18話 崩壊の始まり
朝。
俺はいつもより早く目を覚ました。
昨日の地下道で見たものが、頭から離れない。
古い封印。
そこから漏れ出す黒い魔力。
そして、街の地下を流れている異常な魔力。
「……一体、何なんだ」
ベッドから降りる。
顔を洗い、着替える。
そして部屋を出ようとした、そのときだった。
――ピキッ。
「……ん?」
足元から、かすかな音がした。
俺は床を見る。
何もない。
だが、《魔力感知》を使った瞬間。
「……!」
背筋が凍った。
昨日よりも濃い。
黒い魔力が、家の床下を流れている。
しかも――。
俺の部屋の真下を通っている。
「なんで……」
俺は急いで部屋を出た。
---
「父さん!」
「どうした?」
「地下の魔力が増えてる!」
朝食を食べていた父さんが、驚いて立ち上がった。
「本当か?」
「昨日よりずっと濃い」
母さんもこちらを見る。
「地下の魔力って……昨日の森の話?」
「うん」
母さんの顔が不安そうになる。
「キラ。危ないんじゃないの?」
「大丈夫」
そう答えたものの。
本当は少し怖かった。
昨日までなら森の奥の話だった。
でも今は違う。
黒い魔力が、街の下まで来ている。
俺たちは急いでギルドへ向かった。
---
ギルドに入った瞬間。
いつもと違う空気を感じた。
冒険者たちがざわついている。
「魔道具が壊れた?」
「地下から?」
「さっきから変な音がするぞ」
受付の奥では、職員が慌ただしく走り回っている。
そして。
「キラ君!」
受付嬢が俺を見つけると、顔色を変えて駆け寄ってきた。
「来てくれてよかった!」
「何があったんですか?」
「地下の魔力探知機が……」
彼女が言葉を詰まらせる。
「全部、同時に反応したんです」
「全部?」
「はい」
俺は地下へ向かう。
階段を降りる。
昨日見つけた地下道の入口。
そこには十数人の冒険者が集まっていた。
「キラ、来たか」
ガルドが振り返る。
だが、その顔はいつもの豪快な笑顔ではない。
明らかに緊張している。
「見てみろ」
ガルドが壁を指差す。
「……!」
俺は息を呑んだ。
昨日まで普通だった壁。
そこに。
黒い亀裂が走っていた。
---
亀裂は一本ではなかった。
壁から床へ。
床から天井へ。
黒い線が網のように広がっている。
その隙間から、黒い魔力が煙のように漏れている。
「昨日はこんなのなかった」
ミレアが呟く。
「間違いない」
アルノが杖を近づける。
しかし。
「――っ!」
突然、杖が弾かれた。
「アルノ!」
ガルドが叫ぶ。
アルノは数歩後ろへ吹き飛ばされた。
「大丈夫だ……」
アルノが立ち上がる。
そして杖を見る。
「……魔力を吸われた」
「吸われた?」
「一瞬で、俺の魔力を持っていかれた」
周囲がざわめく。
「そんなことが……」
「魔法使いの魔力を吸うのか?」
俺は壁を見る。
黒い魔力がゆっくり動いている。
まるで。
生き物のように。
「……これ」
俺は手を伸ばしかける。
「触るな!」
父さんが俺の腕を掴んだ。
「ごめん」
でも。
《構造解析》を使う。
【未知の魔力構造】
【解析開始】
【警告】
【解析対象が拡大】
「……え?」
表示が変わる。
【対象範囲:地下道】
【構造解析可能範囲:拡大】
昨日までは一部しか見えなかった。
でも今は。
地下道全体が見える。
そして。
地下道のさらに先。
「……嘘」
俺は思わず声を漏らした。
「何が見えた?」
父さんが聞く。
「この地下道……」
俺は震える指で奥を指差す。
「森にはつながってない」
「え?」
「もっと下に続いてる」
---
俺たちは地下道を進むことになった。
ギルドマスターも同行する。
魔物がいる可能性もあるため、前衛にガルド。
索敵にミレア。
魔法支援にアルノ。
父さんは俺の隣。
そして後ろには数名の冒険者。
全員が警戒している。
しばらく歩く。
石造りの通路。
古い壁。
黒い亀裂。
そして。
少しずつ。
地下が深くなっていく。
「……寒い」
ミレアが腕を抱える。
確かに寒い。
でも、普通の寒さじゃない。
空気そのものが冷たい。
「魔力が温度を奪ってる」
俺が言う。
「そんなことまで分かるのか?」
ガルドが驚く。
「たぶん」
ガルドが俺を見る。
「六歳だよな?」
「……うん」
「……本当に?」
思わず苦笑する。
最近、この反応が少し増えてきた。
---
しばらく進んだところで。
巨大な扉が現れた。
高さは三メートル以上。
石でできている。
中央には大きな紋章。
「これは……」
アルノが近づく。
「見たことのない魔法式だ」
俺も解析する。
【古代封印】
【封印対象:解析不能】
【状態:劣化】
【残存強度:31%】
「……31%」
俺は呟いた。
「どうした?」
「封印が、もう三分の一くらいしか残ってない」
全員の顔が固まる。
「つまり……」
ギルドマスターが聞く。
「この扉の向こうに何かが封印されている」
「はい」
「そして封印は壊れかけている」
「……はい」
誰も喋らなくなった。
そのとき。
扉の向こうから。
――ドン。
音がした。
「……!」
全員が一斉に武器を構えた。
もう一度。
――ドン。
今度は大きい。
床が揺れる。
「何かいるぞ!」
ガルドが叫ぶ。
さらに。
――ドンッ!
