191話 進展
戦場。
魔境軍の将軍グングルが倒れたことで、一瞬だけ戦場に静寂が訪れていた。
魔人族の王――魔王ジュダ。
その赤い瞳が、キラを睨みつけている。
「人間ごときと同盟だと?」
怒りを含んだ声。
赤黒い髪が風に揺れる。
その手の赤い爪には、先ほどのグングルとの戦闘によって僅かに血が付着していた。
ジュダはキラを睨む。
キラも――
ただジュダを見つめていた。
「……」
「……」
何も言わない。
何もしない。
剣も構えない。
魔法も使わない。
ただ、まっすぐジュダを見る。
「……」
ジュダは眉を寄せた。
「……何か言ったらどうなのじゃ?」
それでもキラは何も言わない。
ジュダの怒りに対して、怒りで返すこともしない。
しばらくすると――
「……はぁ」
ジュダが大きくため息を吐いた。
「まったく……」
そして、キラから視線を外す。
ジュダが見たのは――
いまだ戦場に残っている魔境軍だった。
グングルが倒れたことで指揮系統は大きく乱れている。
しかし、魔境軍はまだ数多く残っていた。
魔人族軍も疲弊している。
負傷者も多い。
ジュダは戦場を見渡した。
「……今、貴様らを殺すのは簡単だ」
キラの方を見ずに言う。
「だが――」
ジュダは自分の国を見る。
破壊された城壁。
傷ついた兵士たち。
倒れた仲間。
「こちらとて、人手が足りぬ」
その言葉にキラが少しだけ目を細めた。
ジュダは続ける。
「魔境軍との戦争の最中に、貴様らと争っている余裕などない」
「……」
「それに――」
ジュダは倒れているグングルを見る。
「今はあの軍勢を片付ける方が先じゃろう」
そして、ジュダはキラを見る。
「話の続きは――」
赤い瞳が鋭く光る。
「こやつらを全滅させてからとしようではないか」
キラは少しだけ口元を緩めた。
「わかった」
それだけだった。
ジュダが眉を上げる。
「……それだけ?」
「今は戦うんだろ?」
「……そうね」
ジュダが赤い爪を構える。
「なら、さっさと片付けるわよ」
キラも剣を握り直す。
「行くぞ!」
「おう!」
レティシアが双剣を構える。
エリスも精霊弓王を握る。
魔人族軍も一斉に武器を構えた。
「全軍!」
ジュダが叫ぶ。
「魔境軍を押し返せ!!」
「おおおおおおおおおっ!!」
魔人族軍が一斉に動き出した。
こうして――
ほんの一時ではあるが。
人間族と魔人族。
そしてキラたちは、同じ敵を相手に戦うことになった。
---
「来るぞ!」
魔境軍が一斉に押し寄せる。
キラは前へ飛び出した。
「はあっ!」
剣を振る。
魔境兵の攻撃を弾き、そのまま斬り込む。
「インフェルノ・テンペスト!」
炎と風が融合し、巨大な炎の竜巻となって敵陣を吹き飛ばす。
その横を――
「行くよ!」
二人のレティシアが駆け抜ける。
「分身!」
すでに分身を維持しているレティシアは、二人で別々の敵へ向かっていく。
「双月斬!」
「無影連斬!」
二人の剣が同時に閃く。
「右は任せた!」
「左は任せて!」
敵を挟み込む。
一人が斬り込む。
もう一人が回り込む。
魔境兵が反撃しようとした瞬間――
「遅いよ!」
レティシアの剣が敵の武器を弾き飛ばした。
そこへもう一人のレティシアが追撃する。
「これで終わり!」
魔境兵が倒れる。
「やっぱり二人いると楽だね!」
「私もそう思う!」
「自分同士で会話するなよ!」
キラが叫ぶ。
「いいじゃん!」
レティシアが笑う。
---
空からは矢が降り注いでいた。
エリスだ。
「アルテミス・レイン!」
――ヒュンッ!!
一発の矢が空高く舞い上がる。
そして無数の光の矢へと変わった。
「……落ちてください」
――ザァァァァァッ!!
