186話 双剣神レティシア
――ドーラ。
剣神アブソリューの道場、その裏手にある山。
神殿から出てきたレティシアは、これまでとは明らかに違っていた。
二本の剣を腰に携え。
身体からは、以前よりも遥かに強い気配が漂っている。
そして――。
その目には、自信が宿っていた。
「……」
レティシアは目の前に立つアブソリューを見る。
「アブソリュー」
「ああ」
「もう一度、戦おう」
アブソリューは口元を上げた。
「言われなくても、そのつもりだ」
二人は神殿の前で向かい合う。
風が吹き抜ける。
木々が揺れる。
そして――。
レティシアが二本の剣を抜いた。
「……行くよ!」
ドンッ!!
地面を蹴った。
一瞬だった。
レティシアの姿が消える。
「……!」
アブソリューの目が動く。
右。
いや――。
左。
レティシアは一瞬で方向を変えた。
「そこ!」
キィィン!!
右の剣。
アブソリューが受ける。
だが――。
「まだ!」
左の剣が迫る。
アブソリューは身体を傾けて避ける。
その瞬間。
レティシアは身体を回転させた。
「はぁっ!」
右。
左。
交互ではない。
二本の剣が、それぞれ別の軌道を描いて襲いかかる。
キィン!
カァン!
キィィン!
アブソリューはすべて受け流す。
だが――。
以前とは違う。
レティシアの攻撃が速い。
重い。
そして何より――。
迷いがない。
「……」
アブソリューの目が細くなる。
レティシアは半年間。
技を使わず。
ひたすら相手を見てきた。
足。
腰。
肩。
呼吸。
視線。
重心。
そして――。
相手が何をしようとしているのか。
今のレティシアは、それらすべてを自然に読み取っていた。
アブソリューが右足を引く。
「――来る!」
レティシアが先に動く。
アブソリューが斬り込む。
だが――。
空振り。
レティシアはすでにそこにいない。
「ここ!」
キィン!!
アブソリューの木剣が弾かれる。
「……!」
ほんの一瞬。
アブソリューの防御が崩れた。
そこへ――。
レティシアの二本の剣が迫る。
しかし。
「甘い」
アブソリューが身体を沈める。
レティシアの剣を潜り抜け――。
逆に懐へ入った。
「――っ!」
レティシアは咄嗟に後ろへ跳ぶ。
ズッ!
地面を削りながら着地。
「危な……!」
「今の判断は悪くない」
アブソリューが言う。
「でも――」
レティシアは笑った。
「まだ終わってない!」
ドンッ!
再び突っ込む。
激闘だった。
神殿の前。
山の静かな空気を切り裂くように、二人の剣が何度もぶつかる。
キィン!
カァン!
ズバッ!
木剣が空を切る。
レティシアは避ける。
アブソリューも避ける。
互いに一歩も引かない。
以前のレティシアなら。
アブソリューの剣を受けた瞬間、吹き飛ばされていただろう。
だが今は違う。
二本の剣を使って、攻撃を受け流す。
片方で剣を逸らし。
もう片方で反撃。
それでもアブソリューは止まらない。
「――!」
一閃。
レティシアは身体を捻る。
二閃。
しゃがむ。
三閃。
一歩後ろ。
そして――。
「そこだ!」
レティシアが踏み込んだ。
双剣が交差する。
「……!」
アブソリューが受ける。
ズンッ!!
衝撃で地面が震えた。
二人の足元に、小さな亀裂が走る。
「……!」
レティシアは驚いた。
自分でも分かる。
力が違う。
速さが違う。
そして――。
身体が軽い。
これが。
双剣神。
双剣を握っている限り、身体能力そのものが引き上げられている。
「すごい……!」
思わず笑ってしまう。
「まだ笑う余裕があるか」
「もちろん!」
レティシアは二本の剣を構える。
「だって――」
踏み込む。
「楽しいから!」
キィィン!!
再び激突。
---
どれだけの時間が経ったのか。
二人の身体には無数の傷がついていた。
模擬戦だから致命傷になるような攻撃は避けている。
それでも、腕。
肩。
頬。
脚。
あちこちに傷ができている。
レティシアは息を切らしていた。
「はぁ……はぁ……」
アブソリューも息を乱している。
「……」
互いに距離を取る。
しばらく見つめ合う。
レティシアは二本の剣を握り直した。
「……最後」
アブソリューも頷く。
「来い」
レティシアは構える。
「――はぁぁぁっ!」
ドンッ!!
二人が同時に走り出した。
一瞬。
互いの距離が消える。
アブソリューの剣。
レティシアの二本の剣。
三本の刃が交差する。
キィィィィン!!
