192話 変わった人間
魔人族の王城。
その最奥にある王の間では、いまだ話し合いが続いていた。
巨大な玉座に座る魔王ジュダ。
その正面にはキラたち。
先ほどまでの戦場とは違い、今は剣も魔法も必要ない。
必要なのは――言葉だった。
「……つまり」
ジュダが腕を組む。
「人間族、エルフ、ドワーフ、竜人族、魚人族、獣人族。そして魔人族」
「そうだ」
「この世界の種族が協力して、魔境に対抗する」
「ああ」
キラは頷いた。
「それが俺たちの考えだ」
「……」
ジュダは黙ってキラを見る。
先ほどの戦場で見せた力。
あれだけの魔境軍を一瞬で消し去った聖なる魔法。
そして目の前の男が放った、炎と重力を組み合わせた魔法。
さらに、二人になった剣士。
精霊の力を宿した弓使い。
ジュダは、キラたちが決して普通の人間ではないことを理解していた。
だが――
それでも簡単に同盟を結ぶわけにはいかない。
「……魔境は確かに危険じゃ」
ジュダが口を開く。
「我々魔人族も、長い間その脅威と戦ってきた」
「そうなのか?」
「うむ」
ジュダは頷く。
「魔境は、いつこちらへ侵入してくるかわからない。今回のような侵攻も、決して初めてではない」
キラは黙って聞いていた。
「だからこそ、人間族と手を組むという考えが簡単に受け入れられない」
「……」
「過去に、我々は何度も人間族と争ってきた」
ジュダの声が少し低くなる。
「互いに憎み、互いに殺し合った」
「……ああ」
「魔人族というだけで敵と決めつける人間もいる」
「……」
「そして、人間族というだけで憎む魔人族もいる」
ジュダは目を伏せた。
「そんな関係なのじゃ」
キラはしばらく考える。
そして――
「だからこそ、変えればいいんじゃないか?」
ジュダが顔を上げた。
「……簡単に言うわね」
「簡単じゃない」
キラは即答した。
「でも、何もしなかったら何も変わらない」
「……」
「魔境との戦いが終わったあとも、ずっと争い続けるのか?」
ジュダは答えなかった。
キラの言葉を聞きながら、しばらく考え込む。
そして――
「キラよ」
「ん?」
ジュダがキラを見つめる。
「一つ聞く」
「なんだ?」
「魔境との戦いが終わったあと――」
ジュダの赤い瞳が鋭くなる。
「貴様は我々をどうするつもりだ?」
「……え?」
キラは少し間の抜けた声を出した。
ジュダは眉をひそめる。
「魔境との戦争が終わったあと」
「うん」
「その時、魔人族をどうする?」
キラはしばらく考える。
「……別に、何もしない」
「……」
ジュダの眉がぴくりと動いた。
「何もしない?」
「ああ」
キラは普通に答えた。
「魔境との戦いが終わったなら、それぞれの国に戻ればいいだろ」
「……」
「俺たちは俺たちの国へ帰るし、魔人族は魔人族の国へ帰る」
ジュダはじっとキラを見る。
だがキラは、そこで「あ」と声を漏らした。
「……いや」
「?」
「何もしないは嘘になるな」
ジュダが眉をひそめる。
「どういうこと?」
キラは――
笑った。
「魔人族とも、ずっと仲良くできたらいいな」
「…………」
ジュダの目が止まった。
言葉が出てこない。
「……」
キラは特に深い意味もなく言った。
ただ、本当にそう思っただけだった。
魔境との戦いが終わったら。
人間族と魔人族がまた争うのではなく。
普通に話せて。
普通に笑えて。
普通に一緒に食事でもできたらいい。
そんな、当たり前のこと。
「……」
ジュダの胸が――
不意に高鳴った。
ドクン。
「……っ」
ジュダは自分でも驚いた。
こんな感覚は初めてだった。
魔人族。
その言葉を聞くだけで嫌悪感を示す人間は多かった。
魔人族だから。
それだけの理由で、敵と決めつける。
魔人族だから殺す。
魔人族だから信用しない。
それが、ジュダの知る人間族だった。
だからジュダも、人間族を信用しなかった。
当然だった。
