188話 仮面の剣士
一年ぶりだった。
キラたちは、長い旅を終えて王都アークへと戻ってきた。
巨大な城壁。
行き交う冒険者たち。
商人たちの声。
そして、見慣れた王都の街並み。
「……戻ってきたな」
キラが小さく呟く。
「一年ぶりかぁ。なんだか懐かしいね」
エリスも周囲を見回す。
「私は……お腹すきました」
セリーナがいつもの調子で言った。
「戻ってきて最初の感想がそれかよ……」
キラが苦笑する。
「だって朝から何も食べてないでしゅ」
「朝飯、食っただろ」
「……あれは朝ごはんです」
「今も朝だろ」
「では二回目の朝ごはんです」
「そんな制度ないからな?」
エリスがくすっと笑う。
「セリーナらしいね」
そんなやり取りをしながら、三人は冒険者ギルドへ向かった。
そして――
「ルナに会いに行こう」
キラがそう言うと、三人はギルドの奥へと進んでいった。
---
ギルドの奥にある居住区。
そこには、以前と変わらない少女がいた。
「……ルナ」
キラが声をかける。
少女が振り返る。
銀色の髪。
穏やかな表情。
そして――
「…………!」
ルナの目が大きく開いた。
「キラ……!」
次の瞬間。
ルナは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「帰ってきた……!」
「ただいま、ルナ」
キラが笑う。
ルナはキラだけではなく、エリスとセリーナにも近づいていく。
「エリス……セリーナ……!」
「久しぶり、ルナ」
エリスが笑顔で答える。
「お久しぶりです!」
セリーナも嬉しそうに頭を下げる。
三人との再会を喜ぶルナ。
しかし――
キラはふと、ルナの服装に目をやった。
「……なあ」
「?」
「なんでメイド服なんだ?」
ルナは自分の服を見下ろす。
白と黒を基調とした、立派なメイド服。
「ギルドのみんなが着てみたらって」
「似合ってるけど……」
「うん。似合ってるね」
エリスも頷く。
「かわいいです!」
セリーナも絶賛する。
ルナは少し照れたように笑った。
「みんな優しくしてくれるから……毎日楽しい」
「そうか」
キラは安心した。
長い間、気になっていた。
ルナが無事に過ごしているのか。
何か辛いことが起きていないか。
それが確認できただけでも、王都へ戻ってきた意味はあった。
――その時だった。
「キラさん!」
ギルド職員が慌てた様子で駆けてくる。
「緊急討伐依頼です!」
「討伐?」
「はい!」
職員が依頼書を差し出す。
キラは受け取った。
そして――
眉をひそめる。
「……なんだこれ?」
依頼書には、たった一言。
討伐
それしか書かれていなかった。
対象。
場所。
危険度。
討伐理由。
何も書かれていない。
「これだけ?」
「はい……」
「依頼主は?」
「不明です」
「不明って……」
エリスも依頼書を覗き込む。
「普通の討伐依頼じゃないね」
セリーナも首を傾げる。
「なんだか怖いでしゅ……」
キラは依頼書を見つめる。
不自然だった。
あまりにも情報がない。
それなのに――
なぜかギルドは、この依頼を緊急案件として扱っている。
「……受ける」
キラが言った。
「キラ?」
「気になる」
キラは依頼書を握る。
「行ってみよう」
---
王都アークからほど近い草原。
風が静かに吹いていた。
キラは一人、草原の中央に立っている。
少し離れた場所にはエリスとセリーナ。
「本当に一人でいいの?」
エリスが尋ねる。
「うん」
キラは剣に手を添える。
「俺一人でやらせてくれ」
「分かった」
エリスは弓を下ろす。
セリーナも静かに頷いた。
その直後だった。
――ズン。
空気が変わった。
キラの背後から、誰かが歩いてくる。
一歩。
また一歩。
草を踏む音だけが響く。
そして――
現れた。
仮面をつけた人物。
全身を戦闘用の装備で固めている。
顔は見えない。
だが――
「……なんだ、この覇気」
キラの表情が変わる。
凄まじい。
ただ立っているだけなのに、空気が重い。
まるで大地そのものが押し潰されているようだった。
仮面の人物は何も言わない。
ただ――
腰の剣を抜いた。
キィン――。
澄んだ金属音。
キラも剣を抜く。
「……来い」
互いに構える。
そして――
次の瞬間。
二人の姿が消えた。
「――ッ!」
ガキィィィン!!
剣と剣が激突する。
「速い!」
キラが踏み込む。
右。
左。
斜め。
連続して剣を振る。
だが――
すべて受け流される。
「……!」
キラが目を見開く。
相手の剣は派手ではなかった。
魔法も使わない。
特殊な技を見せるわけでもない。
ただ――
純粋に剣が強い。
一撃一撃が正確だった。
最小限の動き。
無駄のない足運び。
キラの攻撃を受け、流し、そして返す。
「くっ!」
ガキン!
キラの剣が弾かれる。
その瞬間――
仮面の剣士が踏み込んだ。
「――!」
キラは身体を捻る。
剣が頬を掠める。
紙一重。
「危な……!」
さらに二撃。
三撃。
四撃。
キラは後退する。
「キラ!」
エリスが思わず声を上げる。
セリーナも心配そうに見つめる。
「押されてる……?」
「うん」
エリスは驚いていた。
キラがここまで純粋な剣技で押される。
それほどまでに――
相手は強かった。
キラは歯を食いしばる。
「……なるほど」
剣を握り直す。
「そういうことか」
キラの目が鋭くなる。
相手の剣を見る。
足を見る。
肩。
呼吸。
視線。
そして――
「なら……!」
キラは一気に踏み込んだ。
ガキィン!!
剣がぶつかる。
キラは弾かれない。
そのまま身体を回転させ――
斬る!
仮面の剣士が受ける。
さらに斬る。
受ける。
横薙ぎ。
受ける。
突き。
かわされる。
「まだだ!」
キラが踏み込み――
剣を振り抜く。
仮面の剣士が大きく後退した。
「……!」
初めて距離が開いた。
キラは追う。
一歩。
二歩。
三歩。
そして――
「これで……!」
キラが最後の一撃を放つ。
完全に仕留めるための一撃。
剣が相手へ迫る。
その瞬間――
ガキィィィン!!
「なっ……!」
仮面の剣士は――
もう一本の剣を抜いていた。
二本目の剣で、キラの一撃を受け止める。
「二刀流……!」
キラが驚く。
そして――
仮面の人物が、少しだけ距離を取った。
キラも剣を構えたまま動かない。
静寂。
風が吹く。
仮面の人物が――
ゆっくりと手を上げた。
そして仮面に手をかける。
カチャ。
仮面が外れる。
その顔を見た瞬間。
キラの目が大きく見開かれた。
「…………え?」
懐かしい声が響く。
「キラ!」
その声。
その笑顔。
そして――
見慣れた顔。
キラの仲間。
半年以上、ドーラで修行を続けていた女性。
二本の剣を手にした――
レティシアだった。
「……レティシア?」
キラは呆然と呟く。
レティシアは満面の笑みを浮かべる。
「久しぶり、キラ!」
「お前……!」
キラは剣を下ろす。
エリスも驚いた顔をしていた。
「レティシア……!」
セリーナは目を輝かせる。
「帰ってきたんですね!」
レティシアは二本の剣を鞘へ収める。
そして――
「ただいま!」
王都アークに――
新たな力を得たレティシアが帰ってきた。
第188話 終




