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15話 迫りくる異変

森の奥にある地下遺跡。


 そこから流れ出している、正体不明の黒い魔力。


 そして、その魔力に怯えて森から逃げ出す魔物たち。


 第14話の調査から一夜明けても、俺の頭からそのことが離れなかった。


 朝食を食べている間も、昨日見た地下の光景を思い出してしまう。


「キラ、どうした?」


 父さんが向かい側から声をかけてきた。


「え?」


「さっきからずっと黙ってるぞ」


「ああ……」


 俺はスプーンを置いた。


「昨日の森のことを考えてた」


「地下遺跡か」


「うん」


 父さんは少し考えるように黙った。


「今日、ギルドから呼び出しがあるかもしれない」


「やっぱり?」


「昨日の報告はかなり重大だからな」


 父さんはそう言って、窓の外を見る。


 朝の街はいつも通りだった。


 商人の声。


 馬車の音。


 通りを歩く人々。


 何も変わっていない。


 だけど。


 俺には分かる。


 街の外。


 森の方向から。


 昨日より濃い黒い魔力が流れてきている。



---


魔力感知


 朝食を終えた俺は、部屋に戻った。


 机の前に座り、目を閉じる。


「《魔力感知》」


 昨日覚えたばかりのスキル。


 周囲の魔力がぼんやりと感じられる。


 家の中には父さんと母さんの魔力。


 小さな魔道具にも魔力がある。


 街の中にも、人々の魔力がいくつも存在している。


 そして――。


「……森」


 森の方向だけ、明らかに異質だった。


 黒い。


 濃い。


 しかも。


 昨日より近い。


「……なんで?」


 俺は立ち上がった。


 窓を開ける。


 もちろん、森は遠くに見えるだけ。


 何も起きていない。


 でも魔力感知では、確かに分かる。


 黒い魔力が少しずつ街へ近づいている。


「まさか……」


 その瞬間。


 ――ゴォォォン!


 街中に大きな鐘の音が響いた。


「!」


 一度。


 二度。


 三度。


 俺は窓から外を見る。


 街の人たちが足を止めている。


 そして。


 冒険者たちが一斉にギルドの方向へ走っていく。


「警戒鐘……?」


 父さんが部屋へ入ってきた。


「キラ!」


「父さん!」


「すぐギルドへ行くぞ!」


「何があったの?」


「魔物だ」


 父さんは短く答えた。


「街の外で魔物の群れが確認された」



---


街の外へ


 俺たちは急いでギルドへ向かった。


 通りには人が溢れている。


「魔物が来たって!」


「森から出てきたらしいぞ!」


「門を閉めるって!」


 不安そうな声があちこちから聞こえる。


 ギルドへ入る。


 中には昨日の調査隊のメンバーも集まっていた。


「来たか!」


 ガルドが俺たちを見つける。


「何が起きた?」


 父さんが聞く。


「今朝、森の南側で魔物の群れが確認された」


 ミレアが地図を広げる。


「数は?」


「まだ分からない」


「種類は?」


「ウルフ、ゴブリン、ホーンラビット。それと……」


 ミレアが一瞬言葉を止める。


「オーガが確認されている」


「オーガ?」


 父さんの表情が険しくなる。


 オーガ。


 俺でも知っている。


 普通のウルフやゴブリンとは比べ物にならない。


 人間より遥かに大きく、強い。


「どうしてそんな魔物が森の外へ?」


 アルノが呟く。


 俺は答えを知っている気がした。


「……黒い魔力」


 全員が俺を見る。


「昨日見た黒い魔力が、魔物を森から追い出しているんだと思う」


 受付嬢が地図を見る。


「もしそうなら……」


「魔物は逃げているだけ」


 俺は言った。


「街を襲いたいわけじゃない」


「だったら、なおさら危険だ」


 ガルドが言う。


「逃げ場を失った魔物は、街へ入ってくる」


 俺は頷いた。


 そして。


 外から大きな音が響いた。


 ――ドォン!


 建物が少し揺れた。


「今のは……?」


 ミレアが窓へ駆け寄る。


「門の方向!」



---


街の門


 俺たちが門へ向かうと、すでに冒険者と衛兵が集まっていた。


「魔物だ!」


「前衛、前へ!」


「弓を構えろ!」


 街の外。


 遠くから魔物の群れが走ってくる。


 その数は――。


「多い……」


 俺は思わず呟いた。


 数十。


 いや。


 百近くいる。


 ウルフ。


 ゴブリン。


 ホーンラビット。


 そして。


 巨大なオーガ。


 普通なら街へ向かって襲ってくるはずの魔物たち。


 でも。


 俺には分かった。


 全員が――。


怯えている。


「……怖がってる」


「何?」


 父さんが聞く。


「魔物たち、街を襲いたいんじゃない」


 俺は森を見る。


「森から逃げてる」


 その瞬間。


 森の奥から。


 黒い魔力が一気に膨れ上がった。


「――!」


 俺の《魔力感知》が警告する。


「来る!」


「何がだ?」


「森から……何かが来る!」



---


魔物の突進


「全員、構えろ!」


 衛兵隊長の声が響く。


 魔物の群れが一気に加速した。


「放て!」


 弓矢が一斉に飛ぶ。


 ヒュッ!


 ヒュヒュッ!


 何本もの矢が魔物たちに突き刺さる。


 だが。


 数が多すぎる。


「来るぞ!」


 ガルドが斧を構える。


 最初のウルフが門へ飛び込む。


「おおおおっ!」


 ガルドの斧が横薙ぎに振られる。


 ドンッ!


