来たのか」
城の窓から外を眺めながら、ジュダは呟いた。
隣にはキラが立っている。
「すごいな」
キラは素直に感心していた。
「人間族だけじゃない。マニルからもかなり来てる」
「当然だ」
ジュダは腕を組み、堂々と答える。
「魔境との戦いは、もはや一つの種族だけでどうにかできるものではない」
「だな」
キラは頷いた。
「これなら、少しは戦いやすくなる」
「……ふん」
ジュダはそっぽを向く。
「貴様が余計なことをしたからだ」
「俺?」
「そうだ」
「なんで?」
「……」
ジュダが黙る。
キラは首を傾げた。
「俺、何かしたか?」
「……貴様が、魔人族と仲良くしたいなどと言ったからだ」
「ああ」
キラは笑った。
「それは本当にそう思ってるからな」
「…………」
ジュダの頬が、ほんの少し赤くなる。
「そ、そうか」
「うん」
「……ならば、別に構わん」
「?」
「な、なんでもない!」
ジュダは勢いよく顔を背けた。
その様子を少し離れた場所から見ていたレティシアが、エリスの肩を叩く。
「ねえ、エリス」
「なに?」
「あの二人さ」
「うん」
「最近、距離近くない?」
エリスはジュダとキラを見た。
「……近いね」
「だよね!」
「前はもっとピリピリしてたのに」
「そうそう!」
二人が小声で話していると――。
「聞こえているぞ」
ジュダが振り返った。
「ひっ!」
レティシアが飛び上がる。
「な、何も言ってません!」
「……まったく」
ジュダは呆れたようにため息をついた。
だが――。
その表情には、以前のような険しさはなかった。
---
この数か月。
魔境軍による襲撃は、何度も繰り返された。
昼夜を問わない突然の襲撃。
国境付近への大規模侵攻。
空から現れる魔境の魔物。
地中から突然現れる魔物。
そして時には、魔境軍の将軍クラスまで姿を現した。
そのたびに、キラたちはジュダと共に戦った。
最初の頃は、互いに距離があった。
「キラ! 右だ!」
「分かってる!」
ジュダが炎を放つ。
キラはその炎を避けながら剣を振る。
「ルミナ・アポカリプス!」
巨大な光炎が敵軍を吹き飛ばす。
「まだ来るぞ!」
「なら、私がやる!」
ジュダが魔力を解放する。
赤黒い魔力が空を覆い、魔境軍へと襲いかかる。
「はあああああっ!」
大地が震える。
敵が吹き飛ぶ。
そして戦いが終わる。
「……終わったか」
「みたいだな」
「貴様、怪我は?」
「ちょっとだけ」
「見せろ」
「え?」
「早くしろ!」
「いや、これくらいなら――」
「いいから!」
ジュダがキラの腕を掴む。
そして傷を見る。
「……浅いな」
「だろ?」
「だが、放っておくな」
「分かった」
「……まったく」
そんなやり取りが、何度も繰り返された。
そして――。
いつの間にか。
二人は普通に話すようになっていた。
まるで、昔からの友人のように。
---
ある日の夕方。
魔人族の城の中庭。
キラはベンチに座りながら空を眺めていた。
そこへジュダがやってくる。
「キラ」
「ん?」
「ここにいたのか」
「ちょっと休憩」
「そうか」
ジュダはキラの隣に座った。
以前なら絶対に考えられない光景だった。
魔王と人間。
それが並んで座っている。
「今日の援軍、かなり多かったな」
「そうだな」
「人間族の兵士も、最初は怖がってたけど」
「魔人族側も同じだ」
「やっぱり?」
「当然だろう」
ジュダは空を見上げる。
「互いに長い間、敵だと思っていたのだ」
「でも、少しずつ変わってきた」
「……ああ」
ジュダは小さく頷いた。
「貴様と出会ってからな」
「俺?」
「……そうだ」
ジュダは横目でキラを見る。
「貴様は……変な人間だ」
「よく言われる」
「褒めていない」
「そう?」
「そうだ」
二人は顔を見合わせる。
そして――。
「ふっ」
ジュダが笑った。
キラも笑う。
「ははっ」
その光景を、城の廊下から見ていたレティシアが固まった。
「……」
隣にいたエリスも止まる。
「……」
「エリス」
「うん」
「今、ジュダ笑ったよね?」
「笑ったね」
「キラと普通に笑ってたよね?」
「うん」
二人は顔を見合わせた。
「……なんか変わったね」
「かなりね」
---
そして――。
ジュダ自身にも、自覚し始めていた。
自分の態度が変わっていることを。
以前のジュダなら、キラに対しても、
「人間ごときが」
「貴様など信用できん」
「近寄るな」
そう言っていた。
