178話 エリスの本気
聖教堂――。
崩れかけた大聖堂の中で、激しい戦いが続いていた。
「はぁ……はぁ……!」
エリスは息を切らしながら、ゲンブを睨みつける。
その手には、精霊弓王によって生み出された魔法の弓。
弓を引く。
「――アルテミス・レイン!」
無数の光の矢が、空間を埋め尽くす。
「ぬぅぅっ!」
ゲンブが黒い魔力をまとい、腕を振る。
ドドドドドッ!!
降り注ぐ矢を次々と弾き飛ばしていく。
その隙を狙い、エリスは一気に距離を詰めた。
「はぁっ!」
右手による掌底。
「効かぬ!」
ゲンブが腕で受け止める。
「まだです!」
エリスはそのまま身体を回転させ、肘を叩き込む。
「ぐっ……!」
さらに低く身を沈め、足払い。
ゲンブの巨体がわずかに揺らぐ。
そこへ――。
「アルテミス・レイン――ゼロ!!」
至近距離から放たれた極大の一矢。
ドォォォォン!!
爆発とともに、ゲンブの身体が後方へ吹き飛んだ。
「どうですか……!」
エリスは肩で息をしながら構える。
だが――。
煙の中から、ゆっくりとゲンブが立ち上がった。
「……フフフ」
「……!」
「見事だ、小娘」
ゲンブの身体から、さらに黒い魔力が噴き出す。
「だが、いつまでその力を維持できる?」
エリスは答えなかった。
自分でも分かっていた。
「……っ」
手が震える。
息が苦しい。
そして――。
体の奥から感じていたはずの魔力が、明らかに減っている。
精霊弓王を維持するだけでも、凄まじい魔力を消費していた。
そこへ何度も魔法を放ち、身体強化を使い、近接戦闘まで続けている。
「……まだ……」
エリスは弓を握り直す。
「まだ戦えます……!」
「ならば試してみろ!」
ゲンブが突っ込んでくる。
「っ!」
エリスも迎え撃つ。
拳。
肘。
蹴り。
弓による打撃。
そして魔法。
二人の攻防は、さらに激しさを増していった。
「はぁぁぁっ!」
「ぬおおおおっ!」
ドゴォン!!
壁が砕ける。
ガァン!!
石柱が崩れる。
ズドォォン!!
床が大きく陥没する。
エリスは何度も攻撃を避け、何度も反撃する。
しかし――。
少しずつ。
確実に。
エリスの魔力は削られていった。
「……っ、はぁ……はぁ……」
視界が少しずつ霞んでいく。
足が重い。
それでもエリスは立っていた。
「まだ……です……」
弓を構える。
だが――。
矢が、うまく形成されない。
「……え?」
指先から魔力が抜けていく。
「魔力が……」
ゲンブが笑う。
「終わりだ」
「……!」
次の瞬間。
ゲンブの姿が消えた。
「――っ!」
エリスが反応する。
だが、遅い。
「ぬおおおおおっ!!」
ズガァァァン!!
「――きゃあああっ!!」
ゲンブの重い一撃がエリスを直撃した。
身体が宙に浮く。
そのまま何度も瓦礫を跳ね飛ばし――。
ドォォン!!
壁に叩きつけられた。
「……っ……」
エリスの身体が崩れ落ちる。
弓が手から離れ、床を転がった。
「…………」
意識が遠のいていく。
音が聞こえない。
身体も動かない。
ただ、ぼんやりと天井が見えていた。
「……キラ……さん……」
エリスは小さく呟いた。
その瞬間――。
昔の記憶が、頭の中を駆け巡った。
---
幼い頃のエリス。
自分の中にある、あまりにも大きな魔力。
「嫌……!」
「止まって……!」
「お願い……!」
だが、止まらない。
魔力が溢れていく。
森を包み。
大地を震わせ。
木々をなぎ倒していく。
「エリスを止めろ!」
「このままでは村が――!」
「危険だ!」
周囲の声。
恐怖の視線。
自分自身が怖かった。
「私……」
小さなエリスは震えていた。
「どうして……こんな力が……」
そして――。
魔力は暴走した。
---
「……そうでしたね……」
現在へ戻る。
エリスは薄く目を開ける。
「私の魔力は……」
身体は動かない。
精霊弓王も、消えかけている。
ゲンブがゆっくりと近づいてくる。
「終わりだ、小娘」
「…………」
エリスは、ぼんやりとゲンブを見つめた。
そして――。
小さく笑った。
「……いえ」
「何?」
エリスは震える手を前へ伸ばす。
「終わってません……」
「貴様に何ができる!」
「……昔は……」
エリスの瞳に、光が戻る。
「この力が怖かった」
「……?」
「自分でも……制御できなくて……」
身体の奥。
残されたわずかな魔力。
それをエリスは感じ取る。
「でも……」
エリスはゆっくり立ち上がった。
「今なら……」
「何をするつもりだ?」
エリスはゲンブを見据える。
「制御する必要なんて……ありません」
「――!」
エリスは、自ら魔力の制御を外した。
「……っ」
ドクン。
身体の奥で何かが弾けた。
ドクンッ!!
次の瞬間――。
「う……っ!」
凄まじい魔力が、エリスの身体から噴き出した。
白い光。
精霊の力。
そして――。
暴走するほど巨大な魔力。
「な……なんだ、この魔力は……!」
ゲンブが初めて動揺する。
エリスの髪が魔力の奔流で舞い上がる。
床が震える。
壁が震える。
空気そのものが震える。
「昔の私は……この力に負けました」
エリスは拳を握る。
「でも……」
目の前のゲンブを睨む。
「今の私は違う!」
ドォォォォォン!!
魔力が一気に膨れ上がった。
「ぐおおおおおおおっ!?」
ゲンブが黒い魔力を全開にする。
「そんなもの、我の黒魔力で――!」
「――いきます」
エリスが弓を構える。
しかし、そこにはもう普通の矢は存在しない。
暴走した魔力そのものが、一つの巨大な矢へと集まっていく。
「これは……」
エリス自身も驚くほどの力だった。
「私の……全部です!」
光が大聖堂を埋め尽くす。
「アルテミス――」
ゲンブが叫ぶ。
「やめろぉぉぉっ!!」
エリスは最後の力を振り絞り、弦を引き切った。
「――レイン!!」
ドォォォォォォォォン!!!
巨大な光の奔流が、ゲンブを飲み込んだ。
「ぐ……おおおおおおおおっ!!」
黒魔力が弾け飛ぶ。
ゲンブの身体が光の中へ消えていく。
「我は……魔境将軍……ゲンブ……!」
「……!」
「こんな……人間の……小娘に……!」
光がさらに強くなる。
「負ける……など……!」
そして――。
パァァァァン!!
凄まじい光が弾けた。
静寂。
崩れた聖教堂に、瓦礫が落ちる音だけが響く。
「…………」
エリスはその場に立っていた。
魔力は完全に空っぽ。
精霊弓王も消えている。
「……はぁ……」
膝から力が抜ける。
そのまま座り込んだ。
「……勝った……?」
目の前には――。
ゲンブの姿はなかった。
黒い魔力だけが、煙のように消えていく。
エリスは小さく笑った。
「……キラさん……」
そして――。
「私……ちゃんと……守れましたよ……」
その言葉を最後に、エリスはゆっくりと目を閉じた。
第176話 終




