136話 瓜二つ
翌朝。
キラたちは冒険者ギルドへ向かっていた。
昨日、キラの父から聞いた話。
エルディア周辺で、黒い魔力を持つ魔物が増えている。
しかも最近では、以前よりも強力な個体まで現れるようになっていた。
「まずはギルドで詳しい話を聞こう」
キラが言う。
「そうだね」
レティシアが頷く。
エリスも周囲を見ながら歩いている。
セリーナは眼鏡を直しながら、
「黒い魔力が関係しているなら、私もできる限り調べてみます」
と答えた。
四人はそのままギルドへ入った。
「お、来たな」
受付にいたガルドが声をかける。
「昨日の件だが、調査依頼が出ている」
ガルドは一枚の依頼書を取り出した。
「エルディア周辺で確認されている、黒い魔力を持った魔物の発生地点を調べる依頼だ」
「討伐じゃないんですね」
レティシアが尋ねる。
「ああ。今のところ街に大きな被害は出ていないからな」
ガルドは地図を広げる。
「最近、北側と東側で黒い魔力を持った魔物が何度か確認されている。まずは発生地点と、その周辺に黒い魔力の痕跡がないかを調べてほしい」
「分かりました」
キラが依頼書を受け取った。
その瞬間だった。
「…………」
キラの動きが止まる。
「キラ?」
レティシアが振り返る。
キラは地図を見つめたまま、何かを思い出そうとしていた。
――地下。
――水晶。
――少女。
「……リナ」
キラの口から、名前が漏れた。
「え?」
エリスが首を傾げる。
「今、何て?」
キラは答えなかった。
記憶の奥に眠っていた光景が、少しずつ蘇ってくる。
地下の奥。
そこにあった巨大な水晶。
そして、その中にいた少女。
「……そうだ」
キラは小さく呟く。
「あの水晶にいた少女……リナ」
キラだけが知っている記憶だった。
レティシアもエリスも、セリーナも知らない。
そして、もう一つ。
最近出会った少女。
中央の封印。
そこで出会った、リナと瓜二つの少女。
「……ルナ」
キラの表情が変わった。
「ルナと……リナ」
二人は、まるで同じ少女のような姿をしていた。
だが、持っていた力は違った。
ルナは――黒。
リナは――光。
「……まさか」
キラの脳裏に、さらに別の人物が浮かぶ。
「エリオス……」
黒い魔力を操っていた男。
黒い魔力の一団。
以前、キラたちの前に現れた存在。
「どうしたの、キラ?」
レティシアが心配そうに尋ねる。
「いや……」
キラは一瞬迷った。
このことを話すべきか。
だが、今はまだ確証がない。
「少し昔のことを思い出しただけだ」
「そう?」
エリスは少し不思議そうな顔をした。
「うん」
キラはそれ以上話さなかった。
ルナ。
リナ。
エリオス。
だからこそ――
「……ガルドさん」
「なんだ?」
「この依頼、俺たちが受けます」
「ああ。頼んだぞ」
キラたちはギルドを出た。
しかしキラは、仲間たちには告げず、レオンのもとへ向かった。
――――――――――
「レオンさん」
「キラか。どうした?」
キラは周囲を確認してから口を開いた。
「少し、話したいことがあります」
「……珍しいな」
二人は人の少ない場所へ移動した。
「地下にいた少女のことを思い出しました」
「少女?」
「水晶の中にいた少女です」
キラは静かに説明した。
「名前はリナ」
そして、中央の封印で出会った少女のことも話した。
「その少女の名前はルナ」
レオンは黙って聞いている。
「二人は瓜二つでした」
「……」
「しかも、ルナは黒の力を持っている。リナは光の力を持っている」
レオンの目が鋭くなった。
「そして、エリオス」
「黒い魔力の一団か」
「はい」
キラは頷いた。
「俺は、あいつの目的が二人に関係しているんじゃないかと思っています」
しばらく沈黙が続いた。
やがてレオンが口を開く。
「おそらく、その考えで間違っていない」
「……!」