だが今では――。
「キラ、今日はどこへ行く?」
「街を見てくる」
「……私も行く」
「いいけど」
「べ、別に貴様について行きたいわけではない!」
「じゃあ何で?」
「……魔王として視察だ!」
「はいはい」
「なんだその返事は!」
――こんな調子だった。
また別の日。
キラが訓練場へ向かおうとすると、
「キラ」
「ん?」
「昼食は食べたか?」
「まだ」
「……そうか」
「ジュダは?」
「私もまだだ」
「じゃあ一緒に食べる?」
「……え?」
ジュダが固まる。
「嫌ならいいけど」
「い、嫌とは言っていない!」
「じゃあ行こう」
「……ああ」
ジュダは少しだけ嬉しそうにキラの後を歩いていった。
---
そして、その変化は戦場でも現れていた。
ある日。
魔境軍の大規模襲撃が発生した。
「敵、北門突破!」
「数が多すぎます!」
「魔境軍が一気に入ってきます!」
兵士たちが叫ぶ。
キラは剣を抜いた。
「レティシア、エリス!」
「任せて!」
「分かった!」
セリーナも後方で治療の準備を始める。
「負傷者はこちらです!」
そしてジュダも魔力を解放した。
「全軍、迎撃せよ!」
「おおおおおっ!」
魔人族と人間族。
様々な種族の兵士たちが一斉に戦う。
キラは剣を振るいながら魔法を放つ。
炎。
風。
雷。
土。
水。
光。
次々と属性を切り替え、敵の動きを止めていく。
レティシアは分身を生み出し、二人のレティシアが同時に敵陣を駆け抜ける。
「いっけぇぇぇぇ!」
「せーのっ!」
二本の剣が敵を切り裂く。
エリスは後方から弓を引き絞る。
「アルテミス・レイン!」
大量の矢が空から降り注ぐ。
セリーナは負傷者を治療し続ける。
そしてジュダは――。
「邪魔だ!」
巨大な魔力を叩きつける。
敵軍が吹き飛ぶ。
その直後。
一体の魔境兵がキラの背後から襲いかかった。
「キラ!」
ジュダが叫ぶ。
キラは振り返る。
「大丈夫!」
剣で受け止める。
しかし――。
別の敵がジュダへ襲いかかった。
「ジュダ!」
キラが叫ぶ。
ジュダは振り返りざまに攻撃を受け止める。
「問題ない!」
「ならいい!」
「貴様こそ気をつけろ!」
「分かってる!」
一瞬だけ視線を交わす。
そして――。
二人は同時に笑った。
「行くぞ、ジュダ!」
「言われなくても分かっている!」
二人が同時に前へ出る。
キラの剣。
ジュダの魔力。
二つの力が同時に敵陣を貫いていく。
---
戦いが終わった。
城壁の上。
キラは夜空を見上げていた。
隣にはジュダがいる。
「……今日も終わったな」
「ああ」
「疲れた」
「魔王が弱音を吐くな」
「ジュダだって疲れてるだろ?」
「……まあな」
ジュダは小さく笑った。
そしてしばらく沈黙する。
「なあ、ジュダ」
「なんだ?」
「俺たち、結構仲良くなったよな」
「……!」
ジュダの動きが止まった。
「そ、そうか?」
「うん」
キラは何気なく笑う。
「もう友達みたいなもんだろ」
「……」
ジュダの顔が赤くなる。
「な、何を言っている……」
「違う?」
「ち、違うとは言っていない!」
「じゃあ友達でいいな」
「……」
ジュダはしばらく黙っていた。
そして小さく――。
「……ああ」
と答えた。
キラは笑う。
「じゃあこれからもよろしくな、ジュダ」
「……こちらこそだ、キラ」
ジュダも笑った。
だが。
キラが前を向いた瞬間――。
ジュダは自分の胸元に手を当てる。
「…………」
ドクン。
心臓が少しだけ強く鳴った。
(……まただ)
最近、キラと話していると妙に胸が騒ぐ。
キラが笑えば嬉しい。
キラが傷つけば心配になる。
キラが他の者と楽しそうに話していると、なぜか少し気になる。
そして、キラから「友達」と言われただけで――。
こんなにも嬉しい。
「…………まったく」
ジュダは小さく呟いた。
「本当に……変な人間だ」
「何か言った?」
「な、何でもない!」
「そう?」
「そうだ!」
キラは首を傾げる。
ジュダは顔を背ける。
その耳は――少し赤かった。
数か月前まで、人間と魔人族は敵だった。
だが今は違う。
同じ戦場に立ち。
互いに背中を預け。
笑い合い。
そして――少しずつ、互いを理解し始めている。
その中心にいるのは、一人の人間。
キラ。
そして魔王ジュダは、まだ自分でも気づかないほどゆっくりと――。
キラにだけ見せる「デレ」を隠せなくなっていた。
第193話 終




