179話 私はボギー
「はぁ……はぁ……!」
キラは走っていた。
聖教堂の長い廊下を、全力で駆け抜ける。
その瞬間――。
ドォォォン!!
「――っ!?」
大聖堂の方角から、凄まじい揺れが伝わってきた。
床が震える。
天井から細かな石の欠片が落ちてくる。
「くっ……!」
キラは一瞬だけ足を止め、後ろを振り返った。
遠くから、砂埃が大量に舞い上がっている。
「エリス……大丈夫かな……」
ゲンブとの戦い。
あれだけの強敵を、エリス一人に任せてしまった。
本当なら戻りたい。
だが――。
「……いや」
キラは拳を握った。
「エリスを信じる」
仲間を信じる。
それが今、自分にできることだった。
「頼んだぞ、エリス……!」
キラは再び前を向く。
そして走り出した。
「セリーナを助ける!」
しばらく走った後。
キラは長い階段を見つけた。
「上か……?」
階段はかなり古く、ところどころ崩れている。
キラは慎重に、しかし急いで階段を駆け上がった。
「セリーナ……!」
階段を登り切る。
そこにはいくつもの部屋が並んでいた。
キラは一つずつ確認していく。
「ここじゃない……」
次。
「違う……」
さらに奥へ。
「……いない」
誰もいない。
「くそ……」
キラは周囲を見回した。
その時だった。
「……ん?」
崩れた壁の向こう。
瓦礫の隙間に、何かが見えた。
「魔法陣……?」
キラは近づく。
そこには、壁に刻まれた大きな魔法陣があった。
しかし――。
「……乱れてる」
本来なら綺麗な形をしているはずの魔法陣が、途中で崩れている。
線も途切れ、複数の術式が重なっていた。
「もしかして……」
キラは考える。
「隠し扉とか……?」
キラは魔法陣へ手を伸ばす。
「違ってたら……まぁ、その時だ」
そして――。
「えいっ!」
バキィン!!
魔法陣を破壊した。
すると――。
ゴゴゴゴゴ……。
壁の一部がゆっくりと動き始めた。
「やっぱり!」
崩れた壁の奥から、一枚の扉が姿を現した。
キラは扉の前に立つ。
「……セリーナ」
祈るように呟く。
そして――。
ガチャッ。
扉を開けた。
「――っ」
キラの目が点になった。
そこにいたのは――。
派手な衣装を身につけた、非常に太った男。
金色の装飾品をこれでもかというほど身につけ、豪華な椅子にふんぞり返っている。
そして、その周囲には何人もの女性がいた。
男はキラを見て、眉を上げる。
「……誰だ?」
キラは眉をひそめた。
「お前こそ誰だ」
「…………」
一瞬の沈黙。
そして――。
「私?」
男が自分を指差す。
「私を……知らないのか?」
「知らない」
即答。
男の顔が引きつった。
「……私を知らない奴が……」
肩が震える。
「世界にいたとは思いもしなかった!」
「……は?」
男は突然、大声で笑い始めた。
「ハハハハハハハハ!!」
周囲の女性たちもつられるように笑う。
「ふふふ……」
「知らないなんて……」
男は大きく両腕を広げた。
「私は!!」
そして――。
「聖教都市シルオットの王!!」
胸を張る。
「ボギーだ!!」
部屋中に響き渡る声。
キラは数秒、男を見つめた。
そして――。
「ふぅん」
「…………」
ボギーの笑顔が止まる。
「じゃあ、ボギー様」
キラは一歩前へ出た。
「セリーナを返せ」
「……セリーナ?」
ボギーは首を傾げる。
「誰のことかと思えば……あの女か」
口元を歪める。
「あの色気もない女なら――」
ボギーは楽しそうに笑った。
「もう処刑されているころだろう」
「…………」
キラの表情が固まった。
「……今、なんて言った?」
「だから――」
ボギーは笑う。
「あの女はもう処刑されているころだ、と言ったのだ」
「…………」
キラの頭の中が真っ白になる。
「セリーナが……?」
拳が震える。
「処刑……?」
信じたくない。
そんなはずはない。
ついさっきまで――。
一緒にいた。
笑っていた。
転んでいた。
治療してくれた。
「……嘘だ」
キラの声が低くなる。
「セリーナは……」
ゆっくりと顔を上げる。
「そんな簡単に殺されるような奴じゃない」
ボギーは鼻で笑った。
「ほう?」
「……」
「ならば確かめてみるか?」
ボギーが楽しそうに笑った。
「もう遅いと思うがな」
「…………」
キラの目から、感情が消えていく。
その頃――。
「……あれ?」
薄暗い牢獄。
そこにいたセリーナが、突然顔を上げた。
「なんか……揺れてますね」
牢獄全体が、かすかに揺れている。
「地震でしょうか?」
呑気に首を傾げるセリーナ。
その隣で、老人が慌てて立ち上がった。
「な、何だ!?」
「先生?」
「何か起こったのかもしれん!」
老人が牢の外を見る。
「まさか……!」
その瞬間――。
ガゴォォォン!!
