19話 地下より現る黒い魔物
――ゴォォォォン!
夜の街に、警戒鐘が鳴り響いた。
一度。
二度。
三度。
その音は、いつもの警戒鐘とは明らかに違っていた。
窓ガラスが震える。
家の壁までかすかに揺れる。
「な、何だ!?」
「鐘が鳴ってるぞ!」
「魔物が来たのか!?」
通りから、次々と人の声が聞こえてくる。
俺は窓から身を乗り出した。
街の中央。
冒険者ギルドの方向から、黒い光が空へ伸びている。
煙のような黒い魔力。
それが夜空へ向かって渦を巻いていた。
「……なんで」
昼間、俺たちが地下で見た黒い魔力。
それと同じものだ。
でも、規模が違う。
明らかに。
増えている。
「キラ!」
後ろから父さんの声がした。
振り返ると、父さんが剣を腰に差して立っている。
「外へ出るぞ」
「うん!」
俺たちは家を飛び出した。
---
夜の街
通りはすでに混乱していた。
店の扉を閉める人。
子供を抱えて走る人。
武器を持ってギルドへ向かう冒険者。
衛兵たちは大声で住民を誘導している。
「皆さん、落ち着いて!」
「家の中へ避難してください!」
「子供を先に!」
けれど。
突然の警報で、誰もが冷静ではいられない。
「魔物が街に入ったって!」
「本当か!?」
「森から来たらしいぞ!」
「逃げたほうがいい!」
不安が街全体に広がっていく。
俺は走りながら《魔力感知》を使った。
「……!」
街の地下。
黒い魔力が、いくつもの方向へ分かれている。
まるで血管のように。
「父さん!」
「どうした?」
「地下の魔力が街中に広がってる!」
「どこへ?」
「分からない……でも――」
俺は立ち止まる。
目を閉じる。
魔力の流れを追う。
「……ギルドだけじゃない」
「?」
「東門にも流れてる」
さらに。
「西門にも……」
そして。
「街の中央にも集中してる」
父さんの顔が険しくなる。
「地下で何かが起きているのか」
「たぶん」
その瞬間。
――ドォン!
「!」
遠くで爆発音がした。
人々が一斉に振り返る。
「今のは!?」
東門の方向。
黒い煙が上がっていた。
---
「東門へ向かう!」
父さんが叫ぶ。
俺たちも走る。
通りを曲がったところで、何人もの衛兵がこちらへ走ってきた。
「魔物が出た!」
「地下からです!」
「地下から!?」
父さんが驚く。
「どういう意味だ?」
「地面が割れて……その中から何かが!」
衛兵の顔は青ざめていた。
「何匹いる?」
「分かりません!」
「見たのは?」
「黒い……影です!」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の《魔力感知》が反応した。
「……来る」
「え?」
「右!」
父さんが俺の言葉を聞いた直後。
建物の壁を突き破って、黒い影が飛び出してきた。
――ドガァァン!
「うわあああ!」
人々が悲鳴を上げる。
瓦礫が道路へ飛び散る。
俺は咄嗟に手を伸ばした。
「《風》!」
風で瓦礫の軌道を逸らす。
ガシャガシャッ!
石が道路へ落ちる。
「キラ!」
父さんが俺を見る。
「今の……無詠唱?」
「うん!」
父さんが一瞬驚いた顔をした。
でも、すぐに前を見る。
「来るぞ!」
---
瓦礫の中から現れたのは、一匹の魔物だった。
犬に似ている。
しかし。
身体が異常に細長い。
全身を黒い魔力が覆っている。
目は赤い。
そして、身体のあちこちに黒い亀裂のようなものが走っていた。
「……新しい魔物?」
俺は《構造解析》を使う。
【対象:解析開始】
【種族:不明】
【魔力:異常】
【身体構造:変質】
【黒色魔力との融合率:高】
「融合……?」
魔物がこちらを向いた。
次の瞬間。
――ガァッ!
地面を蹴る。
「速い!」
父さんが剣を構える。
魔物が飛びかかる。
父さんが横へ避ける。
――ザシュッ!
爪が地面を削る。
「くっ!」
父さんが斬り返す。
――ガキィン!
剣が魔物の身体に当たる。
しかし。
「硬い!」
父さんが驚く。
魔物の身体には、ほとんど傷がない。
「俺がやる!」
俺は右手を向ける。
「《風》!」
風の刃を飛ばす。
――シュン!
魔物の身体に傷が入った。
「効いた!」
だが。
黒い魔力が傷口へ集まる。
――ジュウゥゥ……。
傷が塞がっていく。
「また再生……」
俺は歯を食いしばる。
昨日のオーガと同じだ。
---
「こっちだ!」
衛兵が叫ぶ。
「子供は先に避難させろ!」
俺の視界に、逃げ遅れた人たちが映った。
小さな子供を抱えた母親。
足を怪我している老人。
恐怖で動けなくなっている人。
魔物は一匹。
でも。
このまま戦えば、巻き込まれる。
「父さん!」
「分かってる!」
父さんが魔物の注意を引く。
俺は反対側へ走る。
「こっちです!」
「早く逃げて!」
子供たちを安全な通りへ誘導する。
そのとき。
「お兄ちゃん!」
小さな男の子が俺の服を掴んだ。
「あそこ!」
指差した先。
倒れた木箱の下に、別の子供がいる。
「……!」
俺は走る。
「大丈夫!」
木箱を持ち上げようとする。
重い。
「くっ……!」
六歳の身体では持ち上がらない。
なら。
「《重力》!」
木箱の重さそのものを軽くする。
――グッ。
持ち上がった。
「今だ!」
男の子を引っ張り出す。
「ありがとう……!」
「走って!」
子供を衛兵へ渡す。
振り返る。
その瞬間。
――ドンッ!
