189話 魔人vs魔境軍
王都アーク。
謁見の間には、重苦しい沈黙が漂っていた。
キラは、先ほど聞かされた話をまだ受け止めきれていなかった。
アシュレイン。
リリー。
リゼッタ。
三人とも、もうこの世にはいない。
しかもキラは、その事実を今初めて知った。
救出作戦があったことすら知らなかった。
自分が遠く離れた場所で戦っている間に、かつて自分たちを鍛えてくれた三人は、魔境へ向かい、そして命を落としていた。
「……」
キラは黙ったまま拳を握っていた。
隣ではエリスが俯いている。
セリーナも眼鏡の奥で悲しそうに目を伏せている。
そしてレティシアは、珍しく何も言わなかった。
普段なら「そんなの信じられない!」と声を上げそうな彼女でさえ、今はただ黙っていた。
レオンもまた、静かに目を閉じている。
そんな一同を見つめながら、王――アーク三世はゆっくりと口を開いた。
「……本来なら、今は休ませてやりたい」
「……」
「だが、状況はそれを許してくれん」
王の声は重かった。
「アシュレインたちが命を落としたことで、我々は改めて理解した」
王は玉座から立ち上がる。
「今までのように、国ごとに戦っていては勝てない」
キラが顔を上げた。
「……どういうことだ?」
「魔境だ」
その言葉だけで、空気が変わった。
「これまで人間族と魔人族は、何度も争ってきた」
王は続ける。
「互いに領土を奪い、互いに敵視し、時には大きな戦争にもなった」
「……」
「だが、もうそんなことをしている場合ではない」
王の目には、強い決意が宿っていた。
「魔境は、我々の争いなど関係なく、この世界そのものへ侵食を始めている」
「……魔境との戦いに備えるため、か」
キラが呟く。
「うむ」
王は頷いた。
「そこで、我々は一つの決断をした」
そして――
「魔人族と同盟を結びたい」
「魔人族と……?」
レティシアが目を見開く。
「そうだ」
王ははっきりと言った。
「人間族だけではない。エルフ、ドワーフ、竜人族、魚人族、獣人族。そして魔人族」
「この世界に存在するすべての種族が協力し、魔境との戦いに備える」
キラはしばらく黙っていた。
以前なら、魔人族と聞いただけで警戒したかもしれない。
だが今は違う。
自分たちが戦ってきた相手。
黒の魔力。
魔境将軍。
魔境獣。
そして、アシュレインたちを奪った敵。
その全てが一本の線で繋がり始めている。
「……わかった」
キラが立ち上がった。
「俺たちも協力する」
レティシアもすぐに続く。
「もちろん!」
エリスも顔を上げた。
「私も行きます」
セリーナも小さく頷く。
「私も……できることをします」
王は静かに頷いた。
「頼む」
そしてキラたちは、魔人族の国へ向かうことになった。
---
数日後。
キラたちは魔人族の国へ向かっていた。
長い道のりだった。
王都アークを出て、いくつもの山を越え、深い森を抜ける。
しかし――
進めば進むほど、景色がおかしくなっていった。
「……なんか、変だね」
レティシアが辺りを見回す。
森の木々は倒れている。
地面には巨大な爪痕。
ところどころに黒く焼け焦げた跡まである。
エリスがしゃがみ込み、地面を調べる。
「……戦闘の跡です」
「戦闘?」
「はい。かなり大規模なものです」
エリスが立ち上がる。
「しかも……新しい」
キラの表情が変わる。
「魔人族の国に近づいてるんだよな?」
「そうです」
「なら……」
キラは遠くを見る。
その瞬間だった。
――ドォォォォンッ!!
遠くから凄まじい爆発音が響いた。
「な、なに!?」
セリーナが驚いて眼鏡を押さえる。
もう一度。
――ドゴォォォォンッ!!
地面がわずかに揺れた。
キラはすぐに剣へ手を伸ばした。
「戦ってる」
「え?」
「この先だ」
キラは走り出した。
「行くぞ!」
「待ってよキラ!」
レティシアたちも続く。
森を抜ける。
丘を越える。
そして――
彼らの目に、とんでもない光景が飛び込んできた。
「……っ!」
セリーナが息を呑む。
眼下には巨大な戦場が広がっていた。
魔人族の国。
その城壁の向こうから、無数の魔人族兵士たちが戦場へ出ている。
しかし、その数を遥かに上回る軍勢が押し寄せていた。
黒い鎧。
異形の身体。
巨大な魔物。
空を飛ぶ魔境の兵。
そして、地上を埋め尽くすほどの軍勢。
「……魔境軍」
エリスが呟く。
キラは目を細めた。
魔境軍は、まるで巨大な波だった。
魔人族の軍勢を真正面から飲み込もうとしている。
「押されてる……」
レティシアが呟く。
実際、魔人族は必死に抵抗していた。
魔法が飛び交う。
剣がぶつかる。
炎が爆発する。
巨大な魔物が魔人族の兵士を吹き飛ばす。
魔人族側の魔法使いが一斉に魔法を放ち、それを防ぐため魔境軍が巨大な黒い壁を展開する。
それでも――
少しずつ。
少しずつ。
魔境軍は前進していた。
「このままじゃ……」
セリーナが青ざめる。
「国まで入られます」
「ああ」
キラは剣を抜いた。
「なら、止める」
レティシアが笑った。
「やっと出番だね!」
「レティシア、無茶するなよ」
「わかってるって!」
エリスも弓を構える。
「私たちは同盟を結びに来たんですよね」
「そうだ」
キラは魔境軍を見据える。
「だったら――」
剣を握り直す。
「まず、目の前で殺されそうになってる連中を助ける」
「うん!」
レティシアが双剣を抜く。
「それが一番早い!」
エリスが頷く。
「異論ありません」
セリーナも杖を握った。
「私も……治療します!」
四人は丘を駆け下りた。
---
◆
「魔人族を援護するぞ!」
キラが叫ぶ。
「おおおおおおっ!!」
戦場へ踏み込んだ瞬間――
魔境軍の兵士がこちらへ振り向いた。
「人間族だと!?」
「なぜ人間がここにいる!」
魔人族側からも驚きの声が上がる。
「人間族……?」
「援軍なのか!?」
「いや、あいつらは……!」
だが、そんなことを考えている暇はなかった。
一体の巨大な魔物がキラへ飛びかかってきた。
「邪魔だ!」
キラは剣を振る。
――ギィィィン!!