凄まじい音が響いた。
レティシアは押される。
「ぐっ……!」
だが――。
「まだ……!」
右の剣で受ける。
左の剣を滑らせる。
アブソリューの剣の軌道を変える。
そして。
一歩。
踏み込んだ。
「――そこ!」
レティシアの右の剣が、アブソリューの胸元へ。
同時に。
アブソリューの剣もレティシアの首元で止まった。
二人とも動かない。
「……」
「……」
静寂。
やがて。
アブソリューが剣を下ろした。
「俺の負けだ」
「……え?」
レティシアの目が丸くなる。
「今……なんて?」
「俺の負けだ」
「……」
レティシアは信じられないような顔をした。
「私が……勝った?」
「ああ」
「剣神アブソリューに?」
「ああ」
「……」
そして。
「やったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
レティシアが両手を上げた。
「勝ったーーー!!」
見ていた弟子たちも驚いている。
アルミンも目を見開いた。
「……師範が負けた」
アブソリューはレティシアを見る。
「レティシア」
「はい!」
「今日をもって――」
アブソリューは静かに告げた。
「お前に免許皆伝を与える」
「……!」
レティシアの笑顔が止まる。
「免許……皆伝?」
「ああ」
「本当に?」
「本当だ」
アブソリューは頷いた。
「お前はもう、俺から学ぶ段階を終えた」
「……」
レティシアは二本の剣を見る。
半年。
長かった。
何度も同じ修行をした。
何度も負けた。
何度も悔しくなった。
「もうあきちゃうよっ!」
そう愚痴ったこともあった。
でも。
その半年年があったから。
今の自分がいる。
「……ありがとう」
レティシアが頭を下げる。
「アブソリュー」
「礼などいらん」
「でも……」
レティシアは笑う。
「私、ここに来てよかった」
アブソリューは何も言わなかった。
ただ。
小さく笑っていた。
---
その日の夜。
剣神道場の一室。
そこでは――。
「女子会だー!」
レティシアが叫んでいた。
「声が大きい」
アルミンが苦笑する。
「いいじゃん!」
レティシアは楽しそうだ。
そしてもう一人。
「はい、お茶です」
チャルマが湯飲みを並べていく。
三人。
レティシア。
アルミン。
チャルマ。
道場の女性陣だけで集まった、ちょっとした女子会だった。
「それにしても……」
アルミンがレティシアを見る。
「本当に免許皆伝なんだね」
「うん!」
レティシアは胸を張る。
「今日から私、剣神!」
「すごいな」
チャルマも笑う。
「最初に来た時とは別人みたい」
「そう?」
「うん」
アルミンが頷く。
「最初は師範の攻撃を避けるだけで精一杯だった」
「……」
レティシアが遠い目をする。
「そうだったね」
「今じゃ互角」
「いやぁ……」
レティシアは照れながら頭を掻く。
「私もびっくりしてる」
「それに新しいスキルもあるんでしょ?」
「うん!」
レティシアは嬉しそうに話す。
「双剣神!」
「名前からしてすごい」
「でしょ?」
「どんな能力?」
「双剣を持ってると攻撃力と素早さがすごく上がるの!」
「どれくらい?」
「攻撃力+500。素早さ+500!」
「……」
アルミンとチャルマが固まる。
「……すご」
「でしょ!」
レティシアはさらに嬉しそう。
「しかもね!」
「まだあるの?」
「うん!」
「何?」
レティシアは両手を広げた。
「魔法!」
「……」
「私、魔法覚えたの!」
アルミンが目を丸くする。
「レティシアが?」
「そう!」
「どんな魔法?」
「分身!」
「……分身?」
「うん!」
レティシアが手を前に出す。
「分身!」
ポンッ!
光が弾ける。
そこに――。
レティシアがもう一人現れた。
「……」
アルミンが無言になる。
チャルマも目を丸くする。
分身レティシアが手を振る。
「こんばんは!」
「……」
アルミンが呟く。
「本人よりうるさくない?」
「なんで!?」
本体レティシアが怒る。
分身も怒る。
「なんで!?」
「ほら!」
「ほらって何!?」
チャルマが笑い出した。
「ふふっ……!」
三人で笑う。
やがて分身は消えた。
「……」
レティシアは少し寂しそうに自分の手を見る。
「魔法って……面白いね」
「そうだね」
アルミンが頷く。
「でもレティシアには剣が一番似合ってる」
「うん」
レティシアも笑った。
「私もそう思う」
しばらく三人で話し込んだ。
修行のこと。
アルミンとの試合のこと。
これからのこと。
そして――。
「キラって、今どうしてるんだろう」
レティシアがぽつりと言った。
「……」
アルミンとチャルマがレティシアを見る。
「会いたい?」
「……うん」
レティシアは笑った。
「すごく」
キラ。
エリス。
セリーナ。
ずっと一緒に戦ってきた仲間。
今は自分だけが離れている。
「私、強くなったよ」
二本の剣を見る。
「キラ、びっくりするかな」
「きっと驚くよ」
チャルマが笑う。
アルミンも頷いた。
「今のレティシアと戦ったら、キラも楽しいだろうね」
「……」
レティシアの目が輝く。
「それだ!」
「?」
「帰ったらキラと戦おう!」
「戦うの?」
「うん!」
レティシアは楽しそうに笑った。
「私がどれだけ強くなったか、見せてやる!」
---
そして――。
夜が明けた。
東の空から太陽が昇る。
山々が朝日に照らされる。
剣神道場にも朝の光が差し込んだ。
レティシアは荷物をまとめる。
腰には二本の剣。
背筋はまっすぐ。
以前とは違う。
その表情には、確かな自信がある。
道場の前にはアブソリュー。
アルミン。
チャルマ。
そして多くの弟子たちが見送りに来ていた。
「じゃあ!」
レティシアが振り返る。
「行ってきます!」
アルミンが笑う。
「またいつでも来て」
「うん!」
チャルマも手を振る。
「頑張ってね」
「ありがとう!」
最後に。
アブソリューを見る。
「アブソリュー!」
「ああ」
「絶対にまた来るから!」
「その時は――」
アブソリューが笑う。
「さらに強くなっていろ」
「もちろん!」
レティシアは二本の剣に手を添える。
そして――。
「今日から私も――」
胸を張る。
「剣神だ!」
山道を駆け下りる。
「キラのところへ帰るぞー!!」
その声が山中に響き渡った。
レティシアは走る。
今までとは違う。
新たな力。
新たな剣。
そして――。
新たな自分。
仲間のもとへ帰るために。
レティシアは笑顔で、ドーラを後にした。
第186話 終