何かが飛んできた。
「え?」
魔物だった。
父さんが吹き飛ばされている。
「父さん!」
---
父さんが地面を転がる。
剣が遠くへ飛んでいる。
「父さん!」
俺は駆け寄る。
「来るな!」
父さんが叫ぶ。
魔物がこちらへ向かってくる。
父さんが立ち上がろうとする。
しかし。
「ぐっ……!」
左腕から血が流れている。
「父さん……」
「大丈夫だ!」
そう言いながらも、顔が苦しそうだ。
俺は魔物を見る。
怖い。
今まで何度も魔物と戦った。
でも。
父さんが傷ついているのを見るのは初めてだった。
「……」
頭の中で。
何かが切り替わった。
恐怖より先に。
魔法を使う。
「《風》」
魔物の横から風をぶつける。
――ドンッ!
魔物が少しだけよろめく。
「《重力》!」
さらに地面へ押し付ける。
――ズンッ!
魔物の脚が地面に沈む。
「今だ!」
父さんが剣を拾う。
「おおおおおっ!」
剣が魔物の胸を切り裂く。
――ザシュッ!
黒い血が飛び散る。
魔物が叫ぶ。
「グギャアアアア!」
だが。
再び黒い魔力が傷を覆う。
「またか!」
父さんが驚く。
俺は魔力の流れを見る。
「……待って」
昨日とは違う。
黒い魔力が傷を治している。
でも。
その流れが一瞬だけ乱れた。
「今!」
俺は手を向ける。
「《冷却》!」
傷口を凍らせる。
黒い魔力の流れが止まる。
「父さん!」
「分かった!」
剣を構える。
「これで――!」
振り下ろす。
――ズガァン!
魔物の身体が大きく吹き飛んだ。
---
だが。
その瞬間。
街の別の場所から。
「キャアアアア!」
悲鳴が響いた。
俺たちは同時に振り返る。
「まだいるのか……」
父さんが呟く。
俺は《魔力感知》を広げる。
「……一匹じゃない」
「何匹だ?」
「分からない」
街中。
あちこちに。
黒い魔力の反応がある。
十。
二十。
もっと。
「……増えてる」
俺の声が震える。
すると。
突然。
ギルドの方向から巨大な魔力が噴き上がった。
――ズゴォォォォン!
街全体が揺れる。
「な、何だ!?」
人々が空を見上げる。
建物の窓が一斉に震える。
屋根の瓦が落ちる。
そして。
ギルドの地下から。
黒い光の柱が空へ伸びた。
「うわあああ!」
「逃げろ!」
「何なんだ、あれ!」
街中が騒然となる。
俺はその光を見つめる。
そして。
気づいた。
「……違う」
「何が?」
「あれは攻撃じゃない」
黒い光は空へ伸びている。
まるで。
何かを探しているように。
俺の《魔力感知》が、光の先を追う。
そして。
「……森」
光の先。
森の奥。
昨日の巨大な魔物。
その魔力と黒い光がつながっている。
「まさか……」
俺は呟いた。
その瞬間。
森から。
巨大な咆哮が響いた。
――グォォォォォォォォン!
街中の人間が一斉に静まり返る。
鳥が空へ逃げていく。
窓を開けていた住民たちが、恐怖に顔を引きつらせる。
子供が泣き出す。
「な、何だ……今の……」
「森から聞こえたぞ……」
「魔物なのか……?」
俺も息を呑む。
そして。
《魔力感知》で感じ取った。
巨大な魔物の魔力が。
黒い魔力と戦っている。
「……あいつ」
俺は驚いた。
「街を襲ってるんじゃない」
父さんが俺を見る。
「どういうことだ?」
「森の魔物が……黒い魔力を止めようとしてる」
---
街を襲っていると思っていた巨大な魔物。
その魔物が。
俺たちと同じように。
黒い魔力と戦っている。
俺は混乱した。
「じゃあ……あいつは敵じゃないのか?」
答えは出ない。
だが。
今、街に入り込んでいる黒い魔物たちは。
明らかに黒い魔力に侵されている。
そして森の巨大な魔物は。
その黒い魔力を抑えようとしている。
俺は拳を握る。
「……もっと調べないと」
街を守るためにも。
あの巨大な魔物のためにも。
黒い魔力の正体を知る必要がある。
そのとき。
俺の視界に、新しい表示が浮かんだ。
【構造解析Lv2】
【進化条件達成】
【能力が進化しました】
「……!」
俺は目を見開く。
そして。
周囲にいた父さん、ガルド、ミレアたちが一斉に俺を見る。
「キラ?」
「どうした?」
「今、何かしたのか?」
俺は自分のステータスを確認する。
だが。
その詳細を見る前に。
街の地下から――。
三度目の大きな地鳴りが響いた。
――ゴゴゴゴゴゴ……。
そして。
地下深く。
あの封印の扉に。
新たな亀裂が走った。
第19話 終