 ウルフが吹き飛ぶ。


 別のウルフが横から飛びかかる。


 俺は手を向ける。


「《風》」


 ――ドン!


 風の塊がウルフを弾き飛ばす。


「キラ、無理するな!」


 父さんが叫ぶ。


「分かってる!」


 俺は周囲を見る。


 魔物が多すぎる。


 一匹ずつ倒していたら間に合わない。


 そこで。


 俺は魔法の使い方を変える。


「《重力》」


 魔物の群れの足元を狙う。


 ドンッ!


 数匹の身体が地面へ沈む。


「今!」


 衛兵たちが一斉に攻撃する。


 魔物が次々と倒れていく。


「キラ!」


 ガルドが笑う。


「その魔法、便利だな!」


「まだ終わってない!」


 俺は叫んだ。


 まだ来る。


 まだ。



---


オーガ


 群れの後ろから。


 巨大な影が現れた。


「……あれがオーガ」


 初めて見る。


 三メートル近い巨体。


 太い腕。


 巨大な棍棒。


 そして。


 身体に黒い魔力がまとわりついている。


「まずい!」


 衛兵隊長が叫ぶ。


「オーガを止めろ!」


 何人もの冒険者が前へ出る。


 オーガが棍棒を振り上げる。


「――グォォォォ!」


 振り下ろす。


 ――ドゴォォン!


 地面が砕けた。


「うわっ!」


 冒険者たちが吹き飛ばされる。


 俺は息を呑んだ。


「強い……」


 でも。


 普通のオーガなら、ここまでおかしくない。


 《構造解析》を使う。


【対象:オーガ】


【構造解析】


【魔力異常を確認】


【未知の魔力構造】


 やっぱり。


 黒い魔力。


 俺はさらに解析する。


「……あれ?」


 オーガの胸。


 そこに黒い魔力が集中している。


 昨日見た巨大な魔物と同じ。


「核……」


 俺は呟いた。


 黒い魔力がオーガの身体を無理やり動かしている。


「父さん!」


「どうした!」


「オーガの胸を狙って!」


「分かった!」


 父さんが走る。


 オーガが棍棒を振る。


 父さんは横へ跳ぶ。


 地面が砕ける。


 その隙に。


「《風》!」


 俺が風を撃つ。


 オーガの身体が僅かに傾く。


 父さんが踏み込む。


「――おおおっ!」


 剣がオーガの胸を斬り裂く。


 黒い魔力が噴き出した。


「ギャアアアア!」


 オーガが叫ぶ。


 そして。


 身体から黒い魔力が抜けていく。


 巨体がゆっくりと倒れた。


「……倒れた」


 俺は息を吐く。


 だが。


 安心するのは早かった。



---


黒い魔力の波


 突然。


 森の奥から。


 巨大な黒い魔力が街へ向かって流れ込んできた。


「……!」


 俺だけが、それを感じた。


 魔力感知が警告する。


【高濃度魔力反応】


【接近】


「父さん!」


「なんだ?」


「魔物じゃない!」


 俺は森を見る。


「黒い魔力そのものが……こっちへ来てる!」


「どういうことだ?」


 答えられない。


 分からない。


 ただ。


 今までとは比べ物にならないほどの魔力。


 街全体を覆うほどの量。


 そして。


 遠くから。


 低い音が聞こえた。


 ――ドン。


 ――ドン。


 ――ドン。


 昨日、森で聞いた足音。


「……嘘だろ」


 ガルドが森を見る。


「まさか……」


 木々の向こう。


 何か巨大な影が動いた。



---


街を襲う「何か」


 その瞬間。


 街の中央にある鐘が鳴り響いた。


 ――ゴォォォン!


 警告の鐘。


 そして衛兵隊長が叫ぶ。


「全員、街の中へ戻れ!」


「何が起きてる!」


「分からん!」


 冒険者たちが慌てて動き始める。


 俺は森を見続ける。


 巨大な影。


 黒い魔力。


 そして。


 俺の《構造解析》が勝手に反応する。


【対象を認識】


【解析開始】


【警告】


【解析不能】


【対象の構造が現在の能力を超えています】


「……」


 俺は拳を握る。


 昨日よりも近い。


 あの魔物が。


 街へ近づいている。


 俺は初めて思った。


 今まで俺は、


 魔物を倒すことばかり考えていた。


 でも。


 もしあいつが街へ来たら。


 街そのものが壊される。


 俺が毎日歩いている道。


 パン屋。


 冒険者ギルド。


 市場。


 そして。


 俺の家。


「……嫌だ」


 思わず口から言葉が漏れた。


 怖い。


 でも。


 それ以上に。


 この街が壊れるのが嫌だった。


 父さんが俺を見る。


「キラ?」


 俺は森を見たまま答える。


「父さん」


「なんだ?」


「俺、あいつのことをもっと調べたい」


「……」


「でも今度は」


 俺は手を握る。


「逃げたくない」



---


 森の奥。


 巨大な影が立ち上がった。


 赤い二つの目が、遠くの街を見つめる。


 そして。


 低い唸り声。


 ――グルルルル……。


 街の門の向こうで、誰も知らない。


 ただ一人。


 キラだけが、その魔力を感じていた。


 何かが、街へ向かっている。


 そしてその歩みは――


 もう止まらない。


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