175話 逆らえない
聖教都市シルオット。
崩壊した大聖堂の前には、まだ黒い魔力の残滓が漂っていた。
先ほどまでキラとエリスは、サイクロプスと化した司祭、そして聖騎士団と魔法星団を相手に激しい戦いを繰り広げていた。
だが――。
戦いが終わった今も、続々と援軍に来る聖騎士団と魔法星団は武器を構えたままだった。
「……」
キラは剣を握ったまま、周囲を警戒する。
エリスも弓を構えていた。
「キラさん……まだ終わってないんでしょうか?」
「ああ。あいつらがどう動くか分からない」
その時だった。
「待ってください!」
倒れていた司祭が、ゆっくりと身体を起こした。
「!」
キラとエリスが振り返る。
先ほどサイクロプスへと変貌していた司祭は、すでに元の人間の姿へ戻っている。
苦しそうに息をしながら、それでも立ち上がった。
「司祭さん……大丈夫ですか?」
エリスが近づこうとする。
しかし――。
「来ないでください」
司祭は手を前に出した。
「え?」
「今、私に近づけば……あなたたちはまた狙われます」
キラが目を細める。
「どういう意味だ?」
司祭は周囲を見渡した。
そして、小さく息を吐く。
「私は……ここで、操られていたふりをしておきます。」
「……何?」
キラが驚く。
「黒い魔力に侵食されたように見せて、なんとかこの場に聖騎士団と魔法星団を引き留めてみます。」
司祭は苦しそうに笑った。
「彼らをここから動かしてはいけない。」
司祭は頷く。
キラは剣を下ろした。
「……味方になってくれるのか?」
「正確には……味方だと言えるほど、強い立場ではありませんでした」
司祭は周囲を見渡す。
「あなた達にお伝えしておきます。」
「何を?」
キラが問う。
司祭は静かに答えた。
「聖教ボギーのことです」
その名前を聞いた瞬間。
キラとエリスの表情が変わった。
「……ボギー」
エリスが呟く。
司祭は頷いた。
「聖教ボギーは、現在この大聖堂より北にある――」
一度、言葉を止める。
「聖教堂にいます」
「聖教堂……?」
「はい」
キラは周囲を見渡した。
「それで、ボギーっていうのは一体何者なんだ?」
司祭はしばらく黙っていた。
そして――。
重い口を開いた。
「聖教ボギーは……権力を欲していました」
「権力?」
「ええ」
司祭の拳が震える。
「以前の聖教様――セリー様は、民を第一に考える方でした」
そしてエリスも、黙って話を聞いている。
「奴は……そんなセリー様の考えを嫌っていた」
司祭の声が震える。
「セリー様が民に愛されれば愛されるほど、ボギーは自分の立場が弱くなると思ったのでしょう」
「……まさか」
キラが呟く。
司祭は静かに頷いた。
「ボギーは――セリー様を暗殺しました」
「……!」
エリスが息を呑む。
キラの目が鋭くなる。
「……殺したのか」
「はい」
司祭は俯いた。
「表向きには病死とされました。しかし、違います」
「ボギーが……」
「自分の権力のために、暗殺したのです」
沈黙。
崩壊した大聖堂に、風が吹き抜ける。
「そして、奴は次にシンボルを変えました」
「シンボル……」
「街の旗にあったシンボルが変わっていたのも……」
「ボギーの仕業です」
司祭は答える。
「セリー様が大切にしていたものを、すべて消そうとしたのでしょう」
そしてさらに――。
「法律まで変えました」
「法律?」
「富を集めるための法律です」
司祭は苦しそうに続ける。
「聖教会へ納める金を増やし、従う者には利益を与える。逆らう者には財産を奪う」
「……最低だな」
キラが吐き捨てる。
「さらに――」
司祭の顔が険しくなる。
「従わぬ者は、身分も年齢も関係なく死罪」
エリスが目を見開く。
「そんな……」
「貴族だろうが商人だろうが、一般の民だろうが関係ありません」
司祭は拳を握った。
「ボギーに逆らえば死ぬ」
「だから……あの処刑場が」
キラは思い出す。
セリーナが飛び込んだ、あの処刑。
罪を犯したという理由だけで、一人の人間が殺されようとしていた。
「あれもボギーの命令か」