「エリオスの目的は――」
レオンはゆっくりと言った。
「黒の力を持つルナと、光の力を持つリナを、再び一人にすることだ」
「やっぱり……」
キラは拳を握る。
「元々二人は、一つの存在だったんでしょうか?」
「その可能性は高い」
レオンは答えた。
「だが、その先に何をしようとしているのかは分からない」
「……」
「二人を一つにした後、何が起きるのか。それを知っている者がいるとすれば、エリオスたちだろう」
キラは黙って考えた。
もし二人が一つになったら。
黒と光。
相反する二つの力が一つになったら――。
「……調べるしかない」
キラが呟いた。
「そうだな」
レオンは頷いた。
そして、ふとキラを見る。
「ところで……お前のレベルリセットについて、少し聞いてもいいか?」
「レベルリセット?」
「ああ」
レオンは少し遠い目をした。
「この世界で生きているが、前世の記憶を持っている。そして、俺もかつてレベルリセットを試した」
「結果は……?」
「失敗した」
レオンは答えた。
「正確には、リセットする時期を間違えたんだ」
「時期?」
「レベルリセットは、いつ行ってもいいもんじゃない」
レオンは続ける。
「重要なのは――成長限界まで到達してからリセットすることだ」
「……」
「成長限界より手前でリセットすると、能力がほとんど変わらない状態でリセットされる」
キラは真剣に聞いていた。
「つまり、レベルは下がっても、能力の伸び幅がほとんど変わらない」
「そうだ」
「だから、リセット前とリセット後で能力に大きな差が生まれない」
「その通りだ」
レオンは苦笑した。
「俺は、それを知らなかった」
レオンは拳を見つめる。
「早く強くなりたかった。だから、成長限界に届く前にリセットした」
「……」
「だが、思ったほど強くならなかった」
レオンの声が静かになる。
「そして――そのせいで、俺は仲間を守れなかった」
キラは黙っていた。
「俺のパーティには、大切な仲間がいた」
レオンは続ける。
「ある戦いで、俺たちは強敵と遭遇した」
拳が強く握られる。
「俺がもっと強ければ……助けられた」
「……レオン」
「だが、俺は弱かった」
レオンは目を伏せた。
「仲間たちは……俺の目の前で死んだ」
重い沈黙。
「だから、今でも後悔している」
レオンはゆっくり顔を上げる。
「レベルリセットをするなら、絶対に覚えておけ」
「はい」
「成長限界まで行くこと」
「……分かりました」
「そうしなければ、俺と同じように――大切なものを守れなくなるかもしれない」
キラは自分の手を見る。
自分が経験したレベルリセット。
レベル67から、レベル1へ。
だが、自分の場合は違った。
能力は失われなかった。
むしろ、その後――以前とは比べものにならないほど成長した。
「……俺のリセットは、成功だったんですね」
「ああ」
レオンは頷いた。
「お前のリセットがなぜ勝手に起きたのかは、まだ分からない。だが――」
レオンはキラを見る。
「その力を、仲間を守るために使え」
キラは頷いた。
「もちろんです」
そしてキラは立ち上がった。
ルナ。
リナ。
エリオス。
そして、黒い魔力を持つ魔物たち。
まだ分からないことばかりだ。
だが、一つだけ分かった。
この異変は――
過去の地下の事件と、無関係ではない。
「レオン」
「なんだ?」
「俺たちが調査してみます」
「ああ」
キラは扉へ向かう。
その背中を見ながら、レオンは静かに呟いた。
「……今度は、仲間を守る」
キラは振り返らず、答えた。
「はい」
そして――
エルディア周辺で起きている異変の調査が始まる。
その先で待っているのは、
黒の少女――ルナ。
光の少女――リナ。
そして二人を一つにしようとする――エリオス。
その目的の先に何があるのか。
それはまだ、誰にも分からなかった。
第136話 終




