17話 地下の封印
巨大な魔物が森へ戻っていった翌朝。
街は、いつもの朝とはまるで違っていた。
昨日までなら、朝になれば商人たちの声が聞こえ、パン屋から焼きたての香りが漂い、通りを走る子供たちの姿もあった。
しかし今日は――。
街のいたるところに衛兵が立っている。
門は閉じられたまま。
大通りには簡易の柵が設置され、冒険者たちが忙しそうに行き来していた。
「……本当に襲われたんだな」
俺は父さんと一緒に通りを歩きながら呟いた。
「ああ」
父さんは短く答える。
「昨日まで街の外の話だった。だが、今は街そのものが警戒区域になっている」
俺は周囲を見渡す。
店は開いている。
人も歩いている。
表面上は普通の街だ。
だけど、誰もが不安そうな顔をしている。
「怖いのかな」
「当然だろう」
父さんが俺の頭に手を置いた。
「自分たちの住んでいる街のすぐ近くに、あんな魔物がいるんだからな」
俺は森の方向を見る。
遠くに見える木々。
その向こうに、昨日の巨大な魔物がいる。
そして俺には、もう一つ分かっている。
黒い魔力が、街へ近づいている。
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緊急会議
冒険者ギルドへ入る。
昨日よりさらに人が多い。
受付には長い列ができ、奥では冒険者たちが地図を広げて話し合っている。
「キラ君!」
受付嬢が俺たちに気づいた。
「ギルドマスターがお待ちです」
「分かりました」
奥の部屋へ向かう。
扉を開けると、そこには昨日の調査隊が集まっていた。
ガルド。
ミレア。
アルノ。
それに数人の見知らぬ冒険者。
机の上には大きな地図が広げられている。
「来たか」
ギルドマスターが俺を見る。
「昨日はよくやった」
「ありがとうございます」
「しかし、これからが問題だ」
ギルドマスターが地図を指差す。
森。
街。
その間にいくつかの印がつけられている。
「昨日確認された魔物の群れは、今朝になってさらに増えている」
「……増えてる?」
俺が聞く。
「ああ」
ミレアが答えた。
「森の外周で確認された魔物だけでも、昨日の倍近い」
俺は地図を見る。
「それなら……」
頭の中で昨日の光景を思い出す。
魔物たちは森から逃げていた。
つまり。
「森の奥から、もっと強いものが出てきてる」
アルノが頷く。
「私もそう考えている」
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黒い魔力の調査
ギルドマスターが俺を見る。
「キラ。昨日、お前が確認した黒い魔力について詳しく教えてくれ」
「はい」
俺は少し考えてから説明する。
「黒い魔力は、普通の魔力とは違います」
「どこが?」
「生き物の身体に入り込んで、魔力の流れを変えていました」
昨日戦ったオーガを思い出す。
「身体能力を上げるというより……身体そのものを無理やり動かしている感じでした」
「操っている?」
ガルドが聞く。
「たぶん、少し違う」
俺は首を振る。
「オーガは自分の意思で動いているように見えました。でも、黒い魔力が身体を強制的に強化していました」
アルノが興味深そうに聞く。
「つまり、黒い魔力は魔物に寄生している?」
「……分かりません」
俺は正直に答える。
「でも、魔物の中にある魔力とは別のものです」
部屋が静かになる。
ギルドマスターが腕を組んだ。
「そして、その魔力は森の地下から来ている」
「はい」
俺は地図を見る。
「昨日見つけた地下の空間から流れていました」
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キラだけが見えるもの
そこで。
アルノが俺に質問した。
「キラ君。一つ聞きたい」
「はい」
「君には、その黒い魔力が見えるのか?」
「……見えるというより」
俺は目を閉じる。
「感じます」
《魔力感知》。
周囲の魔力が、ぼんやりと頭の中へ入ってくる。
父さんの魔力。
アルノの魔力。
ギルド内にある魔道具。
そして――。
「……ここにもある」
「何?」
俺は床を見る。
「黒い魔力です」
全員が黙った。
ガルドが床を見つめる。
「どこだ?」
「地下……」
俺はしゃがむ。
床に手をつける。
目を閉じる。
――感じる。
薄い。
でも確実に存在する。
黒い魔力が、地面の下を流れている。
「昨日より近い」
俺は呟いた。
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街の地下
「ギルドの地下を調べるぞ」
ギルドマスターが即座に決めた。
俺たちはギルドの地下へ向かった。
階段を降りる。
普段は倉庫として使われている場所だ。
古い木箱。
使われなくなった武器。
薬品。
冒険者用の備蓄品。
その奥。
俺は足を止めた。
「……ここ」
壁。
何の変哲もない石壁。
でも。
《魔力感知》では、その向こうに何かを感じる。
「壁の向こうに空間があります」
「本当に?」
アルノが近づく。
俺は《構造解析》を使う。
【対象:石壁】
【構造解析】
【内部空洞を確認】
「間違いない」
ガルドが拳で壁を叩く。
コン。
コン。
「確かに空洞だ」
ギルドマスターが衛兵を呼ぶ。
「壊せるか?」
「やってみます」
ガルドが斧を構える。
「下がってろ」
斧が振り下ろされる。
――ドゴォン!