「はい」
司祭は頷いた。
「この都市では、すでに誰も逆らえません」
そして、キラは一つの疑問を口にした。
「でも……ボギーは黒い魔力に操られているんじゃないのか?」
「……違います」
司祭は即答した。
「!」
「聖教ボギーは――」
司祭はキラを真っ直ぐ見る。
「黒い魔力に染まっているわけではありません」
「……」
「奴は、自分の意思でやっています」
エリスの表情が険しくなる。
「自分の意思で……?」
「はい」
司祭は頷く。
「黒い魔力は確かにこの街に入り込んでいます。しかし、ボギー自身が黒い魔力に支配されているわけではない」
「じゃあ、黒い魔力はどこから……?」
司祭は答えた。
「――黒の魔石です」
キラの目が変わった。
「黒の魔石……」
その言葉。
聞き覚えがあった。
エルディア。
地下。
そして――。
「まさか……」
キラが呟く。
司祭は話を続けた。
「その魔石は、以前エルディアの地下で見つかったものです」
「……!」
エリスも息を呑む。
「エルディアの地下……」
「はい」
司祭は頷く。
「その黒の魔石から、黒い魔力が発生しています」
キラは黙り込む。
エルディア地下で起きた事件。
黒い魔力を持つ魔物。
地下に存在していた巨大な魔石。
そして――。
水晶。
「待て……」
キラの記憶が繋がっていく。
「その黒の魔石は……誰かに渡したのか?」
司祭は苦しそうに頷いた。
「ボギーは、黒い魔力の一団と取引をしました」
「取引……?」
「黒の魔石に、黒い魔力を込めてもらうためです」
「……!」
「その代わりに――」
司祭は言葉を続ける。
「エルディアの地下にあった水晶を黒い魔力の一団へ渡した」
その瞬間。
キラの頭の中で、すべてが一本の線になった。
「……水晶」
地下にいた少女。
リナ。
そして、消えた水晶。
「そういうことだったのか……」
エリスがキラを見る。
「キラさん?」
キラは拳を握った。
「黒い魔力の一団は……」
言葉が震える。
「黒の魔石に魔力を与える代わりに、地下の水晶の情報を手に入れた」
「はい」
司祭が頷く。
「ですが、なぜ水晶なんかを……」
エリスが疑問を口にする。
キラは答えを知っていた。
「……リナだ」
「!」
「地下の水晶の中にいた少女」
エリスは驚いた顔をする。
「リナ……」
キラはさらに続ける。
「そして、ルナ」
その名前を聞いた瞬間。
二人の間に沈黙が落ちた。
ルナ。
中央の封印にいた少女。
リナと瓜二つの少女。
黒い力と深い関係を持つ存在。
そして――。
「エリオスは言っていた」
キラは静かに呟く。
「ルナとリナを……一つにする」
エリスの目が見開かれた。
「……まさか」
キラは頷く。
「黒い魔力の一団が欲しかったのは……」
そして、その答えを口にした。
「リナだ」
エリスは息を呑む。
「つまり……」
「そうだ」
キラは拳を握りしめた。
「黒の魔石に黒い魔力を込めてもらうために、ボギーは地下の水晶の情報を渡した」
「そして、その水晶の中にいたのが……」
「リナ」
キラの目が鋭くなる。
「黒い魔力の一団は、ルナとリナを一つにするために――」
一歩、前へ出る。
「リナを手に入れたんだ」
エリスは言葉を失った。
今までバラバラだった出来事。
エルディアの地下。
黒の魔石。
水晶。
リナ。
ルナ。
エリオス。
黒い魔力の一団。
すべてが繋がった。
「……キラさん」
エリスが小さく呟く。
「うん」
キラは北を見る。
その先にある――聖教堂。
そして、そのさらに先にいるであろう黒い魔力の一団。
「行こう」
「はい」
司祭は二人を見つめる。
「ですが……聖教堂には――」
キラは振り返った。
「分かってる」
剣を握る。
「ボギーがいる」
そして――。
「俺たちは、あいつから全部聞き出す」
前聖教を殺した理由も。
シルオットを変えた理由も。
黒の魔石のことも。
そして何より――。
リナが今、どこにいるのか。
キラたちは、北へ視線を向けた。
その先には――。
聖教ボギーが待つ、聖教堂があった。
第174話 終