扉にヒビが入った。
「下がれ!」
ギルドマスターが叫ぶ。
全員が後ろへ下がる。
俺は扉を見る。
黒い魔力がヒビから漏れてくる。
そして。
俺の《構造解析》が勝手に発動した。
【対象:封印内部】
【生命反応:確認】
【魔力反応:極大】
【解析不能】
「……生きてる」
俺の言葉に。
全員が凍りついた。
「今……何て言った?」
ガルドが聞く。
「この中に……何か生きてる」
「……」
「しかも」
俺は息を呑む。
「ものすごく大きい」
---
その瞬間だった。
扉の紋章が光った。
「全員、下がれ!」
アルノが叫ぶ。
だが。
紋章から放たれた光は、俺に向かって伸びてきた。
「えっ?」
――パァン!
光が俺の身体に触れる。
「キラ!」
父さんが叫ぶ。
俺は何も感じない。
ただ。
頭の中に文字が浮かんだ。
【適合者を確認】
【解析権限を一部開放】
【構造解析――進化条件を確認】
「……え?」
新しい表示。
俺は目を見開く。
【構造解析Lv2への進化条件】
【未知構造を一定数解析】
【高位魔力構造を解析】
【封印構造を解析】
「……」
俺は思わず扉を見る。
今の光は。
俺の能力を強化した?
「キラ?」
父さんが心配そうに肩を掴む。
「大丈夫」
「本当に?」
「うん」
俺は自分の手を見る。
さっきまでより。
魔力の流れが鮮明に見える。
壁。
床。
扉。
そして。
扉の向こう。
「……見える」
「何が?」
俺はゆっくり答える。
「この扉の向こうにあるものの……一部が」
---
そして、声が聞こえる
扉の向こう。
巨大な魔力。
黒い魔力。
その中心に――。
何かがいる。
人間に近い。
でも、人間ではない。
俺がさらに解析しようとした瞬間。
頭の中に。
声が響いた。
『……誰だ』
「……!」
俺は固まった。
「どうした、キラ!」
父さんの声が遠くに聞こえる。
俺は答えられない。
声は続く。
『……お前も……見えるのか』
「……誰?」
思わず口に出した。
周囲の冒険者たちが驚く。
「キラ?」
「誰と話してるんだ?」
俺には、その声が聞こえている。
『……解析する者……』
そして。
『ならば……気をつけろ』
「何を?」
しばらく沈黙。
その後。
『あれは……まだ……目覚めていない』
「……あれ?」
俺が聞き返す。
だが。
声は消えた。
「……」
俺は扉を見つめる。
「今の……何だったんだ?」
ガルドが困惑した顔をする。
「キラ君、一体どうしたんだ?」
俺は答えられない。
ただ一つ分かった。
この扉の向こうにいる存在は。
黒い魔力を生み出している存在ではない。
むしろ。
何か別のものを恐れている。
---
ギルドマスターの判断で、その日は一度地上へ戻ることになった。
誰も反対しなかった。
地下の存在については、あまりにも情報が少なすぎる。
地上へ戻る途中。
ガルドが俺に近づいてきた。
「なあ、キラ」
「何?」
「お前……本当に六歳か?」
「……またそれ?」
「いや、だってよ」
ガルドが頭を掻く。
「普通、六歳の子供はあんな魔力を見たり、古代の封印を解析したりしないだろ」
ミレアも横から口を挟む。
「私も同意」
「え?」
「昨日の戦いもそう。無詠唱で複数の魔法を同時に使っていた」
アルノまで頷く。
「私も驚いている」
「……」
俺は少し困る。
自分では普通にやっているつもりなのだ。
だけど。
周りから見ると。
どうやら普通ではないらしい。
ガルドが笑う。
「まあ、いいけどな」
「何が?」
「面白いじゃねぇか」
---
地上へ戻った俺たちを見て、ギルドの職員たちが集まってきた。
「どうでした?」
「地下には何が?」
ギルドマスターが答える。
「地下深くに古代の封印施設がある」
「封印……?」
「何かが眠っている」
その言葉に、職員たちがざわめく。
俺はその様子を見ながら思った。
まだ何も分かっていない。
黒い魔力の正体も。
封印されたものも。
森の巨大な魔物との関係も。
でも。
一つだけ確かなことがある。
この街の地下には、俺たちが知らない何かが存在する。
そして、その封印は。
少しずつ。
確実に弱くなっている。
---
その夜
俺はベッドに横になっていた。
眠れない。
目を閉じると、地下の扉が浮かぶ。
あの声。
『あれは……まだ……目覚めていない』
「……あれって何なんだ」
俺は呟く。
すると。
突然。
窓の外が明るくなった。
「……?」
俺は飛び起きる。
街の中央。
冒険者ギルドの方向。
黒い光が空へ伸びている。
「……!」
次の瞬間。
街中に――。
ゴォォォォン!
警戒鐘が鳴り響いた。
一度。
二度。
三度。
そして。
今までとは違う。
街全体を震わせるほどの鐘の音。
俺は窓を開ける。
通りでは人々が家から飛び出している。
「何だ!?」
「魔物か!?」
「ギルドの方を見ろ!」
街の中心から。
黒い魔力が噴き上がっていた。
俺は息を呑む。
「……始まった」
黒い魔力の異変は。
もう森だけの問題ではない。
街そのものを変え始めていた。
第18話 終