石壁にヒビが入る。
二度。
三度。
ついに壁が崩れた。
その向こうに。
暗い通路が現れた。
「……地下道?」
俺は目を細める。
冷たい風が流れてくる。
そして。
その風に混じって――。
黒い魔力が流れている。
「森につながってる」
俺は言った。
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地下道
俺たちは慎重に地下道へ入った。
古い。
かなり古い。
壁には何かの紋様が刻まれている。
「これ……何の文字だ?」
ガルドが聞く。
アルノが杖を近づける。
「古代文字に似ている」
「読める?」
「一部なら」
アルノが目を細める。
「……『封じる』」
「封じる?」
「その下は……『魔力』」
俺は壁を見る。
そして。
《構造解析》を使う。
【魔力構造を確認】
【古代魔法式】
【封印術式】
「これ……」
俺は驚いた。
「封印です」
「何を封印している?」
俺は答えられない。
解析が足りない。
だが。
封印の中心から黒い魔力が漏れている。
「封印が弱くなってる」
アルノの顔が険しくなる。
「つまり……」
「何かが中から出ようとしている」
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異変
その瞬間。
――ゴゴゴゴゴ……。
地下道全体が揺れた。
「何だ!」
ガルドが壁に手をつく。
砂埃が落ちる。
俺は目を閉じる。
《魔力感知》。
黒い魔力が一気に増えている。
「来る……!」
「何が?」
「分からない!」
突然。
壁の紋様が黒く染まった。
魔力が流れ込む。
封印術式が赤く光る。
「離れろ!」
アルノが叫ぶ。
次の瞬間。
――バキィン!
壁に刻まれていた術式の一部が砕けた。
「封印が……!」
黒い霧のような魔力が通路へ流れ出す。
「キラ、下がれ!」
父さんが俺を引っ張る。
だが。
俺は黒い魔力を見つめていた。
魔力の流れが見える。
どこから来ている?
どこへ向かっている?
「……地下道じゃない」
俺は気づいた。
「黒い魔力が街の下へ流れてる」
「何だと?」
「森からここへ来て……」
俺は足元を見る。
「ここから街全体に広がってる」
ギルドマスターの顔が変わった。
「街の地下に魔力が流れている……?」
「はい」
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街を守るために
ギルドへ戻った俺たちは、すぐに対策を始めた。
街の各所に魔力探知用の魔道具を設置。
衛兵を増員。
冒険者たちには、魔物が現れた場合の対応を指示。
そして。
街の地下に存在する黒い魔力の流れを監視することになった。
俺も調査に参加する。
「キラ」
父さんが声をかける。
「無理はするな」
「うん」
「お前はまだ六歳だ」
「分かってる」
「……本当に分かってるのか?」
父さんが苦笑する。
俺も少し笑った。
「でも、俺にしか分からないことがある」
「……そうだな」
父さんは否定しなかった。
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新しい訓練
その日の午後。
ギルドの訓練場。
俺は一人で魔法の練習をしていた。
「《風》」
小さな風。
続けて。
「《重力》」
石が地面へ沈む。
そして。
「《冷却》」
石の表面が白く凍る。
今までなら、一つずつ使っていた。
でも昨日の戦いで分かった。
魔法は組み合わせられる。
問題は魔力だ。
連続して使うと、すぐに疲れる。
「もっと効率よく……」
俺は魔力の流れを意識する。
魔法を発動する。
その瞬間。
頭の中に、何かが見えた。
魔力の構造。
魔法がどのように組み立てられているか。
「……これなら」
俺は魔法を少し変える。
風を発生させる。
だが、普通の風とは違う。
魔力の消費を抑え、細く、鋭くする。
「《風刃》」
――シュッ!
訓練用の木板が切れた。
「……できた」
俺は驚いた。
詠唱していない。
しかも。
自分で魔法の構造を変えた。
「構造解析のおかげか……?」
俺は手を見る。
魔法そのものを理解すれば。
もっと自由に作れる。
その可能性に気づいた。
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夜の街
夜。
俺は窓から街を見ていた。
街のあちこちに魔道具の光が灯っている。
衛兵が巡回している。
冒険者たちも交代で警戒している。
いつもの街とは違う。
でも。
まだ街は無事だ。
「……守らないと」
俺は呟いた。
そのとき。
《魔力感知》が反応した。
「……!」
森。
昨日よりも強い。
黒い魔力が、地下を通って街へ流れている。
そして。
その中心に――。
一つだけ。
巨大な魔力の反応がある。
「……あいつ」
森の奥。
巨大な魔物が目を覚ました。
赤い目が暗闇の中で開く。
そして。
街の方向へ顔を向ける。
――ドン。
一歩。
――ドン。
また一歩。
しかし。
今度は街へ向かっているわけではなかった。
巨大な魔物は森の奥へ進んでいく。
まるで。
何かを守るように。
「……?」
俺は眉をひそめる。
昨日までの俺は、あの魔物を「街を襲う敵」だと思っていた。
でも。
今の動きは違う。
「もしかして……」
あの魔物も。
何かから逃げているのではないか。
あるいは――。
何かを恐れているのではないか。
俺は窓を閉めた。
まだ答えは出ない。
けれど。
この街を守るためには。
まず黒い魔力の正体を知らなければならない。
そして俺は決めた。
「もっと強くなる」
レベルを上げるだけじゃない。
魔法を理解する。
構造を理解する。
そして。
いつか。
あの黒い魔力の正体を、自分の目で見つける。
その決意を胸に、俺はベッドへ入った。
だが、その夜。
街の地下深くでは――。
封印された何かが。
ゆっくりと。
目を覚まし始めていた。
第17話 終