互いにそうだった。
だが――
目の前にいる人間は違った。
魔人族を恐れない。
魔人族を嫌わない。
魔人族を敵としてしか見ないわけでもない。
ただ――
「仲良くできたらいいな」
そう言った。
それだけ。
それだけなのに。
「……」
ジュダは胸元へ手を当てる。
ドクン。
また鼓動が強くなる。
「……何よ、これ」
小さく呟く。
キラが首を傾げる。
「どうした?」
「な、なんでもない!」
ジュダは慌てて顔を逸らした。
「……」
頬が少し熱い。
そんな自分に気づき、さらに恥ずかしくなる。
「……まったく」
ジュダは小さく息を吐いた。
そして――
「ゴホン!」
わざとらしく咳払いをした。
キラが見る。
「?」
ジュダは姿勢を正した。
「決めたのじゃ」
「おう」
「人間共との同盟は――」
ジュダはキラを見る。
「せぬ」
「……そうか」
キラの肩が少し落ちる。
「残念だな……」
明らかに落胆している。
その姿を見たジュダは――
「……」
また胸が少し痛くなった。
「……キラ」
「ん?」
ジュダはしばらくキラを見つめる。
そして――
「貴様となら」
「……?」
「同盟を結ぶ」
「!?」
キラの目が大きく開いた。
「え?」
「だから!」
ジュダの顔が少し赤くなる。
「何度も言わせるな!」
「いや、だって……」
「人間共とは同盟を結ばん!」
「……」
「貴様と同盟を結ぶ!」
ジュダはキラを指差す。
「キラ! 貴様とだ!」
「……俺と?」
「そうよ!」
ジュダは照れくさそうに顔を逸らす。
「貴様なら……まあ」
「……」
「信用してもいいと思っただけよ」
キラはしばらくジュダを見つめ――
ふっと笑った。
「わかった」
「……何よ」
「ありがとう、ジュダ」
「……っ」
ジュダの顔がさらに赤くなる。
「礼などいらない!」
「でも嬉しいよ」
「……うるさい!」
ジュダは顔を逸らした。
だが――
その口元には、ほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。
---
その後。
キラたちは、同盟の具体的な内容について話し合うことになった。
「まず、魔境との戦いでは協力する」
ジュダが言う。
「これは当然じゃな」
「ああ」
「互いの軍が必要になった場合は、援軍を出す」
「わかった」
「情報も共有する」
「それも必要だな」
「そして――」
ジュダがキラを見る。
「魔境との戦争が終わったあとについては、別途話し合う」
「……別途?」
「ええ」
「どうして?」
「簡単じゃ」
ジュダは腕を組む。
「私は魔人族の王」
「うん」
「貴様は人間族全体の王ではない」
「……ああ」
「だから、貴様と魔人族が同盟を結ぶことはできても、人間族全体と正式な同盟を結ぶこととは別問題」
キラは納得した。
「なるほど」
「貴様との関係は、貴様自身が保証する」
「俺が?」
「そうよ」
「わかった」
キラは頷いた。
「じゃあ、それでいい」
ジュダも頷く。
「よし」
こうして――
人間族全体と魔人族との正式な同盟ではなく。
まずは、
キラと魔王ジュダ。
二人を中心とした協力関係が結ばれることになった。
そして魔境との戦いにおいては、互いに敵ではなく――
共に戦う者となった。
「……キラ」
「ん?」
「一つだけ言っておく」
「なんだ?」
「もし貴様が私を裏切ったら――」
ジュダは赤い爪を見せる。
「その時は容赦しない」
キラは笑った。
「俺も同じだ」
「……ふふ」
ジュダも少し笑う。
「変な人間ね」
「よく言われる」
こうして――
長い間、争い続けてきた人間族と魔人族。
その歴史の中で初めて。
一人の人間と、一人の魔人族の王が手を取り合った。
それはまだ小さな一歩。
世界を変えるには、あまりにも小さな一歩だった。
だが――
キラとジュダにとっては。
確かな始まりだった。
第192話 終