矢の雨が魔境軍へ降り注ぐ。
魔境兵が次々と倒れていく。
「まだです」
エリスは再び弓を引き絞る。
「次……!」
戦場全体を見渡しながら、魔境軍の密集地点へ矢を放つ。
敵が減る。
魔人族軍が前進する。
「今だ!」
「押し返せ!」
魔人族兵士たちが雄叫びを上げた。
---
そしてジュダも戦場を駆けていた。
「邪魔じゃ」
赤い爪が閃く。
一撃。
二撃。
三撃。
魔境兵が吹き飛んでいく。
魔人族の兵士たちがその姿を見ながら叫ぶ。
「魔王様がいるぞ!」
「負けるな!」
「魔境軍を国から追い出せ!」
ジュダは圧倒的な力で敵を蹴散らしていく。
だが――
戦場は広い。
敵の数はまだ多い。
魔人族側にも限界が近づいていた。
「……まだこんなにおるのか?」
ジュダが小さく呟く。
そのときだった。
「ジュダ様!」
遠くから兵士の声が聞こえた。
「西側の防衛線が危険です!」
「わかった!」
ジュダが向かおうとする。
しかし、目の前にも敵が現れる。
「……面倒じゃのぅ」
ジュダが構える。
その瞬間――
「ジュダ!」
キラの声。
ジュダが振り返る。
キラが敵を斬りながら叫んだ。
「西は俺たちが行く!」
「……!」
「お前はここを頼む!」
ジュダは一瞬驚いた。
「……人間のくせに」
小さく笑う。
「生意気ね」
だが――
「頼んだ」
キラたちは西側へ走った。
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「キラぁぁぁぁぁっ!!」
突然、遠くから声が響いた。
「……?」
キラが振り返る。
「セリーナ?」
後方から、小さな少女が走ってくる。
「はぁ……はぁ……!」
セリーナだった。
眼鏡が少しずれている。
髪も乱れている。
完全に息を切らしていた。
「セリーナ!?」
キラが駆け寄る。
「どうした!?」
「はぁ……はぁ……」
セリーナは両手を膝につく。
「わ、私……」
呼吸を整える。
「ライトニングブラストを……やります!」
「……!」
キラはセリーナを見る。
「大丈夫か?」
「……」
セリーナは顔を上げた。
そして――
親指と人差し指で小さくOKサインを作った。
「お任せください」
「……わかった」
キラが前を見る。
「じゃあ、頼む」
「はい!」
セリーナは一歩前へ出た。
そして――
両手を顔の前へ持っていく。
人差し指と中指。
左右の指を合わせるようにして――
額の前で、ダイヤの形を作る。
「……」
セリーナの周囲に聖なる光が集まり始める。
戦場にいる者たちが気づき始めた。
「なんだ……?」
「聖なる魔力……?」
キラもレティシアもエリスも、少し離れたところからセリーナを見る。
セリーナは目を閉じる。
そして――
「我に宿りし聖なる力よ」
光が強くなる。
「守りの刃になりて――」
空気が震える。
「敵を全滅せよ」
聖なる魔力が一気に膨れ上がった。
セリーナが目を開く。
「ライトニングぅー……!」
魔力が一点へ集まる。
「ブラストぉー!!」
――――ドォォォォォォォォォォンッ!!!
巨大な光が戦場を覆った。
白い光。
聖なる雷。
そして――
その光が魔境軍だけを包み込む。
「……」
キラが目を見開く。
「やっぱやばっ……」
レティシアは――
「…………」
口が開いたまま、完全に固まっていた。
「ふふふっ」
エリスは笑っている。
そして――
ジュダは。
「……」
赤い瞳を見開いたまま、冷や汗を流していた。
「……なに、あれ」
次の瞬間。
――ズドォォォォォォン!!
戦場の奥で巨大な爆発が起こる。
そして。
魔境軍が――
消えた。
一体残らず。
数え切れないほど存在していた魔境軍が。
まるで最初から存在していなかったかのように、全て消滅した。
戦場に残ったのは――
静寂。
「…………」
「…………」
「…………」
誰も言葉を発しない。
レティシアは口を開けたまま。
エリスはニコニコでセリーナを見ている。
キラもさすがに驚いていた。
「……セリーナ」
「はい?」
「……お前、本当に大丈夫か?」
セリーナは胸を張った。
「はい!」
そして――
「……ちょっと疲れました」
ふらっ。
「おい!」
キラが慌てて支える。
「危ないだろ!」
「す、すみません……」
セリーナは申し訳なさそうに笑った。
「でも……成功しました」
「ああ……」
キラは戦場を見る。
「大成功だよ」
---
「……」
ジュダは、まだ呆然としていた。
魔境軍がいない。
さっきまであれほどいた敵が――
本当に全て消えている。
ジュダはセリーナを見る。
「……あの小さな女」
そしてキラを見る。
「……何者なの?」
キラは少し笑った。
「俺たちの仲間だ」
「……」
ジュダはしばらく黙っていた。
やがて――
「……話をする」
ジュダは城の方へ歩き始めた。
「え?」
キラが聞き返す。
「同盟の話じゃろう?」
ジュダは振り返る。
「ここで話すことではない」
そして――
「我が城へ来るのじゃ」
キラたちは顔を見合わせる。
レティシアが小声で言う。
「……これ、ちょっと進展した?」
「たぶんな」
キラが答える。
ジュダは再び歩き始めた。
「ただし――」
足を止める。
「勘違いしないことね」
赤い瞳がキラを見つめる。
「私はまだ、人間との同盟を認めたわけではない」
「わかってる」
キラが頷く。
「だから話をするんだろ?」
「……ええ」
ジュダは再び前を向いた。
「話しましょう」
こうして――
キラたちは魔人族の王、魔王ジュダの城へ招かれることになった。
巨大な魔人族の城。
黒い石で作られた長い廊下を進み、キラたちは王の間へ通される。
巨大な玉座。
その前に立つジュダ。
キラたちも向かい合う。
「座りなさい」
ジュダが言う。
キラたちが席につく。
ジュダは玉座に座り、赤い瞳でキラを見つめた。
「さて……」
静かな声。
「人間族」
「……」
「なぜ、私たち魔人族と同盟を結びたいの?」
キラはまっすぐジュダを見た。
「魔境と戦うためだ」
「それだけ?」
「それだけじゃない」
キラは答える。
「もう、人間族と魔人族が争ってる場合じゃない」
ジュダは黙って聞いていた。
「この世界には、魔境という共通の敵がいる」
キラは続ける。
「だったら――」
「今まで敵だったからって、これからも敵でいる必要はないだろ」
ジュダの赤い瞳が揺れた。
しかし――
その表情はまだ厳しい。
「……簡単にはいかないぞ」
「わかってる」
「人間族と魔人族の間には、長い歴史がある」
「……ああ」
「それを、今日明日で変えられると思うのか?」
キラは少し考えた。
そして――
「思ってない」
ジュダを見る。
「だから、まずは話をしたい」
「……」
「それからだ」
ジュダはしばらくキラを見つめ――
小さく息を吐いた。
「……本当に変な人間ね」
こうして。
人間族と魔人族。
長きにわたり争ってきた二つの種族による――
歴史上初めての同盟交渉が始まった。
第191話 終




