142話 出現ブラックフェンリル
オギデストラを出発して数時間。
キラたちは、騎士団と共に北東の山岳地帯を進んでいた。
先頭を歩くのは騎士団長ガルディオ。
その後ろにキラ、レティシア、エリス、セリーナ。
さらに数十名の騎士たちが続いている。
「……静かすぎる」
レティシアが周囲を見渡す。
本来なら、山には鳥や小動物の気配がある。
しかし――
何も聞こえない。
「動物が逃げたんだと思う」
エリスが弓を構えたまま答える。
「この先から、嫌な気配がする」
「エリスにも分かるか」
「うん」
キラも足を止めた。
「……俺にも感じる」
空気が重い。
魔力そのものが、この山を覆っているようだった。
セリーナが小さく呟く。
「この魔力……以前のものと似ています」
「黒い魔力か?」
「はい。でも……」
セリーナは少し首を傾げた。
「何か、少し違います」
「違う?」
「はい。黒い魔力の中に……別の力が混ざっています」
キラは目を細めた。
「別の力……」
そのとき。
「全員、止まれ!」
ガルディオの声が響いた。
騎士たちが一斉に停止する。
前方。
巨大な岩壁に、深い爪痕が残されていた。
一つ。
二つ。
三つ。
どれも人間の身長を遥かに超える。
「……これが、調査団が見つけた爪痕です」
ガルディオが呟く。
キラが近づいて確認する。
「かなり大きいな」
「報告では、これより先に進んだところで姿を確認したそうです」
エリスが地面を見る。
「待って」
全員が彼女を見る。
「足跡がある」
巨大な足跡。
そして――
その周囲には黒い魔力が漂っていた。
「この方向」
エリスが指を向ける。
「……いる」
キラが剣に手を添えた。
「行こう」
一行は慎重に進んだ。
---
山を越えた先。
そこには巨大な谷が広がっていた。
「……なんだ、ここ」
キラが呟く。
地面が赤い。
血のような赤色に染まっている。
植物も、岩も、すべてが異様な色をしていた。
セリーナが息を呑む。
「これは……魔力による汚染です」
「ここが発生源か」
ガルディオが周囲を見る。
その瞬間――
ドンッ!!
地面が揺れた。
「な、なんだ!?」
騎士たちが構える。
ドンッ!!
さらに一度。
今度は――
谷の奥から。
ズズズズズ……。
何かを引きずるような音。
キラは剣を抜いた。
「来る」
レティシアも双剣を抜く。
「分かったわ」
エリスが弓を構える。
セリーナは後方へ下がった。
そして――
谷の奥から巨大な影が現れた。
四本の脚。
巨大な爪。
そして――
赤く光る二つの眼。
「……狼?」
誰かが呟く。
だが、その大きさは通常の狼とはまるで違う。
全長は十メートルを超えている。
全身を覆う黒い毛。
その毛の隙間から、赤黒い魔力が噴き出している。
牙が覗く。
グルルルルル……。
低い唸り声。
キラが目を細める。
「……ブラッティフェンリル」
Sランク魔物。
それが――
目の前にいた。
「全員、構えろ!」
ガルディオが叫ぶ。
騎士たちが一斉に盾を構える。
しかし。
ブラッティフェンリルは騎士たちには目も向けなかった。
その視線は――
真っ直ぐキラへ向いている。
「……俺か」
キラが呟く。
ブラッティフェンリルが低く身を屈める。
「来る!」
次の瞬間。
ドンッ!!
地面が爆発したように砕けた。
「速い!」
一瞬で距離を詰める。
巨大な爪がキラへ振り下ろされた。
キラは横へ跳ぶ。
ズガァァン!!
地面が大きく抉れた。
「……!」
キラは着地と同時に剣を振る。
「はっ!」
ガキィン!!
刃が爪に弾かれた。
「硬い……!」
「キラ!」
レティシアが飛び込む。
「双月斬!」
左右の剣が同時に閃く。
ザシュッ!!
ブラッティフェンリルの肩に傷が入る。
「効いてる!」
だが――
傷口から黒い魔力が噴き出した。
そして。
傷が徐々に塞がっていく。
「再生能力……!」
エリスが叫ぶ。
「なら、私が止める!」
弓を引き絞る。
「アルテミス・レイン!」
無数の光の矢が降り注ぐ。
ドドドドドドッ!!
ブラッティフェンリルの巨体に次々と突き刺さる。
「グオオオオオオッ!!」
咆哮。
その瞬間。
黒い魔力が爆発した。
「――っ!」
矢がすべて吹き飛ばされる。
「エリス!」
「大丈夫!」
エリスは距離を取る。
キラはブラッティフェンリルを見据えた。
「……なるほど」
剣を構え直す。
「普通のSランクじゃないな」
ブラッティフェンリルの身体から、さらに黒い魔力が膨れ上がる。
セリーナが叫ぶ。
「キラさん!」
「分かってる!」
キラは魔力を集中させた。
炎。
水。
風。
大地。
雷。
光。
闇。
七つの属性が次々と周囲に現れる。
レティシアが驚く。
「キラ……!」
「今回は一つずつ試す」
キラは剣を握ったまま、右手を前へ出した。
「まずは――」
炎の魔力が渦巻く。
「アポカリプス・フレイム!」
轟音と共に巨大な炎が放たれる。
ブラッティフェンリルは正面から受け止め――
炎の中から飛び出してきた。
「……!」
キラの目が鋭くなる。
「次だ」
大地が隆起する。
「グランド・エンド!」
巨大な岩塊がブラッティフェンリルを挟み込む。
だが。
バキィィン!!
砕かれた。
「なら――」
風が渦巻く。
「テンペスト・ゼロ!」
続いて雷。
「ラグナ・ボルト!」
さらに水。
「アブソリュート・ゼロ!」
炎、風、雷、水。
次々と異なる属性が叩き込まれる。
ブラッティフェンリルは苦しそうに吠えながらも、倒れない。
そして――
その身体にさらに黒い魔力が集まっていく。
セリーナが震える声で言った。
「……黒い魔力が、周囲から集まっています」
キラは気づいた。
「こいつ自身が根源じゃない」
「え?」
「こいつは――」
谷の奥を見る。
そこから絶えず黒い魔力が流れている。
「何かから、力を受け取ってる」
ブラッティフェンリルが咆哮する。
谷全体が揺れた。
「グオオオオオオオオオオッ!!」
キラは剣を構える。
「だったら――」
その目に戦意が宿る。
「こいつを倒して、根源を探す!」
レティシアが双剣を構える。
「了解!」
エリスも矢をつがえる。
「援護する!」
ガルディオが騎士たちへ叫ぶ。
「全員、陣形を組め!」
セリーナも杖を握りしめる。
「私も、皆さんを支えます!」
Sランク魔物。
ブラッティフェンリルとの本格的な戦いが――
今、始まった。
第142話 終