「きゃっ!?」
牢獄の扉が吹き飛んだ。
「…………」
セリーナと老人が、呆然と扉を見る。
壊れた扉。
崩れた壁。
そして、牢獄の外へ続く道。
「……」
セリーナの目が輝いた。
「出られます!!」
「セリーナ!」
「先生、行きましょう!」
セリーナは老人の手を握った。
「えっ?」
「今のうちです!」
「お、おい!セリーナ!」
「早く!」
セリーナは老人の手を引っ張り――。
牢獄を飛び出した。
「わぁぁぁ……!」
久しぶりの自由。
セリーナはそのまま走り出す。
「先生!こっちです!」
「待て!セリーナ!」
「早く早く!」
二人は必死に牢獄を抜けていった。
セリーナはまだ知らない。
自分を探して、キラがこの聖教堂へ来ていることを。
そして――。
キラが今まさに、自分が処刑されたと聞かされていることを。
「…………」
キラはボギーを睨みつけていた。
「お前……」
拳を強く握る。
「後悔するなよ」
怒りに満ちた声。
だが――。
ボギーは肩をすくめる。
「おお、怖い怖い」
まるでキラを馬鹿にするように笑った。
「たかが冒険者一人が、私に何をするというのだ?」
そして――。
ボギーはゆっくりと地面に手をついた。
「ならば……」
黒い魔力が周囲に広がっていく。
「見せてやろう」
床に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
「我の魔力を食らい 闇に住む汝らよ我に力を――」
黒い光が渦を巻く。
「そして……」
魔法陣から異様な気配が溢れ出す。
ボギーは口元を歪めた。
「召喚黒魔術!!!ヘルフィスタード!!」
ズドォォォォン!!
黒い魔力が爆発した。
「グォォォォォォ!!」
「ギャァァァァァ!!」
「グルルルルル……!」
魔法陣から現れたのは――。
三体の異形。
複数の魔物の身体が融合したような姿。
鋭い爪。
巨大な牙。
異なる生物の頭部。
そして全身から漏れ出す黒い魔力。
「キメラ……」
キラが呟く。
三体。
それぞれが異なる姿をしている。
だが共通しているものが一つだけあった。
圧倒的な殺気。
ボギーは笑う。
「さあ……」
指をキラへ向ける。
「そいつを殺せ」
「グォォォォォ!!」
三体のキメラが同時に咆哮した。
ドンッ!!
床を蹴る。
三体が一斉にキラへ襲いかかる。
「――来い」
キラはゆっくりと剣を抜いた。
キィン――。
鋭い金属音が部屋に響く。
「セリーナは……」
剣を構える。
「俺が必ず助ける」
そして――。
「お前も、必ず倒す」
キラの瞳が鋭く輝いた。
三体のキメラが、同時に牙を剥く。
「グォォォォォォォ!!」
戦いが始まった。
第177話 終