爪と剣がぶつかる。
凄まじい衝撃。
しかしキラは一歩も下がらない。
「――炎よ」
剣を押し返しながら、左手を突き出す。
「アポカリプス・フレイム!」
巨大な炎が至近距離から炸裂した。
――ドゴォォォォン!!
魔物の身体が吹き飛ぶ。
その直後、横から別の魔境兵が襲いかかってきた。
キラは身体を捻る。
刃を紙一重でかわす。
「遅い!」
剣で斬り上げる。
さらに――
「テンペスト・ゼロ!」
猛烈な風が敵を巻き込み、戦場の外へ吹き飛ばす。
「す、すごい……!」
近くにいた魔人族兵が目を見開く。
だが――
「よそ見しないで!」
レティシアが飛び込んできた。
魔境兵の攻撃を双剣で受け流す。
右。
左。
さらに一歩踏み込む。
「双牙連閃!!」
連続する斬撃。
敵の攻撃をかわしながら、レティシアは次々と魔境兵を切り伏せていく。
「この程度じゃ、止まらないよ!」
さらに別方向。
「――アルテミス・レイン!」
エリスの声が響いた。
空から無数の光の矢が降り注ぐ。
魔境軍の進軍列をまとめて撃ち抜く。
だが、それでも敵の数は多い。
「まだ来ます!」
エリスが叫ぶ。
「わかってる!」
キラは地面を蹴った。
炎。
水。
風。
雷。
大地。
光。
闇。
次々と属性を切り替えながら、魔境軍の波を押し返していく。
「ヴォルティック・アクア!」
水と雷が融合し、巨大な奔流となって敵を吹き飛ばす。
「グランド・エンド!」
大地が隆起し、魔境兵の足元を崩す。
「セレスティアル・レイ!」
天空から光が降り注ぎ、黒い魔力をまとった敵を貫く。
しかし――
敵は止まらない。
次から次へと押し寄せる。
「キラ!」
レティシアが叫ぶ。
「まだ奥にいる!」
キラが見る。
魔境軍の奥。
そこにはさらに巨大な軍勢がいた。
まるで、この戦場にいる全ての魔人族を飲み込むつもりのように。
「……あれを全部相手にするのか」
キラが呟く。
「そうみたいだね」
レティシアが双剣を構える。
エリスも矢をつがえる。
セリーナは負傷した魔人族の兵士たちのもとへ駆け寄った。
「大丈夫です! 今、治します!」
聖なる光が広がっていく。
傷ついた兵士たちの傷が少しずつ癒えていく。
「人間族が……」
「俺たちを治療している……?」
驚きの声。
キラはそれを聞きながら、魔境軍を睨んだ。
「……俺たちは同盟を結びに来た」
剣先を魔境軍へ向ける。
「だから――」
魔力が高まる。
「ここで魔人族を見捨てるわけにはいかない」
その言葉に、近くにいた魔人族兵士が立ち上がった。
「……人間族」
別の兵士も武器を握り直す。
「俺たちを助けるのか」
「そうだ」
キラは即答した。
「この世界が魔境に飲み込まれる前に――」
剣と魔法を構える。
「俺たちが、ここで止める」
レティシアが笑う。
「魔人族も一緒に戦おうよ!」
エリスも頷く。
「一人で戦う必要はありません」
セリーナも立ち上がった。
「みんなで……守りましょう」
一瞬。
魔人族の兵士たちは互いの顔を見る。
そして――
「……そうだな」
一人が武器を構えた。
「今は、争っている場合じゃない」
その声に、次々と魔人族が立ち上がる。
「魔境を止めるぞ!」
「国を守れ!」
「全軍、反撃だ!!」
魔人族の雄叫びが戦場に響き渡った。
その瞬間。
キラたちの前方で、魔境軍の大地が黒く染まった。
地面が盛り上がる。
巨大な影が姿を現す。
魔境軍の奥から――
さらに巨大な存在が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
「……あれは?」
レティシアが目を細める。
キラは剣を握り直した。
「わからない」
だが――
その存在から放たれる魔力だけは、はっきりと感じ取れた。
今まで戦ってきた敵とは違う。
明らかに異質。
そして強大。
魔境軍は、その存在を中心に再び前進を始める。
魔人族の国を飲み込むために。
世界を侵食するために。
キラたちは、激戦地のど真ん中でその巨影を見据えた。
「……行くぞ」
キラが呟く。
「ここからが本番だ」
剣に魔力が集まる。
レティシアが双剣を構える。
エリスが弓を引き絞る。
セリーナが聖なる光を灯す。
そして――
魔人族軍と魔境軍。
その戦場の中心で、キラたちの新たな戦いが始まろうとしていた。
第189話 終




